屋鳥の愛

本編 〜9〜


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逃げられなくなったんじゃない。だって、私はただ元の場所に帰るだけ。そう私は思いなおすと白虎の背中の毛を軽く引っ張る。先ほどの白虎の言葉の意味は考える必要もないほどに簡単だった。
「どうして帰れないのよっ!」
簡単だけど納得できるかどうかは別、私は彼の背の上で彼が嫌いらしい大声を出した。
「どうしても何もお前の望みどおりにしたからだろ。とお前の名で風を吹かせた」
白虎が耳を伏せたのは私の大声が煩かったからだろう。
「だから?それでどうして帰れないのかの説明にはなんない」
帰れなくなるということがよくわからない。戦場で吹くはずの風を解き放つようには言ったのは助けてくれた人がそこにいるはずだからだ。
「風を解き放ったのが原因ならもう一回集めればいいじゃない」
一度出来たのならもう一度すればいいだけだと思う。
「能力的には不可能じゃないけどな」
言葉を濁すように白虎が答えた。まぁ、手間隙はかかるかもしれないけどさ。
「不可能じゃないのならそうしてよ」
私が帰れないのは困るのでそう言えば。
「それが出来ないから帰れないんだ」
「はぁっ?能力的に可能なら出来るでしょうがっ!」
何って事をこの男は言った。本当に何を言い出したんだか。
二度手間になった事に機嫌を損ねたというわけでもないようなのに。
「無理だといったのは天からの許しが出ないだろうからだ。お前のことは俺が原因だから今回は無理に頼み込んで特別に許可を貰った。一度だけ私事で風を集め使う許可を、な。だから、二度目はない」
「許しって誰に?」
「天帝だ。まぁ、正確にはそれに仕える奴等だけどな。気候を変化させて理を曲げるのだから当然だろう」
あんたの当然は私の当然じゃないなどと言っても話がずれるだけだろう。
「でも、許可が一度もらえたならまた貰えばいいんじゃないの?」
「言っただろう。特別だって」
「じゃあ、本当に帰れないの?」
否定して欲しくて呟いた私の言葉を。
「あぁ」
短くはっきりと彼は断言した。
「まぁ、願い出てはやるけどどれだけかかるかわからないぞ。申請して10年後、100年後に結果を知らされるとか当たり前だしよ」
期待するなということを彼は言ってるのだ。お役所といえども100年後に結果を出すようなところが何処にあるというのか。
「馬鹿言わないでよ。100年後って皆死んでるじゃない」
申請した側もそれを受け取っただろう相手も死んでしまってる。
「人間ならな。だが、生憎と俺達は人間じゃない」
それが常識だというのに彼は違うという。そうよ。違うに決まっているじゃない。人に化けて空を飛ぶことも出来る虎なんだからさ。
「そっちが死んでなくても結果でた頃には私が死んでるじゃないっ!」
「だから無理だって言ったんだよ。今回はお前が人間だから速く受理してくれる様に何度も願い出てだな。ここ数年の間で天候を変えても最も天候を今後乱さないだろう日時を選んだんだぞ」
「でも、言葉もわかんないところで生活なんて出来ないっ!」
周りの人間が何を言っているのかどうかわからず、自分の伝えたい事を伝えられない生活。そんな日々のことを振り返れば少しでも速く言葉が通じる元の世界に帰りたかった。
「……言葉がわかればいいのか?」
この世界に来て言葉が通じたのはこの白虎だけ、その彼が私の言葉に反応した。
「えっ?」
何を言ってるのかすぐに理解できずに首を傾げれば。
「よく聞こえるようにしてやることは出来る」
「何それ?」
もっと理解できないことを彼は言った。言葉を理解できるようにすることができるのならそうしてくれればいいのだ。どうしても残らなければいけないのなら今すぐにでもそうして欲しい。
「音を集めて相手が話してる言葉をはっきりと聞こえるようにしてやることが出来るんだよ」
つまりはヒアリングを出来るようにしてくれるということ?
「……」
あんまり役に立ちそうにない。話してる言葉をはっきりと聞こえるようにしてくれたところで理解できてなければ意味がないじゃない。
「遠くの音でもよく聞こえるようになるから何かの役に立つかもしれないしな」
「役になんて立たない。それよりもはやく帰してよ」
彼の背中を勢いよく叩いた。かぁーっと頭の中に血が上ってしまって今、自分が何をしているのかよくわかっていない。それでも、彼の背中を叩きながら自分が泣くのは筋違いじゃないかとぼんやりと思う。思ったけれど、やっぱり叩くのはやめなかった。それは不愉快でしかないはずなのに白虎は怒らないどころか文句も言わない。私が此処に居る原因が彼だとしても、今回の事は私が風を吹かせるように言ったのだから『お前のせいだろ』って彼は突っぱねることもできたのに彼は無言で背中を叩かれ続けていた。

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