彼の薄い笑みに何故だか恐ろしさを感じて、一歩後ろへ下がった。

アイザック視点


←Back / Top / Next→




喉が渇いて飲み物を取りにキッチンへと向かえばと氷河の会話が聞こえてきた。
俺が感じる二人の張り詰めた空気は気のせいではないのだろう。それほど長く二人が話していたわけではないのに何時の間にか俺は拳を握っていて手に汗をかいていた。
キッチンから出てきた氷河は俺が居ると気付いていなかったようで少し驚いた表情をしたが何も言うことなく隣を通り過ぎた。
と氷河は仲が悪いわけではないがが勝てなくなってから氷河はに遠慮するようになり、はそんな氷河を気遣う。
お互いがお互いを尊重しているからこその関係だが壁をそうやって作っているにも思う。二人が親しくなるためにはどうすればいいのかわからないがこのままでいいはずがない。
氷河と話したほうがいいかと迷ったものの俺は近くなのだからとがいるキッチンへと入った。
「見てたの?アイザック」
責めるような口調ではなかったものの彼の言葉に謝ればは首を振り許してくれた。
思い返せばはいつもそうだ。何処か一歩引いていて俺達が意地を張れば張るほどは自分の主張を取り下げる。
意志が弱いのかといえばそうではないのは、がカミュ先生へと時に要望する無茶と言えるほどの修行量からしても推測できる。
「アイザック、そこで見ているのなら料理を手伝って……皮を向いてよ」
だいぶ長い間見ていたのかからそう言われてじゃがいもと包丁を受け取った。の手は俺と違って細い。俺や氷河よりも身体の成長が遅く、筋肉もつき辛い
努力をしているのにそれが形とならないのは辛いだろうと思うが下手な慰めの言葉はを侮辱してしまう気がしてずっと何も言えないままでいる。
言われるままにじゃがいもの皮むきをしていた俺の視界にが笑ったのが見えて手を止めれば、三人でカミュに料理を習った時のことを思い出したからと言うに俺もあの時のことを思い出す。
はじめて包丁触れた俺達の中では一番料理が上手だった。今でもそうで俺の前では話しながらも手馴れた様子でニンジンの皮を彼は向いている。
いつも何処か辛そうな修行の時と違って楽しそうにも見える今のに俺は不安になる。
「……なぁ、。聖闘士の修行をやめる気はないよな?」
の何かに堪えるかのような表情に気付く、氷河に勝てなくなった頃からか時折このような表情をはするようになった。
俺はのこの表情が嫌いだった。この時のは俺達を見ていない気がして、このままにしていたら何時か彼は俺達のところから消えてしまう気がするからだ。
が来る前に逃げ出した兄弟子や弟弟子達のようにはここを去るつもりだろうか?修行が辛いからと逃げ出した彼らと同じように。
「アイザック、聖闘士に私は成れない」
その言葉に迷いはなかった。ただ決まったことを当たり前のようにいっているだけのようだった。妬みも恨みも感じられないその声を聞いて耳鳴りが起きる。
緊張しているのかと唾を飲み込んで震える声で諦めるのかと問えばは何でもないことのように弱いからだと答えた。その返答には聖闘士となることを目指しはしていないのだと感じられた。
では、今のはどうして修行をしているのかと浮かんだ疑問は俺達の為なのかもしれないという答えが浮かんだ。少なくとも氷河はが自分に勝てないからと聖闘士となるための道を諦めたと聞けば気に病むだろう。
聖闘士となることを諦めていたのに修行をしていたのかと責めようにもは修行に手を抜いてはいなかった。この先に目標もないというのには辛い修行を続けていたのか?
俺の手からじゃがいもが笑顔のによってとられた。いつもと変わらないはずの笑みに俺は一歩後ずさる。
その笑みから目を逸らしたくなったのは俺がに対する気持ちが変わったからだ。
自分よりも俺達のことばかり優先する優しい、カミュ先生が心配するほどの修行量を己に課す努力家の

――…いつからだ?

「手伝ってくれてありがとう。アイザック」

この笑顔は本当にのものなのか? 目標を失ったのはいつだったんだ。聖闘士となるという志がないままに課せられた修行をお前はいつからやっていた。
先程の表情を思い浮かべる。氷河に負けてから……ああ、その時からお前は耐えていたのか。今のお前に聖闘士となることを諦めるなというのは簡単だ。
そうすればは同意し、聖闘士を目指すことを誓ってくれるだろう。そうして、きっと俺に本当の彼を見せなくなることも想像が出来た。
もっと早く気付いてやれればお前は志を失わなかったのか? 何も言えないままに俺はに背を向けた。何も感じられない透明の笑みから俺は逃げていた。





←Back / Top / Next→