ゆらりゆらりと揺れている。腹部に感じる妙な圧迫感に不快感を覚えながら目を開けた。
ぼやけた視界がクリアになっていくに従って私の頭も働いていく。私は誰かに俵担ぎされているらしい。
「……っ!」
驚いて身を起そうとすると腹部に加わる力が強くなって呼吸が一瞬できなくなった。
「暴れるな」
知らない男の鋭い声が私の動きを止めさせる。会ったことなどないはずの男の肩に荷物か何かのように担がれている今の状況に冷や汗が噴出す。大人しくなった私に満足したのか彼は加えていた腕の力を緩め、それにより圧迫感はまだ感じるもののだいぶ楽になる。
男が歩くたびに揺れる地面と同じように……実際は揺れているのは私だが……揺れているのは男自身の赤い髪、腰まで延びているこの髪は地毛だろうか?男性がこれだけ伸ばす事は珍しい。地毛ならばこれだけの長さを保ち色を染めているにしては髪は傷んでいないように見えるのが凄い。
揺れる綺麗なその赤い髪を見つめていた私はその色に見覚えがあるような気がして瞬きをした。
『去れ、これは俺の獲物だ』
思い出したのは確かに聞いた言葉だ。それは今、自分を担いでいる男の声ではなかっただろうか?
黒く蠢くアレ等を追い払った男のあまりにも傲慢な言葉。少しでもまともな神経があれば初対面の相手にそのような事は言いはしないだろう。
端整ではあったけれど先に精悍さを感じさせた顔立ちをしていたこの男。神経はまともではないということなのかもしれない……あぁ、そうかこれは夢なんだ。
変にリアルに感じる夢、きっと現実の私は変な格好でお腹が圧迫された寝方をしてるんだろう。そう思いつくと私の気持ちは楽になった。夢だと思えばあの餓鬼のような生き物も説明がつく。
夢と気づいたのならば多少の無茶をしても大丈夫だろうか?とはいえ、この男性に逆らうと一気に悪夢になりそうなのでしばらくは大人しくしていた方が良いかもしれない。好き好んで悪夢は見たくは無い。
男に担がれて揺れながら辺りを見回しても目に入るのは地面以外は木々ばかりだ。いつもよりも高い視点ではあるけれどそれを楽しむ余裕などない。
大人しくしていると道が変わった。舗装も何もされていなかった道は石畳へと変わり、傾斜しているらしい石畳の道は二手に分かれていた上へ登る道と下へと降りる道。どちらも見てみたが同じように石畳が続いている。
そして、私を担いだ男が歩いていたのは舗装もされてもいない獣道だった。
そんな悪路をこの男は人一人を担いで歩いていたのだから……流石は夢だ。
考え事をしているといつの間にか傾斜は終わっていて平坦な道となり彼は私を担いだまま大きな門をくぐった。
門の中へと一歩、入った瞬間から何かが変わった気がしたけどそれが何故なのかはわからない。ただ変質したのだという感覚だけが私にもたらされた。
「いたぁ!」
その事に気を取られていた私は男に玄関先に放り出された。高さとしてはそれほどなかったものの急に放り出されたので無防備に落ちてしまいかなりの衝撃があった。打ち付けた背中が痛いと呻きつつ何とか身を起こし、一言も声をかけることなく急に人を放り出した男を見上げる。改めてみれば確かに男は私を助けた男だった。
その鮮やかな赤い髪も金色の瞳も、あの時に見たものだ。男は履いていた草履を脱ぐと玄関先へと上がった。しかし、草履とは何とも古臭い夢なんだろう。
「お帰りなさいませ。天鬼様」
涼やかな声が聞こえた。声のほうへと視線を向ければそこにはいつの間にか私の夢の中には新しい人物が登場していた。夢なのだから一瞬現れたり消えたりする事もあるんだろうけど唐突過ぎて何となく気持ちが悪い。
いつ現れたのかわからないというそんな不思議な現れ方をした人物は白い髪に血のように紅い瞳をしたアルビノといった外見的特徴をし、鋭く斬れる刃のようにピンッと張り詰めたかのような美貌の持ち主だ。その冷たい美貌は性別をあまり感じさせないが雰囲気と先ほど聞いた声質からして男性だろう。
赤髪の男と新しく現れた白髪の男、どちらもまたタイプは違えどいい男だと多くの人が思うだろうその外見。
……私は自分はかなり要求不満なのだろうか?夢は願望を見せる事もあるらしい事を考えればそれは否定できない気もする。
「それは如何なさいましたか?」
それ。白髪の青年が言ったのは私の事だろうか。
あぁ、私の事だろう。冷めた眼差しで私を一瞥してから『あまき様』と呼んだ赤い髪の青年に尋ねているのだから。だけど、その事に私は怒るよりもその眼差しに私は凍るような思いをした。
彼は本当に私を『それ』だと、生きている人だとも思ってないかのような目をしていたのだ。興味もなく、くだらないと思っている物を見るかのように……。
「拾った。しばらく飼う」
「さようでございますか」
白髪の青年の目の衝撃から立ち直るより先に私はまた衝撃的な事を言われた。……飼う?
「なっ!私はペットじゃな……あっ…ぅ…」
思わず立ち上がり文句を言ったが、次の瞬間には私の首にごく当たり前のようにあまきとやらの言葉に頷いた白髪の青年の男にしては細いその手がまわされ、首を絞められる。呼吸が出来ない首への圧迫感は呼吸が外からの力によって出来ないという事を知らせている。
両手でその手を必死に引き剥がそうとする。彼は片手だけだというのにその手を外せず、苦しさだけが酷くなる。
「黙りなさい小娘」
男は何か吐き捨てるように言って、私の首を解放した。私の命を文字通りに握っていた男の手が放れると私の身体は崩れ落ちる。解放された気管から空気を取り込もうと私は必死になって息を吸い込む。焦りのあまり咳き込んだ。
「白紅、面倒をみてやれ」
今までのやり取りを黙って見ていたあまきが言う。
「御意」
そして、今まさに私を殺さんばかりに憎々しげに見ていたはずの男があまきの言葉を承諾した。冗談じゃないっ!この男は私を殺そうとしたというのに……だけど、私は文句を言わなかった。いや、言えなかった。
呼吸はすぐには治まりそうになく、また恐怖が後から溢れてきて身体は震え、涙まで出てきた為だ。赤髪のあまきがそんな私と白髪の青年『しらく』を残してその場を去っていくのが目の隅に見えた。少しも心配そうに見もしないのは彼もこの『しらく』と同じようにやはりおかしいのだ。
……この苦しい夢は早く終わってくれないだろうか?
「いつまで転がっているんですか?手間を掛けさせないで頂きたい」
息を何とか整えた私の服の首元をしらくが後ろから引っ張り、彼の遠慮の無い力で私は木の床を引き摺られていく。
「うぅ……んっ」
また息が苦しくはなったが両手で服の喉元を伸ばせば息が何とか出来たので先程よりはだいぶマシな状態になる。引き摺られているお尻や足は痛いけど、まずは呼吸が大事だ。
自分で歩くと訴えれば離してもらえるのだろうか?ううん、また機嫌を損ねたりして先ほどと同じような事になるかもしれない。私は夢でも殺されたくは無い。私は多少の痛みを我慢して大人しく彼の目的地まで引き摺られていった。