朝食を食べた後、庭に裸足で降りて遊ぶ蒼夜を縁側に座って見守っていた。鬼の子どもであろうとも子どもは遊ぶのが好きなようで微笑ましい。でも、虫とか発見して捕まえては私に報告しに戻ってくるのだけは止めてくれないだろうか。
――…二度ほど経験してそう私は懇願するように彼にお願いしたら、彼は納得してくれ、虫探しは止めてくれた。今は土に穴を掘って遊んでいた。蒼夜が急に顔を上げ、掴んでいた土を放り出して私のほうへと駆けてきてしがみ付いた。
「どうしたの?」
怯えたようにも見えた彼の行動に、着物が汚れるだとか叱る気にもなれず、しがみ付いてきた理由を尋ねたら聞き覚えのある足音が聞こえた。それはしばらくぶりに聞く足音で、私は蒼夜を抱き上げてそちらを向けば、予想通り天鬼がこちらへと向かってくるのが見えた。
「それを拾ったのか」
それ、あまり良い気のしない言葉に私は顔を顰める。腕の中の蒼夜は彼の声を聞くと震えて私に強くしがみ付く。
「蒼夜と名付けました」
彼と出会っても恐怖の感情は沸き起こらない。確かに彼には殺されそうになったというのに……。目の前にしても恐ろしいと思わないのは何故なんだろう。
「式鬼にしたと聞いた」
「……昨日も白紅から聞きましたけど、『しき』って何ですか?」
名付けたことを言っているにしても『しき』とは何なのか。何か意味があるのかと疑問に思って問えば、天鬼の瞳に呆れの色が浮かぶ。
「知らぬままに従えたか」
天鬼は私へと近づいてくると身を屈めて手を伸ばした……その手が何を求めているかを視線で知る。彼が手を伸ばしたのは私の腕の中で震えている蒼夜に彼は触れようとしている。
「あの、『しき』って何ですか!」
蒼夜を彼から遠ざけるように私が背を向ければ、天鬼は無理に蒼夜に触れようとしたりせず。
「式鬼は仕える鬼だ。それはお前に仕えている」
「はぁ?仕えるって蒼夜のことそんな風に…」
思っていないと告げようとした私の言葉を遮ったのは天鬼の視線。金色の瞳の強い視線に私は口を閉ざす。
「お前が名を与え、意味を与えた鬼の子だ。お前が必要としなければ意味もなくなる」
「えっ」
意味が理解できなくて天鬼を見上げれば、天鬼の顔は高いところにあって、影となってよく見えない。
「それを憐れに思うのなら名を呼んでやれ、疎ましいと思うのなら命を捨てろと命じればいい」
名を呼ぶか死ねというかという選択なら、私は名を呼ぶ方に選ぶに決まっている。
「お前はそろそろ。それの命がお前の物の様に。お前の命は俺の物だと自覚しろ。」
「私は、私の命は…――」
自分の命は自分のものだと告げようとした私は口を閉じた。それは、天鬼の射竦めるかのような鋭い視線に口が利けなくなったからだ。
彼の金色の瞳は私を縛る。それは、さながら彼の言葉を肯定するかのようだ。どうすればよいのか判らず、私は腕の中にいる蒼夜を抱きしめる。
恐怖の中で互いに互いを抱きしめた私達に何を見たのか天鬼は無言で背を向けた。
いきなり背を向けて去るその背を追いかけたい気持ちもあったが、私の腕の中には蒼夜が居てそれは出来なかった。
――…居なかったのなら、私は彼を追いかけたのだろうか?