まどろみから目覚める夢現の時、腕の中に温もりと重さを感じて薄っすらと目を開ければ子どもの姿。その姿に慌てて身を起こそうとしてぐっすりとした様子で眠っている子どもが起きてしまうかもしれないと動きを止める。
その頃にはようやく子どもが昨日、助けた子ども蒼夜であることを思い出した。寝る前は隣に引いた布団の中に居たはずなのにいつの間にか私の布団に潜り込んできたらしい。
「……しょうがないな」
小さな子どもには慣れない場所で眠ることは怖いことだろう。それが私と一緒に眠ることで怖くなくなるのなら悪くはない。幸いなことに腕は痺れていないし……。
「もう少しおやすみ、蒼夜」
そっと名前を言うと蒼夜の口元が微笑んだ。起きていたの?そう思ってしばらく彼を見ていたけれど起きる気配は無い。眠っていても自分の名を呼ばれると反応してしまうらしい。それだけ名前を気に入ったのだろうか?腕の中で眠る子どもの安らかな表情を見ていると、つい微笑んでしまう。
「んっ」
覗き込んでいる私の所為なのか蒼夜が声を上げた後に少し目を強く瞑った後に目を開けた。パチリッと音がしそうなほどに開かれたその目は彼を覗き込んでいた私を真っ直ぐに見つめる。
無言で私を見ている彼に、もしかしたら私以上に昨日のことを忘れていたりするんじゃないかと心配になる。ママどこー?とか泣き出されたら困ってしまうし、そもそも彼の親は居るのだろうか?鬼ってどうやって生まれてくるんだろう。人と同じだろうか?
「」
その心配は無用なものだったようで、蒼夜は私の名を呼ぶと嬉しそうに笑った。私を見ただけでこれだけ嬉しそうに出来る人というのは心当たりがないぐらいだ。いや、彼は鬼だから人ではないんだけど。
「起きよっか?」
「やだ」
笑顔で言った私の言葉を全否定する蒼夜、鬼というのは人の言葉を否定するのが趣味なのか。
「まだといる」
蒼夜は私の胸に顔を押し付ける。そんな彼の背を私は撫でて説得に掛かる。時間通りに起きていないとご飯を出してもらえないのだ。昨日の調子だと私の朝食があっても蒼夜のがないかもしれないし、そうすると一人分を二人で食べることになるのだから一食でも抜くのは危険だ。
「起きてからも私と居ればいいでしょう?」
「……ここだととそーやだけだもの」
「大丈夫、あんまり鬼は私のところに来ないしさ、来てもすぐに何処かいっちゃうから起きても二人っきりみたいなものだよ」
言っていて妙に虚しくなる。天鬼と白紅以外の鬼は初めの日をのぞけば蒼夜以外に見ていない。人は鬼を狂わすと言った白紅、だとしたら蒼夜も狂ってしまうのだろうか?私が面倒を見ることで……。だとしたら私は白紅に頼んで蒼夜と離れた方がよいのかもしれない。なんだかんだと言いながら白紅は面倒見がいい。
心底嫌っているのだろう私に対して、天鬼の為とはいえども面倒を見てくれている。彼なら蒼夜の面倒を見てくれるかもしれない……と、希望的観測を考えたけれど昨日の様子からして無理かな。
「、こまってる?そーやがこまらせたのならおきる」
顔を押し付けていると思っていた蒼夜はいつの間にか私の顔を見ていた。蒼夜のこれからのことを考えていたら、眉間に皺がよっていたらしい。
「蒼夜の所為というわけじゃないけれど、起きてくれると嬉しいな」
「うん」
蒼夜は今度は大人しく頷いて起き上がると布団から出た。私はそれを見届けてから身を起し、自分も布団から出ると畳んでしまおうと掛け布団に手を伸ばすと蒼夜も布団を掴んだ。
「……一緒に畳む?」
「うん、そーやもたたむ」
手伝ってくれるのかと声をかけると蒼夜が勢いよく頷いた。まだまだ子どもを持つには若いのだけれど、こういう子なら子ども欲しいかもしれない。自分の子どもの頃はこんなに聞き分けが良い子じゃなかった気がするもの。
「ありがとう、蒼夜。さぁ、今からご飯食べようか」
敷布団と掛け布団、その上に枕を置いて整えたあとに蒼夜に声をかけて頭をなでる。嬉しそうに目を細める蒼夜の手をとって私はいつも食事が用意されている部屋へと向かう。襖を開けたそこにはいつもの様に整えられた膳が二つ、私と蒼夜の分だろう。
「やっぱり面倒見がいいじゃない」
「?」
「何でもないよ」
何だか嬉しくなって笑ってしまった私を不思議そうに蒼夜が見上げる。見上げられた私は何でもないと首を振る。だって、確かに何でもないことなのだ。白紅の行動を彼がどう意図しているのかしらない私が勝手に喜んだだけなのだから。
「食べよう。ご飯、美味しいよ」
隣に並んだ膳、少し離れていた膳を蒼夜が私のほうへと引っ張ったのでそのままだと倒れてしまうと私は慌てて自分の膳を蒼夜のものとくっ付ける。
彼の目的と合っていたようで蒼夜はそれ以上は膳を動かさなかったので、私は座布団も動かして蒼夜の横へと座る。
蒼夜も座ったのを見てから手を合わせると、それを見た蒼夜も同じように手を合わせた。
「いただきます」
「……いただきます」
少し遅れた食事の前のいただきますを聴いてから私は箸に手を伸ばす。きっと、今日も美味しいご飯なんだろう。
献立が焼き魚なので蒼夜は上手く食べられるかな?っと、見ていると蒼夜は私の真似して箸に手を伸ばしてる。
もしかしたら箸の握り方を知らないんじゃないだろうかと尋ねたら、頷いたので私は蒼夜に箸の持ち方から教えることにした。たぶん、ここってフォークとかないだろうしね。覚えておかないと苦労しそうだから此処はきっちりと教えることにする。いつもより少し遅くなった朝食だけど、久しぶりに誰かと食べる食事は冷めていても美味しく感じた。