握り締めた拳は怒りの象徴ではなく、むしろ涙の代わりであった。
カミュ視点
この2年で氷河の実力は伸び、とは互角の勝負をしている。
のほうはといえば彼も修行をはじめて1年間の伸びは良かったが氷河がここに来た頃から目に見えての成長はなかった。
徐々に強くなっているのは氷河と互角の勝負をしているので確かだというのにはそれに気付いていないようだ。
才能がないわけではないし、努力だって人一倍している。いつもこちらに修行をせがむような視線を送ってくる。
その視線に負け修行後には少々無理だろうようなものでもは何も言わずに無言で開始するのだ。
最初は身体が辛いという事実に気付かせるために言いつけたことだったというのに、は言われたことをやり遂げる。
そうしてもっと修行をとでもいうように強い意志の光を帯びた瞳で自分を見つめるのだ。
言えば言うほど無茶をするとそれに気付いてからは彼にはあまり無理をさせないように気をつけている。
闇雲に修行をしても身体を痛めつけるだけで強くなることに結びつかないのだと言葉で説明してもきかないのはわかっている。
ただ言いつけは守る子であったから千回という数字を守るだろうと考えていた。だというのに今日は違った。
「もう千はとっくに過ぎた。これ以上は拳を痛めるだけだ」
千を越えても打ち込みを止めようとしないその拳を握る。
冷たい氷壁に打ち付けていた彼の拳は熱を帯びて赤くなっている。もう限界はとっくに越えているはずなのだ。拳を握ることすら痛むだろうにどうしてこの子はここまで己を顧みてくれないのかとその拳にそっとヒーリングをかける。
この小さな身体のどこにその強さが宿っているというのか。薄暗い今この時にも暗く煌くその強い眼差しは変わらない。
「お前の小宇宙はここに来た頃より確実に強くなっている。お前は強くなっているんだ」
姉のために修行をはじめた子どもは誰よりも強さを欲していた。
それは金の為だけではなく守れなかった姉を守りたいという願いゆえだろう。
その願いを姉だけでなく女神へ女神が守る地上へと向けることが出来ればこの子はどれだけ素晴らしい聖闘士となれることか。
「焦らずともお前は小宇宙を使いこなせるようになる」
強くなりたいという意志が強すぎるがために小宇宙を扱え切れていないこの弟子の手を握る。
この頑なな子どもに私の言葉が届いてほしかった。
強さだけを求めてもいつかは己自身の崩壊を招くことに繋がるのだと。
「私が小宇宙を?」
震えるその声はどこか縋りつくようであったのに、その瞳だけは変わらずに私を射抜く。
「うむ」
頷けば安堵したのか彼は息を吐き出し俯いた。細いその肩にどれほどの重りが載っているというのか。涙を流さずに泣くこの子のその重みを今は少しでも軽くしたくて身体を抱き上げれば身を硬くする。
「歩くのも辛いだろう。今日は連れていってやろう」
そう言えば身体の力を抜くに悲しい気持ちになる。この子は師である私にも言ってやらねば頼ることが出来ないのかと。
……ああ、どうか女神よ。この憐れな子どもの心に貴女の光が届くようこのカミュ願わずには要られないのです。