夜は暗い。しかし、月の光というものは思ったよりも明るく――

珍しく夜更かし


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普段であれば眠っている時間に私は家の外へと出た。特に理由などないけど、どうしても上げるとしたら眠れなかったからだと答えるだろう。
格好は普段寝ている時に来ているトレーナー姿なわけだけど、修行している時よりも厚着なので小宇宙で身体を覆えば余裕だ。
思えば遠くにきたものだ……いきなり氷の世界で気がついて、身体の変化、弟子入り、そして小宇宙を操る普通の人の定義から外れた存在へ。何でこんなことになったのかと悩んだところで答えなど見つからない。
その苛立ちとか焦りとか修行で発散していたわけだけど此処で過ごす時間が長くなるほどにこのままでもいいかもしれないと考える自分も居るのも確かだけど、このまま此処に居たら私はカミュが言う女神の為に闘う存在にならなければならない。
女神の戦士である聖闘士。その頂点とも言える黄金聖闘士のうちの一人がカミュでその強さの正確なところを私は知らないが確かに強いと思う。
アイザック達と3人で連係をとった攻撃しても掠りもしないという人外っぷりを彼は発揮する。嘘か本当か知らないが光速を越えるらしい。それをはじめて聞いた時は流石に信じられなくて疑いの眼差しで見てしまった。
今ではそれは本当だろうと八割方認めてはいるが、最低ランクである青銅聖闘士になるためには最低でも音速で動く必要があるとか理解したくないことを私に求めてくるのは止めて欲しい。
そういうことはアイザックと氷河に求めてくれ。私はもう聖闘士になれない雑兵か聖闘士になった二人のうちどちらかの従者でいいよ。もっと希望すれば一般人に紛れて暮らす協力者だけど小宇宙を得ている時点で無理らしいからなぁ。
小宇宙を会得しなければ良かったのか?でも、使えないと寒さで凍え死ぬ勢いの修行だったし……聖闘士修行はスパルタ過ぎ、虐待じゃないかと思うが修行という名目で押し通されというか。
私よりも年下だったアイザックが頑張っていたので出来るものかもって勘違いしたというのもあるなぁ。非日常を日常的に過ごすと非日常が日常になるんだって体験するとか貴重すぎる。
「アテナ……かぁ」
辛い修行の元凶。ギリシア神話の知恵と戦いの女神、かなり有名というか有力な女神だったと記憶している。
ただカミュの話を聞いてると知恵のところとか放り捨てて戦いの女神になったんじゃないかと思わずにはいられない。
地上の覇権を争うとか凄いことをしているとは思うし、彼女が勝たなければ人間死滅らしいから人間の私としては応援はする。でも、私には関係ないところで争って欲しいと願うのは贅沢なのかな。
ああ、うん。修行して人外認定受けそうな小宇宙に目覚めたんだから贅沢かもしれないね。でも、どうして聖闘士は素手で戦わなければいけないのかがよくわからない。
アテナって何か武器持ってなかった? そもそも人の指がこれだけ器用に動くのは道具を使うためだと思うんですけどね。それを素手って意味不明。
「何を考えて……」
いるんだかっと呆れてもれた言葉を途中で止めた。私以外の人はアテナに対して不敬など言わないので聞かれたら不味い。
「……カミュ」
誰もいないはずだけど念のためにと振り返れば最もアテナを崇拝しているだろう彼が離れたところに立っているのが見えた。
私がアテナのことを敬っていないと知られたら面倒になるところだったと胸を撫で下ろす。
他の二人でも面倒ではあったと思うけど、カミュだと修行量に直結してきそうだしね。
近づいてくる彼を私は見つめていたが弟子が師に歩かせるのはダメな気がして自分からも近づく。

月の光を浴びながら静かに私の名を呼ぶカミュ。こういう時は改めて彼の美麗なお顔を再認識してしまう。
いつもは辛い修行を私に要求してくる彼については鬼やら悪魔やら考えているので顔のことなど意識からは素っ飛んでるし。
「申し訳ありません」
彼がここにいるのは勝手に私が外に出てきたせいだろう。叱られる前に早々に謝っておく。カミュは反省している姿を見せればそれほど酷く叱ることはない。
師である彼が反省している態度をとっているのに、畳み掛けるように責め立てるような人間ではなかったことは恵まれていたのだろう。
「謝る必要はない」
「……はい」
謝る必要はないって夜更かししても大丈夫ってこと? ああ、明日の修行が辛いのは自業自得だってことか。こういう顔してカミュは結構なドSではないかと私は時々思う。
ノルマ達成したのに修行追加とか平然と増やしてくるし、眉間に皺を寄せて言うときもあるけど実はそういう時は笑うの堪えてるんじゃないかな。私のこの想像が当たっていたらカミュについての印象は変わるね。底辺に。
「アテナのことを考えていたのか」
確かにそうだったので驚きで身体が動いたけれど、そういえば言葉に出して先程、呟いたと思い出した。
「聞こえて?」
「ああ、耳に入った」
カミュに頷かれ、タイミングの悪さに頭が痛くなる思いだ。まぁ、今のような事態に巻き込まれている時点で運なんていいはずがないので納得だけど。
「何か悩みがあるのか?」
悩みはあれど一番に相談してはいけない人であるカミュにたずねられ困る。
何と言い逃れようかと忙しなく頭を働かせるがよい答えは見つからない。
「私には言えないことか?」
珍しくも気落ちしたその声に私は視線を彼へと向けると眉尻を下げ、目を細めるその様子はまさに憂いを秘めた表情だ。そんな美麗な言葉で飾っても見劣りしないこの男にある意味、戦慄を覚えた。
彼の今の表情を見ているとすっごい悪いことしているような気がして心に大ダメージを受けてしまったが、素直に白状するのは論外だ。
「師カミュ、アテナにお会いしたことはあるのですか?」
アテナについてはただのミーハー気分で考えてただけっと押し通すことにした。
多少は叱られるかもしれないけど、アテナって意味わからんっとか考えてるよりは叱られないはず。
「アテナは神殿の奥にて日夜祈りを捧げておられる。相応しき時に我々の前に姿を現して下さる」
つまり会ったことはないということではないだろうか。そんな人を崇拝とはよく出来る。
それにしても、日夜祈りって何に? アテナって神様じゃないの? とか、質問が浮かんだけどしてはダメだと流石に解ってる。ああ、でも質問したい。抑えるために左手で右手首を掴めば意識は手首に向かう。
「相応しい時ですか?」
浮かんだ質問内容としては興味は低いけどカミュに聞いても大丈夫そうなので聞いてみる。
「そう、いずれ起きるだろう聖戦の時に」
聖戦というものに良いイメージは私にはない。歴史上の戦いというものは人の欲から起きる為のものだ。
それゆえに聖なる戦いなどという幻想に人々が戦いへと駆り立てられることは馬鹿馬鹿しいことだと思う。でも、アテナと聖闘士達は冥界の王とその配下達と地上の覇権をかけて争う。
確かにそれは神のために争うのだから聖戦であるだろう。アテナが負ければ地上は人が生きれぬ地となるがゆえに負けられぬ戦い。その戦いに勝つためにアテナは聖闘士を必要としている。
神が居るとして神に敵うわけがあるかと以前の私なら考えていただろうけれど、小宇宙という力を知っている今は考えられないことではないと思う。
小宇宙はようは精神的なものらしいので人は時に精神で本来以上の実力を出すことがある。その本来以上の力が神を超えないとは言えない。可能性を高めるために数を求めるのは当然だし、敵対する相手側にも配下が居るのならそれと戦わせるための戦力も必要だ。
「聖戦ですか……」
小宇宙を操れる人間であれば聖闘士となれずとも数合わせとしては充分。
私達のように修行をした者すべてが小宇宙を得るわけではないという。そうであるなら私はまだ優秀な方なのだ。
大怪我でもして戦えない身体にならなければ、アテナという存在からは逃げられないのかもしれない。
そう想像し私は息を吐き出そうとしたがため息などついてカミュに見咎められるかもしれないと慌て逆に変な風に息を吸い込んでしまった。
?」
「何でもありません」
変に息を吸い込んだことに気付かれて焦りを感じつつも私は首を振って誤魔化す。
カミュは私を戦いへと導くという死神的な存在ではあるが、戦いの中で負けぬための技術を教えてくれる人でもある嫌われたくはない。
いつか私が逃げ……いやいや、将来、聖戦が起きた時に不肖の弟子が邪魔にならないように遠くに行く時に彼に教えられたことはきっと役に立ってくれることだろう。
聖戦は私以外の皆様で頑張って下さい。遠い空の下で無事に勝ってくれることを祈りまくりますから、聖戦後は私のことはすっかりと忘れてくれることを希望。一番の希望は聖戦が起きないことだけど。
「カミュ、中に戻りませんか?」
そろそろ眠くなってきたし、中へと戻るためにカミュへと視線を向けて言えば彼は頷いた。
明日はきちんと起きられるのかが不安だ。この家って目覚まし時計がないんだよね。脳内目覚まし時計にいつもの時間に起きるように頑張って暗示をかけて寝るしかないか。
歩き出した彼の後をついて歩き出したところで、我慢できなかった欠伸を手で隠す。涙も出てきたけど袖で拭えばいいか。
「どうした?」
歩き出してすぐに立ち止まった私に気付いたらしいカミュが立ち止まり私を振り返る。
髪が長いこともあってかまさに見返り美人的な美しさだ。月の光で照らされた首筋とか……眠すぎて思考が変態臭い。
ヤバイ、このままだと妙なことをしでかすかもしれない。私を月の光が狂わす前に撤退だ。
「いえ」
離れてしまった距離を詰めるように小走りで彼へと近づき、そして追い越して玄関を開ける。
そうすれば何か変だと思っても彼は中へと入ってくれるだろう。
「どうぞ、カミュ」
「ああ、ありがとう」
少し戸惑ったようだけれどカミュは私の考えのとおりに中へと入ってくれた。
「おやすみなさい。カミュ」
カミュが中に入ってから自分も入り、カミュに何か言われる前に寝る前の挨拶をする。

「はい?」
「……いや、おやすみ」
声をかけられたが慌てず、眠気が耐えられないほどに感じてますって顔で返事をすればカミュは何も言わなかった。
彼のおやすみという言葉に頭を下げて寝室、アイザック達と同室であるその部屋のドアを開けて中へと入り、気持ち良さそうに眠る二人の寝顔を確認した後、上着を脱いで冷たい自分のベットへと滑り込み、そうして訪れた睡魔に私は意識を溶かした。





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