握り締めた拳は怒りの象徴ではなく、むしろ涙の代わりであった。
カミュの鬼!
私の顔のすぐ左横を通り過ぎた拳。子どもではありえない風を切る音をともなう攻撃。
その攻撃を腕に手を当てることで弾きこちらから左手で相手の肩を殴り反撃したがこちらの攻撃は決定打にはならない。
この後も組み手は続きスタミナ不足で私の動きは徐々に落ち、組み手相手の氷河からの攻撃をお腹にまともに受けて倒れた。
「それまで」
私達の組み手を見ていたカミュから制止の言葉がかかった。
私としてはもう少し早く制止して頂けると助かったんですけど。
明らかに私のほうがバテバテで負けるのがわかり切ってたじゃないですか。
「「ありがとうございました」」
倒れた私は立ち上がって氷河に向き合うとお互いに礼を言って、こんな極寒の様さなのに出てきた汗を拭う。
そのままにしている風邪をひく可能性があるから無視はできない。
しかし、長期戦になると氷河に負け越してきたなぁ。氷河に抜かれたと考えてもいいかもしれない。
1年というアドバンテージは2年で追いつかれちゃったわけですか。
1年を2年でっと人は思うかもしれないけど私もその分だけ修行してたのに。
原因は先生が言うには私は筋肉がつき辛い体質らしい肉体と小宇宙にズレがあるとかないとか。
何か色々と説明してくれたけどよくわからなかったので理解しているとは言い難いがようは精神と肉体の結びつきが上手くいっていないらしい。
カミュは原因不明だと言っていたけど私は何となく理解できる。鏡で見たこの顔は私によく似ているが似ているだけだ。
本人であったからこそ感じる差異なのかもしれないが男女の違いだけでなくこの顔は私より顔立ちははっきりというかそれぞれのパーツが美醜が上向き方向なのだ。
それを集めればよくは似ているが別人だとわかる。つまり私が男になったわけではなくよく似た男の子の身体に私は入っているらしい。
私としては何時の間にかこうなっていたので不可抗力だとは思うが、勝手に男の子の身体を使用していることも含めてお詫びの意味で男の子がするべきことであるらしい修行を真面目にやっている。
ここで他にすることがないのも要因の一つではある。あと、ここを出たところで何処に行けばいいのかわからないとか。
その為に辛い修行から逃げだすことも出来ないわけなので、実は良いことかもしれない。逃げられたとしたらこの修行から逃げてたし。
「」
持っているタオルを握って恐ろしい修行の日々を思い出し遠い目をしているとアイザックから声がかかった。
「アイザック」
視線をそちらへと向ければアイザックだけでなく私を見ているカミュと氷河。
いきなりタオルを握り締めて精神をどこかにトリップさせていた私を怪しんでいるようだ。
「どうかしたのか?」
彼の視線はタオルを握り締めている私の手を見ている。
その瞳に心配の色が見て取れた私は慌てた。だって、この歳で妄想癖のある人間だと思われているわけですよ。
カミュあたりは妄想できないほど修行を厳しくしてくるかもしれない。
「何でもない」
そう思えた私は慌ててタオルごと両手を後ろへと隠したが、そのような態度こそあからさまな気がする。タオルを握っていたことに深い意味はない。
カミュ達が気にしないでくれると嬉しいんだけどなぁっという気持ちを込めて3人を見るとそれぞれ妙な顔をしていた。
やはり私の行動はおかしいと思われたらしい。ちょっとばかり辛い過去を思い出して耐えきれてなかっただけ……原因はカミュじゃないか。
そう考えて彼のほうを思わず見てみるがカミュの顔はいつもより厳しい気がする。ダメだ。今の状態のカミュと接すると修行厳しくなっちゃう。
「打ち込みは千までだ」
視線を逸らそうとしたが間に合わなかった。
「……はい」
永久氷壁に千回も拳を打ちつけろと?この人は鬼か。まだ11歳の子どもに何という修行を課すというのだ。
アイザックと氷河はしなくていいのは私が一番弱いからか?ここは弱肉強食な世界すぎる。
とはいえ、言われたことをしなければ大変に厳しい師匠ですので私は諦めて3人に背を向けて歩き出す。
弱い私はちょっと離れたところで一人寂しく氷の壁をペチペチと叩けばいいんでしょうよ。
不貞腐れて氷の壁を叩いていた私はどれだけ氷の壁に拳を打ちつけたのかよくわからなくなった。
途中まではちゃんと数えていたんだけど同じことの繰り返しは単調すぎて数を数え間違えているらしい。そろそろ千のような気もするし、違うような気もする。
アイザック達を家に入れたようで途中からはカミュが私を見ているので、この曖昧なままにカミュに完了したといったら見破られそうだ。
自信をもって千と言えるようにあと百ほど叩いとこう。こういうことが今後ないようにちゃんと数えておかないとっと反省した私の拳を温かな手が握った。
「えっ?」
いつの間に来ていたのか私の拳を握ったのはカミュの手。
「もう千はとっくに過ぎた。これ以上は拳を痛めるだけだ」
両手で私の手を握ったカミュが静かに私に告げるがこの仕打ちはまずお前のせいだろ。
そんな恨みの思いで私を彼を睨んでみればカミュから睨み返されてしまったので視線を下へと向けた。
中身はともかく見た目は子どもなんで勘弁してくださいカミュ先生。
「お前の小宇宙はここに来た頃より確実に強くなっている。お前は強くなっているんだ」
小宇宙って先生が何度か見せてくれる何でも凍らせる不思議パワーですよね?
絶対零度とかありえない状況をあたりにふりまくことが出来たりとか怖すぎな。
そんな力が私に宿っているのは気とかそういうのと一緒みたいだから仕方がないとして、強くなってるって怖いじゃないか。
「焦らずともお前は小宇宙を使いこなせるようになる」
つまりはカミュと同じようにびっくり人間に仲間入りですか?
「私が小宇宙を?」
「うむ」
否定してほしくて訊ねたというのに彼からは力強い頷きが帰ってきた。
うむってカミュも若いんだから重々しすぎる返事はやめて。
下手なモデルよりも綺麗な顔をしているのにどうしてそう暑苦しいのか。
クールとか言ってるけど言ってることとかは逆に熱血してるとか思うんですけど!
アイザックと氷河はカミュの話にいつも感銘を受けている様子なのでいつも突っ込めないんだ。
でも、万が一にも私がカミュを越えるようなことがあった時には突っ込むとします。なので今はため息ついたっていいよね?