蒼夜が私の『しき』とやらになってから二週間ほど、私の後を追ってくる彼に私は困り果てていた。、と懐いてくれるのはいいが呼び捨ては駄目だとお姉ちゃんと呼んでとお願いしてもイヤの一言。
天鬼と白紅の邪魔にならない程度なら一人で遊んできてもいいんだよっと言っても、これまた私と離れるのはイヤだと蒼夜は言った。あまりにも私から離れない蒼夜に少しばかり育児ノイローゼになりかけだ。世の中のお母さん達の苦労が少し解った気がする。
「?」
「ううん、何でもないよ。積み木で遊んでて」
蒼夜は一人遊びが嫌いではないようで、私が傍に居れば満足なようで私が彼の遊びに参加せずとも機嫌が悪くなることがないことは救いだった。
蒼夜と遊ぶのは気分転換にはなるけど彼の体力に私がついていけず、集中力も続かないので蒼夜と遊んだ後はしばらく休憩することが多く、今もその休憩の最中だがあまり休まっている気がしない。
家族の間でもプライバシーとか言っている時代の人間だからか、一人きりの時間が全くないということに疲れを感じてしまっている。
命を救ったのだから蒼夜の面倒は私が責任を持つことは当然だけど、少しぐらいは自由な時間はないものだろうか。もちろん、それがワガママなことだというのは解ってる。
「見て、」
赤い積み木が四つ積み重なって高い塔を作り、その隣には木目のままの積み木が三つ積み重なっている。
隣り合った二つの塔はどういう意味を持つのかわからないので、私は蒼夜に尋ねることにする。
「おー、凄いね。塔?」
「ううん、天鬼と白紅」
……いい笑顔で蒼夜は積み木を崩した。
「……」
蒼夜は本当に二人の事が嫌いらしい。食事を用意してくれる白紅にはあからさまに牙を見せるし、睨みつけている。そんな態度をとっている蒼夜を白紅は気にした様子なく放置しているのが、今のところの救いだ。
「蒼夜、天鬼と白紅のこと好きじゃないの?」
「好きじゃない」
舌足らずだった発音もいつの間にかしっかりとしたものになっているし、ガリガリで栄養失調一歩手前といった様子だった身体は丸みを帯びて可愛らしさがましてきた。激的な変化だ。それに、頭がいい。だというのに、家主である天鬼のことを嫌い、直接的に世話をしてくれる白紅を嫌うのは何でだろう。
「どうしてだか聞いていい?」
「……駄目」
積み木をまた重ねだした蒼夜にきっぱりと言い切られてしまう。いつか答えてくれるだろうか?
「蒼夜、どうしたの?」
積み木を積み重ねていた蒼夜の手が止まったことに気づき、声をかける。
「天鬼がいなくなった」
「はっ?」
いなくなったというのは出かけたということだろうか。子どもの戯れ言と片付けるには蒼夜の気配感知みたいなものは馬鹿に出来ないものがある。
天鬼が現れた時に私が知る前に怯えたように、白紅が此処に来る前に彼の気配を蒼夜は察し、私に教えてくれる。彼のお陰で白紅がいつの間にか来ていたという事がなくなり、お陰で余計な情けない姿をさらさずにすんでいる。だからこそ、蒼夜の言葉は無視できない。
「?」
「ううん、何でもないよ」
考え込んでしまった私を心配そうに見上げる蒼夜を安心させる為に微笑む。
「次はお庭で遊ぶ?」
「天鬼、いないからお外に出ない方がいいよ」
天気が良い日はよく庭先で遊ぶのでそう提案したが、いつもは二つ返事で頷く蒼夜が頷かなかったことに驚くと共に彼が断った理由が理解出来ずに思わず首を傾げる。
「天鬼がいないから?」
「うん」
尋ねれば積み木を重ねながら彼は頷く、理由が判らないので今度は素直に聞いてみる。
「どうして?」
「危ないから」
危ないというのはどういうことだろう。いや、元々からしてこの奇妙な世界は私にとっては危ない世界だ。現実とは思えない世界ではあるけれど、夢とも思えないほどに現実味を帯びた世界。今の私は夢じゃないという気持ちとこれは夢だという気持ちが半々だった。
「どうして、危ないの?」
これで明確な答えがわからないのなら、これ以上の質問は止めておこうと決めての最後の質問。それに蒼夜が口を開き……。
「が食べられてしまうから」
ごく当たり前のように告げる幼い子どもの見上げる瞳の輝きはいつもと変わらない。だけれど、八重歯というには尖りすぎている牙が彼が何者なのかを私に自覚させる。
『鬼』
私の傍に居る子どもは鬼だ。鬼の子だ。
柔らかな手を伸ばし私を慕っているのだと全身で表しながら、こうして急にその本性を私に見せ付ける。彼はそう意識していないからこそ、私と彼の違いを明確にする。
「、?」
子どもが私の名を呼ぶ。慕うその様子を微笑ましく思いながら背筋に感じる寒さは何だろう。彼の手を取りながら、私は笑顔の下に身体の震えを隠した。