星の螺旋 第二部
01 再びの邂逅
目覚めたのはこちらの私の20歳の誕生日。8歳の頃から意識不明の状態で12年近く寝たきりだった身体はリハビリが必要なため、リハビリをしながら周囲の人間に対して情報を集めるために話をした。
注意することは私は大人ではなく中身は8歳のそれも見覚えのない大人達に囲まれて自分自身の顔にすら違和感を感じていて不安を感じる子どもであることを忘れないことだった。
患者である私の体調を思いやってかこちらの両親の死すら知らされず、弟のことも教えてもらえない。
小宇宙で身体を自力で徐々にヒーリングをしながらのため、通常よりもリハビリの成果が出ているようで担当者の反応はいいけれど今後はどうなるかが不明だった。
目覚めてから2週間近くになるのに誰も見舞いには来ないし、弟の情報など一欠けらもない。
そもそも12年近くも意識不明の人間の入院費を誰が出していたんだろう?目覚めた後も個室だし金はかなり掛かっているはずだ。
親戚だとしたら2週間も音沙汰がないとか普通はありえない。海外に居るとか?と、自分なりの可能性をリハビリ後の病室で考えているとドアがノックされる。
「……はい」
横になっていた上半身を起こしあまり元気には聞こえないよう、それでいてドアの向こうに居るだろう相手に聞こえるように声を出す。
この声の音量の調整は2週間の間にしたもので我ながら無駄なところに労力を割いている気もする。
「失礼する」
聞き覚えのある声にまさかと視線を向ければ鮮やかな赤色が目を惹く。
「あっ……」
その人の名を呟いてしまいそうだった口を両手で慌ててふさぐ。
ここに来るとは欠片にも思ってもいなかった相手の姿に動揺し呼吸が乱れる。
「驚かせてしまったか?すまない」
どこか遠慮がちな声に血の気が引くような思いだった。
当然のことだ。だって、彼は私を知らない。私は彼を知っているのに……
「いえ、あの……?」
口から手を下ろしながら彼を見ることが出来ず視線を下げた。手は動揺によってか無意識にシーツの端をいじってしまっている。
「初めまして、私は君の御家族の知り合いでカミュという者だ。君が目覚めたと聞いて来たのだが遅くなってすまない」
彼は私が入っていた頃ではあるが弟である巧君――いや彼と出会った時に君付けはまずいので思考の中でも巧と呼び捨てで考えよう――の師なので嘘ではないけれど、何故彼がという思いがある。
弟である巧が生きているのを私は知っている。どこに居るかまではわからないが何となく彼が生きていることを私は感じている。
双子でもないのに私と彼は何処かで繋がっているらしく、それは私にすべてをくれたこの世界のがもたらした力なのかもしれない。
巧の身体に入っていた頃には劣けれど元の世界に居た頃よりも小宇宙が上がっているし、かつて修行していた頃よりも感度というか微細な調整が出来るようになっている。
ただ普段は小宇宙をわざと高めないようにしているためにカミュが来たことを察知出来なかったのだろう。
「お父さんとお母さんを知っているんですか?」
両親や父と母といった言葉は大人びすぎているかもしれないと言葉を選んで問う。
「君のご両親ではなく弟さんをあずかっていた」
過去形。これはカミュは巧を見つけてはいないということだろうか?それとも聖闘士としての修行を巧が終えたのだろうか?
発見されたとしても私が彼の中に入っていた頃の記憶がまるっきりないのなら、修行をしたという記憶もないのだから聖闘士になることはないだろうし。
「巧は……」
どのように訊ねれば良いだろうかと迷っているとドアの前に立っていたカミュがこちらへと近づいてきた。
「目覚めてそれほど経っていない君に言うべきことではないのかもしれないが、真実を隠し続けてもいつかは露呈するもの」
私は8歳の子どもではないが普通は子どもに露呈というような言葉はあまり理解できないのではないだろうか。
カミュはどの言語であっても小難しいというか堅苦しい言葉を私達に教えたものだが日本語でも似たようなものらしい。
「君の弟である巧だが現在は行方不明となっている」
「行方不明」
やはりという思いがあった。巧を見つけていたのであればカミュは一緒に連れて来てくれただろう。
「三年近く経ってしまっている」
「……三年?」
私はカミュが現れたことで巧が行方不明になってからそれほど経っていないと勝手に考えていたが違うとなるとおかしいことになる。
アイザックが行方不明になった翌年に氷河は聖闘士となり星矢を中心とした物語が動き出した。
あれ?そうなると黄金聖闘士達は地上のため、アテナのために魂すら燃やしたはずだ。生きているはずがない。では目の前に居るカミュは?
「なっ」
浮んだ疑問に視線をカミュへと向け、無意識のうちに小宇宙を高めてしまった。
正体不明となってしまった目の前のカミュに対して疑問に思ったがゆえの行動に慌ててその高まりを沈めたが誤魔化せてはいないだろう。
高めた小宇宙で感じたカミュの小宇宙はかつてと同じように感じたので、彼がカミュのそっくりさんというわけでもなさそうなのだ。
「小宇宙を」
思わず呟いたらしい声と驚いた表情に珍しいものを見たと思いながらも誤魔化すことにした。
どうして小宇宙を高めることが出来るのかなど納得させるような説明が出来ないのだから嘘も方便というものだ。
「巧はどこでいなくなったんですか?」
白々しいと自分自身は思う問いに彼の表情が取り繕われるのが見えた。
「シベリアだ。シベリアというのはロシアという国の地名でとても寒いところだ」
彼は私が8歳の知識しかないと思っているからか丁寧に答えてくれた。
「そうですか……」
話を逸らしただけで誤魔化せたわけではないので次はどうするかと悩んでいるとその沈黙をどう思ったのか。
「私が個人的にではあるが今も捜している」
「……」
意外だった。彼は確かに弟子達を大切にしてくれはしたが行方不明になった弟子をずっと探し続けるようなことをする人ではなかった。
このようなことで嘘を言うような人ではないので本当に探してくれているのだろうとは思うが、何か心境の変化でもあったのだろうか?
「巧は生きてます。どこにいるかまではわからないけど生きてるってことだけはわかります」
「生きていると判る?」
「そう感じるんです」
目を瞑り手を胸にあて小宇宙を僅かに高める。
意識してではなく無意識のうちの行動だと彼が誤解してくれるように。
「そうか。ならば後は見つけるだけだ」
返答に小宇宙を沈め目を開けてカミュを見れば真っ直ぐな瞳が向けられていた。私自身も瞳を逸らすことなく見つめ返す。
彼に教えを受けている時もこうして彼と顔を合わせたものだった。
「私も退院したら巧を探しに行きます」
そうしなければならないような気がする。
「それは」
止めようとしているのだろうカミュの言葉に被せるように言葉を紡ぐ。
「私は巧のお姉ちゃんなんです」
私の記憶ではない『記憶』に泣き虫な男の子がいる。その子の名は巧、この世界の私のたった一人の肉親。
「巧は泣き虫だから早く見つけてあげないと……」
もう子どもというような年齢ではないだろうとは知っている。
それでも今の私にとって巧がこの世界で生きる理由で、私にすべてを譲った彼女の願い。
「リハビリが順調だと医師が言っていた。このままであれば退院も予定よりは早いだろうとも……退院後はよければだが私のところに来たらどうだろうか?」
「えっ?」
「退院後すぐには人手が必要だ。少々閉鎖的だが女手もあるので着替えなども気兼ねすることはない」
女手があるということはシベリアではないだろうというのは推測できる。
もしかしたら私と同じようにイレギュラーな女の弟子とか大穴でカミュが結婚したということがない限りはシベリアではないはず。
「でもご迷惑をかけることになります」
「迷惑であれば言い出すことはしない。それに君が捜しに行く時に都合が合えば私も一緒に捜しに行ける」
彼は私が体調が万全ではないのに巧を捜しに行くことを懸念しているのだろう。
鍛えていない女が一人で行動することにかもしれないけど。それでもカミュが面倒をみる理由はないのではないだろうか?
そう悩んだ時、答えらしい答えが思い浮かんだ。私は修行をしていないはずなのにカミュの前で小宇宙を高めてしまった。
通常ではない力を得ている子どもを地上を守る聖闘士である彼が放っておくことなど出来ないだろう。少なくとも私という人間が無害であると彼が考えない限り。
「……よろしくお願いします」
抵抗は無駄だろうと断わるのを諦め、カミュの提案を受け入れることにする。
私が無害だとわかればどこかで一人暮らしをすることになるだろう。それまではなるべく大人しく過ごせば大丈夫のはずだ。
「ああ、よろしく。さん」
ズキリッと感じた胸の痛みを無視して私は微笑むカミュに応えるように微笑う。
私は彼の弟子をしていたではなく今日初めて出会った人間、何も悲しむ理由などないのだからこの痛みはきっと気のせい。
カミュ視点
冥界との聖戦後、聖域は転換期を迎えようとしている。聖戦の勝者となったことにより、今回の聖戦に関わり命を失った者達の多くが蘇生し、今までにないほどに聖闘士が存在する。
教皇であるシオン、私を含む黄金聖闘士と教皇の補佐をしているサガの代わりを務めている双子座のカノン、白銀や青銅の多くの聖衣もほぼ空がない状態だ。
それゆえに異変があった際に駆けつけられるようにと各地に聖闘士を派遣しても聖域には多くの聖闘士が残り、
聖域の守りとして黄金聖闘士が半数は常時待機している現在の状態に師から弟子へと技を受け継がせる形から学び舎のように集団での修業へと移行しようかという提案が女神よりなされた。
戦いの中で死ぬ聖闘士は多いが引退した聖闘士がいないわけではなく、そういった人に講師をさせ時に現役の聖闘士が教えればそれぞれに合った才能が見出せるのだと言う。
その言葉に今まで師である者の教えと合わないがために死んだ者も居ただろうことを思えばなるほどと納得するものがあった。同時にそのような甘いことで聖闘士としての教えを伝えることが出来るのかという懸念もある。
「カミュ、外から手紙が届いていたぞ」
任務外の私用で聖域を離れていた私が聖域に戻るのを感じたのかわざわざ私にそう声をかけてきた。
外からというのは聖域の外という意味だが、聖域の関係者以外からという意味合いのほうが強く、外から手紙が届くような心当たりがない私は足を止める。
「私宛にか?アイオロス」
かつては年上であった射手座のアイオロスは今では氷河達と同年代の少年の姿のため、最近は慣れてきたがそれでも違和感が残っているのは私が頭が固いからか。
「間違いない。確か日本からだったぞ」
日本。氷河には日本人の血が流れているはずだが氷河のことではないだろう。
「誰かが目覚めただか何だかで連絡を請う内容だった。知り合いならと思って戻ってきたところで疲れているかもしれないが声をかけたんだ」
目覚めたという言葉に心当たりが思い浮かぶ。今回の外出理由である弟子の捜索、その弟子には長く意識不明の姉が一人居たはずだ。
「すまない。アイオロス」
「謝るより礼を言え」
太陽のように明るい笑みを浮かべた相手に頷き。
「ああ、ありがとう」
「おう」
用はそれだけだったようで手を上げて立ち去っていくアイオロスとは別の方向、外から届いたという手紙を受け取りに来た道を引き返す。
アイオロスが内容を知っているのは外からの手紙はある一定の実力と分別のある者が内容を確認するからだ。
うっかりと呪い付きだったというようなことがないようにというものなので致し方がないだろう。
アイオロスに教えられ受け取った手紙は予想通りに弟子であるの姉であるが意識を取り戻したという内容で、その目覚めを切っ掛けにして何かが起きそうな予感がした。
第一印象はの姉だけあり彼によく似た女性だった。何より似ていたのはその穏やかな小宇宙によってもたらされる雰囲気だ。
ではないはずなのにと錯覚させるほどに彼女の小宇宙は懐かしさを感じさせたのだ。
ベットの上で上半身を起こした状態で会話する彼女はまだ一人での歩行は困難であるがリハビリは順調であるとここに来るまでに医師からは聴いていた。
命に別状はないのでそれほど遠くないうちに退院は出来るものの、介助が必要だろうとも言われたのだ。
誰か人を雇って彼女の面倒をしばらく見てもらうことを考えていたのだが、その考えを改めさせられることが起きた。
彼女の弟である、巧のことを話した後にすぐに青銅と同等はあるだろうかと思えるほどに高められた小宇宙は瞬く間に霧散する。
死に触れた者などは時に小宇宙が変化することもあり、小宇宙を修行も無しで高めることが出来るのは珍しいといえば珍しいがないことではない。だが、これほどに高めるなど普通ならありえることではなく。
「リハビリが順調だと医師が言っていた。このままであれば退院も予定よりは早いだろうとも……退院後はよければだが私のところに来たらどうだろうか?」
考えてもいなかった言葉を私は告げていた。戸惑いを含んだ彼女の表情に当然だろうという思いとに拒絶されているような気持ちも抱いてしまう。
長年の意識不明のために痩せていて手足の長さが目立つ女性というよりも少年のような体型とによく似た髪と瞳の色がそう思わせたのだろう。
「退院後すぐには人手が必要だ。少々閉鎖的だが女手もあるので着替えなども気兼ねすることはない」
断わられる前にそう言葉を続けたのは彼女を許可が下りれば聖域へと連れて行くつもりだったからだ。
そうでなくとも聖域が所有する小島かどこかを女手と共に借りれば良いとも考えている。
彼女がいくらの姉であっても修行をしていない人間の小宇宙としてはどこか洗練され過ぎているようにも思う。
敵であると彼女のことを疑いたくはないが、弟子の姉だからこそ慎重に判断したいがために同意してくれるように願いながら見つめれば。
「……よろしくお願いします」
考えていた彼女が渋々といった様子で頷く。無理に連れて行くような真似をしなくてすんだことに安堵しながら彼女の言葉に応えれば、この病室に入ってからはじめて彼女は私に向けて微笑んだ。
その微笑みは顔立ちは似てはいるが瓜二つというほどではないはずなのにの微笑みによく似ていた。
そう感じたことに動揺するあまり大した説明もしないまま病室を出てしまったのは問題だ。
弟子達にクールになれと言っている自分がこの体たらくで今後をどうするというのかと自らを叱咤する。
だが――…あの儚い微笑みが私の心を締め付けたのは事実であった。