残響みたい
聖闘士となるべく修行していた俺は皮肉なことに海闘士となっていた。
伝承を聞きクラーケンに憧れてはいたのだから、これも宿命というものであったのかもしれない。
「だからこそ今、俺の命はある」
こうなった切欠は氷河を助けるために海に潜ったことだが後悔はしていない。今は敵味方と別れたのだとしても、弟弟子である氷河を見捨てる選択などあの時の俺はしなかっただろう。それが運命だと受け入れた。
「、お前は……」
海の底にある神殿から海を見上げても地上をうかがい知ることは出来ない。それは、俺が地上を守るアテナの戦士ではなく海闘士であるという証かのようだった。
同じ海将軍である海龍のカノンから海皇ポセイドンに仕えている者でなければこの神殿に入ることが出来ないのだと教えられた。それゆえに俺を助けに海に潜ったのだろうはこの海神殿にたどり着きはしなかった。
あの海流に巻き込まれればといえど助かりはしないだろうとわかっている。それでも、どこかで生きていてはくれないかと願わずにはいられない。敵として出会うことになったとしても……
「何をしている」
「……シードラゴン」
声をかけられ振り返れば紺碧の瞳が俺を見ていた。
強いその視線は俺の心の内を見透かすかのようで、だからこそ瞳を逸らすことなく見つめ返す。
「また地上を見ていたのか」
「……」
「地上に戻りたいのであれば送ると言っただろう?クラーケン」
地上に戻ることは出来ると言いながら、俺を海将軍のクラーケンとこの男は呼ぶ。
クラーケンの鱗衣に選ばれた俺は最早、聖闘士となることは出来ないのだと言外に俺に告げているのか。
「俺は宿命を受け入れると言ったはず」
「ならば何故」
地上を見ているのかと問われる前に。
「もう戻らぬ過ごした日々を考えていた。だが、それも今日まで……」
カミュ、、氷河。三人を思い浮かべ、彼らと過ごした日々を記憶の奥底へと沈める。
これから先、彼らと再会することがあったとしても俺は弟子や兄弟子としてではなく敵として振る舞おう。
「俺はクラーケンのアイザック、地上ではなく海を守る者だ」
クラーケンにより命を救われた俺の命、海皇ポセイドンに捧げる。
俺はシードラゴンへと背を向けた。男の紺碧の瞳はどこか暗く底知れぬゆえに……
共に切磋琢磨した二人はもういない。俺が、俺の愚かな行いが二人の命を散らした。
の姿を見失い追うことも出来ないまま力の入らない身体を震わせていた俺を見つけたのはカミュだった。
アイザックは俺を助けるために、はそのアイザックを助けるために海に入ったのだと伝えれば二人の小宇宙を感じ取ることは出来ないとカミュは言った。
小宇宙を感じ取ることが出来ないほど遠くの居るのか、それとも……どちらにしてもカミュは二人をすぐに探し出すことは出来ないと告げ二人を探すことよりも俺の治療を優先した。
弱っていたが助かる俺を、確実なほうをカミュはクールに選んだだけだと今では理解しているがその時の俺は二人を探してくれるようにカミュへと頼み込んだ。
二人を探し出すことなど無理だろうと頭で理解はしていても、感情が否定した。俺のせいでアイザックとを失ったなどと思いたくなかった。
そんな俺をカミュは叱咤し、強く抱き締め震える声で謝った。
ただ「すまない」とだけ。
この謝罪は俺にではなく、二人へのものだったのだろう。
カミュのあのような声を聞いたのはあの時だけだった。それは、失った二人のことをカミュが大切に想っていたということだ。
そんな二人を失わせたのは俺で、それでも俺を師として彼は導いてくれる。
我が師カミュのためにも、俺の愚かさのために失われた二人の兄弟子のためにも聖闘士とならなければ。
アイザックの力強い拳、の精密な小宇宙の扱い方、二人を越えて……
名を呼ばれたような気がして振り返る。
気のせいだと理解していても確かめてしまうのは師と呼び慕ってくれた彼らの声をまだ覚えているからか。
遺体だけでも見つからぬかとシベリアに戻った時に時間を見つけて探しても、彼らを見つけることは出来ないまま日々は過ぎた。
その行為は感傷でしかなく、無駄でしかないと頭のどこかで理解しているのに止めることは出来ないまま。
「アイザック、。私はお前達を探すのを今日で最後にしよう」
凍てつくシベリアの地に吹く風を感じながら言葉を紡ぐ。
「この地のどこかでお前達が生きていることを師として願っている」
願いを込めた想いを彼らと共に過ごしたこの地へと封じる。
「明日、氷河に聖衣を授け、この地を氷河に任せて私は聖域の任務に専念する」
まだ心のどこかで諦めきれぬ二人への想いを切り捨て、黄金聖闘士としての私となろう。
心の哀しみにフタをして何気ない日常を過ごしていた。
そのフタをずらしたのは一冊の本だった。真面目な本じゃない。それは漫画だった。
聖闘士星矢、その文字に心が震えた。
覚えていない「夢」の手がかりだと私はその漫画を購入した。
基本となるだろう最初の物語、ペガサスの聖衣をまとう少年星矢を主人公とした話。
氷河を見て、頭に痛みがはしり、カミュの姿に、カミュと氷河の師弟対決に涙し、アイザックの登場によって私は夢を思い出した。
理由を知らなかった哀しみは嘆きになった。
何故、私は思いだしたんだろう。
この漫画に気づくことがなければ氷河がカミュを、アイザックを殺したことを知らないままで過ごせたのに。
聖闘士となるための修行をしていたというのに、戦いの果ての結果を私は受け入れることが出来ない。
いや、私はではなくだ。
現実だと取り違えてしまいそうな奇妙な夢を見ただけの人間。
「小宇宙なんて」
この手の先で揺らめくこれを私は知っていた。
――…私、約束したの。お母さんに約束したの。
一緒に居るって仲良くするって約束したの。
でも、一緒にいられない。
寒いところに行こうとしてる。嫌なのに。
お姉ちゃんなのに巧を守ってあげられない。
お願いねってお母さんが言ったのに。
うんって頷いたのに。約束を守れない。
お願い。神様でも仏様でも、誰でもいい。
巧を独りにしないで。
……ああ、ああ、ごめんなさい。
貴女は私、私は貴女。違うけれど、そう。
貴女は。
は巧のお姉ちゃん。
私の全部をあげる。身体も何もかも。
だから、貴女の…――