起きて一番最初に思った事は『あっ、生きてる』だった。天鬼の様子からあの時は本当に殺されるかと思ったし、それも仕方がないとチラッと頭の片隅で思っていた気がする。それが不思議なところだ。白紅やあの名前も知らない女に殺されそうになった時にはかなりの恐怖で、死にたくなんかないっ!と頭の中でずっと叫んでたのに。
私は別に自分が要らない人間なんだとかは考えていないし、痛め付けられて喜びを感じるような特殊な趣味もない。
「なのに、どうして怖くなかったんだろう」
この人ならすべてを任せられるし、守ってくるとか思ってたわけじゃない。深い信頼関係で結ばれているからとかいう凄い関係でもないのに……。
「どうなってるんだろ。どうかしてるよ……私」
頭を抱えて自分の感覚に呟けば。
「えぇ、私も常々そう考えていましたよ」
どうかしてる発言に太鼓判を押されてしまった。その太鼓判を押したのはもちろんのこと、白紅でいつの間にか部屋の中に鎮座していた。たぶん、私が目覚める前からいたんだろう。何処か浮世離れしている彼だからか、あまりそれに驚いていない自分がいる。
「いつから居たの?」
「貴女が目覚める前から此処に居りました」
やはり、そういうことらしい。彼の冷ややかな視線が、そっちが勝手に何やかんやと言い出しただけで自分は盗み聞きなどをする気などないと告げているかのようだ。
「頭がどうかしたのかと思いましたよ」
それどころか人を馬鹿にしたように白紅が笑う。こういうヤツの前で一人で百面相みたいな事をしていた私が悪いかもしれないけどさ。相手がこの鬼じゃなかったら殴ってたかもしれない。
「食事になさいますか?」
怒っていたはずなのに白紅の言葉に私のお腹が素直に反応した。
「用意をしてまいりましょう」
直接的過ぎるほどの私の反応に白紅は動じた様子なく立ち上がると部屋を出て行き、ほどなくして私は食事にありつけた。……白紅が微妙な視線で私を見ているのはやはりお腹が正直すぎた所為?見られながらの食事は居心地が悪かった。これが美味しいかどうかを見ているのならともかくとして、奇妙なものをみるかのような目で見ているので凄く居心地悪い。口の中に食べ物がある時に口を開いてはいけないのでしっかりと噛んでから飲み込み。
「何か顔についてる?」
私を見ていた白紅へと問いかける。彼は微かに首を振ると目線を下へと落した為に此方を見なくなったので変な様子だと思ったけど、一先ずは食事を終えることにして私は食事を続けた。しっかり食べて私は満足した。
お膳を下げてに部屋を出た白紅がしばらくして戻ってきた。戻ってきたけれどやはり微妙な沈黙と共に私を見ている。それは一番最初に来た時よりも物珍しいモノでも見るかのような視線。
「もうっ!白紅ってば一体、何なのよ」
視線に耐え切れずに叫ぶようにして言って白紅を睨む。睨めば白紅は私から視線を外して、深い深いため息を一つ。
「このような者を」
「何か不満があるの?」
彼が気に入らない事をしただろうか。そんな記憶はないけど気に入るような事をした記憶もない。それでも、態度が変わるような事をしたという私には自覚はなかった。彼の言う闇鬼と話していたのが原因なのだろうか?それにしては昨日はあまり変わったようには見えな…――
「えぇ、生きてるのが」
生きている事を全否定された。最初から私が死んでいようと生きていようとかまわないという態度あった彼だが、生きてるのなら仕方がないかという感じだったのに。まぁ、それもどうかと思うけど、今は私が生きている事が罪なんですという言わんばかりの態度だ。
「なんで?」
何となく多少は親しくなったのではと思っていたのは私の勘違いだったらしい。
「あの方が昨日、貴女を殺せなかったのなら理性を失わぬ限りは貴女を殺せないだろうからですよ」
「白紅は天鬼に私を殺して欲しかった?」
天鬼が私を殺せなかったという事。それが、彼にとってはとても重要な事のよう。
「鬼が人を傍に置くことなどは愚かな行為、過ちを正して下さることを期待するのは当然の事」
そうだ確かに、彼は最初から私が此処に居るのを好んではいなかった。
「人が、鬼と一緒に居るのはいけないなんてわかるの?」
彼は何かを知っているのだろうか?私に鬼を恐れるようにと言っていた彼、それは鬼に関わって欲しくなかったから?
「鬼は人を狂わせ、人は鬼を狂わせるもの。天鬼様ならばと思っていたのに……やはり人は、貴女は鬼を狂わせる」
すぅーと伸ばされる白紅の白く細い手が私の頬に触れて、その冷たさに私は身を竦ませる。
「、消えてくれませんか?」
冷たく突き放すように白紅の赤い唇が言葉を紡ぎ、その深紅の瞳を細めて、白い鬼は。
「どうか、あの方を狂わせないで下さい」
懇願するように私にささやいた。いつの間にか近付いた白紅の、その額が私の胸元に落される。その肩や私に触れる手が震えるているのは、恐れているからだ。
――…白紅は恐れている。
誰を?私を。
何を?私が天鬼を狂わすという事を。
私が居る事が天鬼を狂わせる事になるのだろうか?
そんな事は……ないとは言い切れない。
私には鬼の事はわからないのだから、人が近くに居る事で狂うのかもしれない。
そうではないとしても、白紅はそれを恐れているのだと私は知った。
私が天鬼を狂わせるというのなら、知った私はどうすればいいのだろう。