空が青ざめていると囃したのは、どこの誰であっただろうか。

修行だる


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修行という名の自殺行為を始めて一年が経った。正直なところ修行を始めた頃は修行よりも別のことが辛かった。
ここに来た初日は疲れてすぐに眠ってしまったが次の日に目覚めた時に気がついたことがあったから、
子どもの姿になっているだけでなく性別すら違っていたという事実に私は気がついた。
思い出せば歩いている時も確かにある部分に違和感はあったけど寒さの方が死活問題だったので気にもとめなかった。我ながらすごい。
けれど、一度気づいてしまえば女から男になった事実に打ちのめされ、気落ちしていた私は鬼……いや、師匠に扱かれて心身共にズタボロにされることになった。
もしかしたらそれが良かったのかもしれない。ああいや、私がMだとかそういうことではない。
カミュは師として間違っていると思われるほどの修行量を言い渡してくるのだ。
この極寒の世界で死なない為に扱きに耐え続けるしかない私は考える暇などなく生きる為に頑張った。滅茶苦茶に頑張った。
そしてその修行をやり遂げた私は最初の修行内容が甘っちょろい内容だったのだという事実に涙することになった。
今では兄弟子となるアイザックと共にマラソンで金メダリストな人々ですら青ざめそうな走り込みとかさせられるのだ。
あとはとっても硬い氷を素手で殴らせたり、それで霜焼けとか最初はなったのに段々と馴れたがそんな自分が怖い。
しかし一番怖いのは師であるカミュがいると彼と組み手をさせられたりすることだ。
子ども相手にそこまでするかと思うような組み手だ。
ただ彼が言うには彼の動きが目に見えている時点ですっごく手加減しているらしい。
見えない攻撃って何だと遠い目をしたことはあまり古い記憶ではない。
、どうした」
考えごとをしてぼーっとしている私にアイザックが気付き寄ってくる。
休憩中であったので注意をされることではないが身体的には一つ年下な兄弟子の真っ直ぐな視線に困って彼の名を呼ぶ。
「アイザック」
「どうした?」
私は今の状態となってから私自身がどういう存在なのかわからないので話せることは少ない。
それを聞こうとしない彼とカミュには感謝しているが普段の生活ではアイザックは少々心配性だ。
彼が言うにはカミュの修行に耐えられずに逃げ出す子どもが続出したらしい。私としては我が身が可愛ければ当然のことだと思う。
「カミュ先生はまだ?」
戻ったら良いことがあると言って出かけていったカミュは予定では今日戻るはずだと兄弟子に尋ねる。
「ああ、先生を待ってたのか」
いや、それはない。カミュがいない時間というのは私にとってはパラダイスだ。
彼のことは嫌いではないが彼がいる時といない時とでは修行の厳しさが比べることも出来ないほど違う。
「まだだけど、そろそろ帰ってくるさ」
笑顔でそう言ったアイザックの言葉に否定するのも微妙なので頷き。
「……うん」
どこから帰ってくるだろうか。
目で見た限りでは建物が見えないのでカミュが何処から帰ってくるかはわからない。
いや、わかったところでいつ帰るのかわからな……あれ、離れたところに人影が見える気がする。
「さぁ、修行を」
「アイザック、あそこ?」
修行の再開を告げようとするアイザックの言葉を遮って人影を指差す。
「本当だ。先生かな?」
気のせいかと思ったけれど彼にも見えているようなので気のせいじゃないっぽい。
ただこちらに近づいていると思われる人影に違和感を感じてそちらを見ている。
アイザックへと視線を向ければ彼もそちらを見ている。
身を乗り出して確認している様子は丸っきり親が帰ってくるのを待ちきれない子どもだ。
「先生ともう一人いるみたい」
「うん」
アイザックの言葉に私は頷く。
人影はカミュとわかるほどに近づいていたがその隣に小柄な人間。
たぶん自分達と同じぐらいの子どもを彼が連れているのに気がついた。
「まさか」
?」
この地獄に弟子と呼ばれる新しい住人が来たらしいと気付いた。
思い返すだけで身体が震えるぐらいの地獄に子どもがまた一人来たらしい。
私としては色々と取り返しがつかなくなる前に家に帰ったほうがいいと思う。
「アイザック、、今戻った」
地獄の日々を思い出していたら何時の間にかカミュが声が聞こえるほどに近づいていた。
「先生、おかえりなさい!」
アイザックがカミュ達へと駆け出していく。
その様子を私は見つつも自分は近づかずにその場で頭を下げる。
「おかえりなさい」
カミュが連れて来た子どもへと視線を向けるとこれまた可愛い子がいた。
金色の髪に青い瞳、寒さの為か赤い頬のたぶん男の子だと思われる子をつい観察してしまう。
カミュも文句なしの美形でアイザックも可愛い子なので美形率が以上に高い。
二人には一年間の生活で馴れてきたけど金髪少年はまだ慣れてないので見ちゃうんだよね。
「この子はこれから二人と共に修行することになる氷河だ」
「あっ……よろしく」
ひょうが……漢字で表すなら氷河だよね。
日本的な響きな気がするのでクォーターとかかな?
でも、言葉が流暢なので日本育ちではなさそう。
「よろしくな。ここでの修行は厳しいけど俺ももいるからな。逃げ出さずに頑張れよ」
「うん」
新しい弟弟子が嬉しいらしく明るく笑うアイザックの言葉に頷く少年はかなり可愛い。
少年が私のほうへと視線を向けたので私も挨拶しておこう。
ここはアイザックの笑顔を見習ってスマイルだ。
「よろしく、氷河」
「……」
あれ?俯いてしまった。もしかして表情が硬かったかな。
第一印象は重要なんだけど、彼が弟子になったのなら一緒に住むんだし徐々に仲良くなれば大丈夫だよね。
「アイザック、。今日は氷河に修行の様子を見せようと考えている」
「はい。先生」
うぅ、修行再開か。
「……はい」
新しい弟子である氷河がいるのでアイザックが張り切っている。
カミュよりもマシだと思っていたけど今日の彼との組み手は大変そうだ。
そうは思いつつも楽しそうなアイザックに仕方がないと諦めて修行を再開する。



ちょっ、アイザック!いつもよりパンチのスピードが速いんですけど。
私はマゾではないんで痛いのは勘弁っ!
避けに徹しなければ……あっ、カミュが見ているし多少は攻撃しないと。
うはっ、やっぱり当たらないよ。もう少し手加減してくれないかな?アイザック。

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