屋鳥の愛

本編 〜10〜


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泣きつかれた私の涙が止まると白虎が空を駆け出す。何処へ向かうかと思えば私がお世話になっている屋敷に戻っただけだ。私は情けない気持ちで白虎の背から降りた。
出かける前と何ら変わりがない部屋、此処を出る時にはこの世界から元に戻れると思っていたのに。ぐすっと鼻をすする。泣きすぎて目は腫れぼったいし、鼻は痛いしで散々だ。
私は重い足取りで部屋と戻る。
「夢ならいいのに」
これが夢ならいい。頑なに夢だと思い続けていたのはそれが理由だ。だって、これを現実と認めてしまったら私は理解できない世界に来たことになるから、三國無双というゲームをしていてもそれは敵を倒す爽快感とかキャラが恰好いいとかいったもので敵を、人を殺したいとかは思ったことはない。今回の赤壁の戦いでの連環の計や火計もまた、ゲームでのイベントに過ぎなかった。ゲームで倒れていく敵が人であるなんて思ったことはない。私にとってはただの数字だった。
「……」
白虎は私の泣き言を聞いても反応を示さない。彼は慰めもしなければ憤りもせず、その瞳を私に向けているだけだ。
「どっかいって」
その瞳に見られるのが嫌で私は彼から視線を逸らして寝台にうつぶせる様にして横になった。此方のことをわかったようなフリをしている白虎なんて何処かにいって消えてしまえばいい。最初からきちんと説明してくれたのなら私だって風を吹かせるようにあんなに安易に頼まなかった。でも頼まなかったら、呉軍は窮地に陥っただろう。

白虎の声が随分と高いところから聞こえるものだと横目で見れば、最初に見た豪華な衣装が一部見えた。虎の姿から人の姿へと戻った彼は寝台の傍に立ち私の名を呼んだようだけれど私はワザと彼の呼びかけを無視し、無視している間に何処かにいってくれないかと思った。その願いはすぐには叶えられずに白虎は私の傍で沈黙し、私の反応を待っている。彼がどれだけ待っていようとも話す気はない私は布を引き寄せてその中に潜り込む。
「強情だな。まぁ、いい。お前に俺の加護を与えよう。それはお前の身を守るようなものではなく先ほど言ったことのみだがな」
加護なんてそれじゃあ言えない。たかだか耳がよく聞こえる様になることを加護なんてよく言えるものだ。
「……」
無言の私の耳に彼のため息が聞こえたが、しばらくして感じていた白虎の気配が消えたことに気付く。布から顔を出して室内を見回しても先ほどまで居たはずの白虎の姿は見えない。行ってしまった。何処かへ行って欲しいと思ってそう言ったのだからこれでいい。
「……大嫌いよ」
そう呟いて私は目を閉じる。少しでもわけのわからない世界を見ないでいられる。
いつの間にか眠っていたらしい。気がついたらもう夜が更けて、どれだけの時間を眠ったのかはわからないけれど、真昼間からだからかなり時間は経っている。こんな時間には何もする事はないしとまた寝ようとしても寝すぎて眠れなくなってしまっていた。無理に目を閉じて寝台に横になったままで過ごしても眠れず、壁一枚隔てた向こうにあるはずの風で揺れる木々の葉の音とかまでも聞こえてくるようだった。いや、聞こえてくるようていうか聞こえてきている。音に意識を傾ければ傾けるほど、私の耳は様々な音を拾い集めてくるが意味ある音にならないのは音をただ聞いてるからだ。一つの音に集中すれば明確にその音は私の耳に入り込み、意味を成す。
「あー……気持ち悪い」
音に集中をしていた私は突然の不快感に集中を途切れさせた。途切れれば聞こえる音は普段、私が聞こえるだろう程度にしか聞こえない。彼の言う音がよく聞こえるようになるには集中力が必要なのだろう。けど、集中すると気持ち悪くなるというのなら使えないどころか迷惑だ。嫌だ。怨み辛みばかりを思ってる。私が被害者であるとしても、何かしようとした相手を責めるだけというのは嫌な奴でしかないじゃない。もちろん、自分が善人だとは言えないけど悪人よりは善人でいたいし、その方が気分的にはいい。
「責めるばっかりじゃいけないってわかってる」
こんな事態にどうしてなったとか言っててもこの事態は変わらない。どうして帰してくれないのかと言っても帰れはしない。白虎は説明不足というかなり馬鹿な事をしたものの、私が風を吹かすようには求めたし、その後で白虎は自分は言われたままにしたと突っぱねることは出来たのにしなかった。一応、彼なりに役に立つだろうと思える事をしてはくれたのだ。
愚痴ばっかりを言って、彼の事を無視していた私にそうしてくれた。彼は悪い奴ではない。今は許す気もないけれど、極悪非道な男というわけじゃない。
ううん、何が悪いとか誰が悪いとか。もう、考えるのは止めにしておこう。



私は目を閉じる。
泣いても喚いても仕方がないのなら、風に吹かれて進む小船のように生きてみよう。

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