彼の薄い笑みに何故だか恐ろしさを感じて、一歩後ろへ下がった。

お手伝いさん希望


←Back / Top / Next→





氷河に勝てなくなった。はじめて負けてからしばらくは私が勝ってたけど2年後となった今は全く勝てない。それは彼が意識して小宇宙とやらを扱えるようになったかららしい意識して使えない私では勝てないのだ。
一応は突発的に使えているらしいので私は大怪我とかすることなくアイザックと氷河と組み手が出来てるわけだけど、だからこそ修行が長引いている可能性はある。
一度大怪我でもしたらカミュは私には彼らのような優れた才能がないと気付いてくれるかもしれない。でもこれ以上の痛い思いなどしたくないから大怪我は嫌だ。
他に修行を止めれる何かいい方法ないかな?今の身体は13、4歳ぐらいだし逃げ出すのもありかもしれないと思い浮かんで数年一緒に居て嫌いになれない彼らが悲しむだろうことが予測できたのでなるべく逃げるのは無しの方向にしとこうと考え直す。
逃亡は最終手段であり、理想は伸び悩む弟子にお前に才はないのだと厳しいながらも優しい師が伝え、お前は別の道を見つけるのだ的なイベント希望です。
そうしたら手紙とかなら連絡取り合えるし、寒さ和らげるぐらいなら小宇宙を扱えるようになったので時々ならここに来るのもいいんじゃないかな。
本気でそういうイベントが起きないかと希望しながら私は当番である夕飯作りの作業をしている。こうして色々と考えながらも手は動きニンジンの皮を綺麗に剥いているのはある種の感動ものだ。
思考しながらも身体を動かせるのは修行で得たものなのでこれも修行の成果といえるかもしれない。かつては大人の女性であったので料理が出来なくもなかった私は今では一人で料理を作ることを任されている。
作る物は日本食っぽいものでしかないが食べられるのでカミュ達は文句を言うことなく美味しそうに食べてくれるので作り手としては嬉しい限りだ。
1年前ぐらいまではアイザック達と作っていたのに近頃はカミュ、私、アイザックと氷河という当番になっているのはアイザックが意外と味音痴であるという事実のせいだ。
アイザックに味付けだけは任せたらいけないというのが暗黙の了解だ。彼が味付けた料理は食べられないわけではないが美味いわけでもないという微妙な味付けとなる。
彼に任せるたびにそうなるのは一つの才能であるかもしれないが頼れる兄弟子の意外な欠点に私としては首を傾げるばかりだ。

キッチンの入り口からこちらを見ているのは氷河だ。彼が私に話しかけるのは珍しい。
会話をしないわけではないがいつもはアイザックを間に挟んでいることが多いのに。
「氷河?」
流石に会話をするのに包丁を使うのは危ないと思って手にしてた包丁とニンジンを置く。
ここから離れる必要がないのならすぐ料理の続きをするつもりだったので顔だけを向けていれば氷河の視線は下がり。
「昼間はすまなかった」
いきなりの謝罪が理解できなかったが昼間という言葉に思い返して組み手で私が負けたことを言っているのだろうと察しがついた。
アイザックどころか氷河にも勝てなくなった私が憐れすぎて罪悪感でも感じちゃったんだろうね。兄弟子思いの良い弟弟子だ。
「気にしなくていいよ」
修行を不真面目にしているわけではないが真面目にしているアイザック達と差がつくのは仕方が無い。
私がそれほど必死に修行していないことをカミュも気付いているようで相変わらず私は彼らよりも言い付けられる修行量は多いが近頃は二人が私の修行に付き合うようになった。
そうなればそこで何とか二人に追いついていた私の実力では二人が同じ修行をすれば勝てなくなるのは仕方がないことだと思うし、この身体は修行しても筋肉はあまりつかないから小宇宙だけでなく腕力の差もあるからよけいに勝てるわけがない。
もうここまで負け続けると悔しいとか通り越して諦めの極致まで精神がたどり着いたらしくて実は負けても悔しくない。またかって感じで私の中では終わる。
「だけど」
氷河が顔を上げて私にまだ謝罪をしそうなので首を振ってみせ。
「氷河、私は気にしてない」
本当に気にしていないんだよという気持ちを込めて微笑んでみせたが彼はそれでも納得できないのか表情を暗くし俯くと走り去る。
もう少し慰めてあげたほうが良かっただろうか。とっくに見えない弟弟子が去ったほうを眺めているとそこにアイザックが顔をみせた。
「見てたの?アイザック」
「……すまない」
「いいよ」
このタイミングとして見ていたかもしれないときいてみるとその通りだったようで彼は謝った。今日はよく謝られる日だと思いながら首を振る。
最初から彼が見守っていたのか偶然見てしまったのかはわからないけど、私達の会話を彼は気にしてしまっているのだろう表情がいつもより暗い。
外見は同年代だとしても中身は一応は私のほうが上なのに氷河が何を言いたいのかよくわからず気まずく去られてしまうし、アイザックにはそれを見られて落ち込ませてしまっている。
「……」
「アイザック、そこで見ているのなら料理を手伝って」
無言で見つめ合うのも微妙なのでアイザックにそう言えば無言で頷いて近づいてきたのでじゃがいもと包丁を渡す。
「皮を向いてよ」
「ああ」
そう広いとは言えないキッチンだけれど二人なら狭いとは思わない。
カミュに料理当番のために料理を教わった時は四人でかなり狭かったことを思い出して笑えばアイザックの手が止まった。
いきなり思い出し笑いなんかをした私を変に思ってしまっただろうかと慌てて口を開き。
「カミュに最初に料理を教わった時を思い出したんだ」
「三人で習った時か?」
その通りだったので頷き。
「動きづらかったよね」
「ああ、そうだな……なぁ、。聖闘士の修行をやめる気はないよな?」
辞める気はかなりあるのでそれについて答えるのは不味い気がして何と答えればいいかと迷う。
私を除いた三人はかなり真面目なのだ。カミュの弟子となってから修行の日々ばかりで遊びらしい遊びをしたことはないのに不満を言わない。聖闘士となるためには当然のことであるとカミュ達は思っているのだろう。
アイザックも氷河も遊んでいていい歳だと思うのはここでは私だけだ。カミュだって私から言わせるともっとお気楽に過ごしていいはずだ。そんなことを考えているとカミュに知られたら叱られてしまうだろうか。
女神のための聖闘士となることに私は興味を惹かれない。小宇宙などという不思議パワーのことは認めるが髪を認めるかどうかはまた別だ。
「アイザック、聖闘士に私は成れない」
女神のために戦うことなど私は出来ない。自分の命も信念も女神に捧げることなど私に出来るはずがない。
、諦めるのか?」
「諦めるかどうかというものじゃないよ。私達の中で一番弱いのは誰かなんて明らか」
「……」
傷ついたような瞳で私を見つめるアイザックの手は止まっている。私は皮を向き終えたニンジンをまな板の上に置くと彼の手からじゃがいもを取り上げ。
「手伝ってくれてありがとう。アイザック」
これ以上の話題は私の墓穴を掘るだけだろうと笑顔でアイザックを追い出しにかかる。少しばかり不自然かもしれないけどここは仕方がない。
「……ああ」
何か言いたげな視線を向けてきたがアイザックは特に何も言わずに頷くとキッチンを後にしてくれた。我が身可愛さとはいえど修行に関しては本音で語ったことはないので三人を日々騙しているのかと思うと少しばかり申し訳ない。
三人で聖闘士となるのだと語る二人を見るたびに居心地が悪いし、色々と謝りたくなるが一番に迷惑をかけているとすればカミュに対してだろう。彼は私達三人に対して個別の修行を考えてくれる。それは、私という存在がなければアイザックと氷河にそのぶんだけ集中できるはずということだ。
黄金聖闘士ということで任務で忙しそうだというのに弟子達に残りの時間を割くその様子を見ていると本当に申し訳ない。これがもう少し不真面目なところを私に見せてくれていたら何処かで生き抜きでもしているんじゃないかと考えられたんだろうけどね。
……この罪悪感を拭うために料理については頑張ろう。





←Back / Top / Next→