屋鳥の愛
本編 〜7〜
彼を見送った後に私は部屋へと戻った。
チリリッと胸が焦がされる。そんな気がして私は自分の胸に手を置く。
「何処に行くんだろう」
自分以外は誰もいない部屋でそう言ったところで誰も応えてくれるわけがない。ううん、此処では日本語で問いかけたところで答えてくれる人はいない。
「戦じゃないか?アイツは武人のようだからな」
……いないはずだった。
「ひっ!」
不意に背後から聞こえた声に私は小さく悲鳴を上げたが慌てて振り向く。そこには、黒髪に白いメッシュを入れ、金や銀の糸で刺繍された一見して豪華な衣装をきた男が立っていた。
今まで自分が見た人々は質素で彼のような彩りある布を着てはいなかったように思う。
「あっ、あの……誰ですか?」
私の聞き間違いでなければ、彼は日本語を話したはずだ。ただ日本語を話すからと断りもなく部屋にいた見知らぬ男と談笑する気はない。
「警戒する必要はないぞ」
男は笑って軽い調子で言う。
「はぁ?」
その軽い調子の男の言葉が信じられず、怪訝になって私は男を見つめたが男はそれを気にした様子なく。
「俺はお前を元の場所へ帰す為に来たのだからな」
「ほっ、本当に?」
帰してくれるという言葉に男へと詰め寄った。そうしても男が顔色を変えることは無く。
「あぁ」
我ながら現金だと思うけど、答えた男の言葉を私は不思議と信じられる気がした。改めて男を見上げれば彼の髪は白い髪の方がメインで黒の方がメッシュのようだ。
「俺は白虎、お前をこの世界に連れ込んじまった責任をとって迎えにきたんだ」
「……はい?」
男の髪を観察していた私の耳に入ってきた言葉。
「せっ、責任ってね。こんな言葉も通じないわけわかんないとこ……世界?」
見知らぬ場所に来た理由が私にはなく、原因であるらしい男が出てきたということで文句を言おうと言葉を発した私だけれど、男が言った『この世界』という言葉に引っ掛かりを覚えた。この国、この場所などは言っても『この世界』とは普通はあんまり言わないと思う。
「何の因果か、お前の住処に入り込んでしまってな。風の流れがないお陰で俺は動きが取れずに思案に暮れていた時に風の流れが起きたので慌てて飛び出したんだ」
「はっ?えっ?ストップ、お話をやめて」
男は説明をしてくれているのだろうが、此方は彼の言葉を理解できない。聞いていると頭が痛くなってきたので、手を振って男の話を止めさせる。
「よくわかんないから説明はいいけどさ。此処に私がいる原因はあなたで責任を取って私を元の場所に戻してくれるってわけよね?」
理解できそうにない話なんて聞いてるよりも、私は早く帰りたい。
「そうなるかな」
「それなら早く帰して」
頷いた男に私は言った。車でも、船でも、飛行機にでも乗せて早く帰して欲しい。
「そうか。此処で遣り残した事とかはないんだな?」
睨み付けるように男の様子を見ていたが、男は私の態度に軽く肩をすくめてそう訊ねてきた。
「あるわけな……あっ、遣り残しってわけじゃないけれど質問していい?戦って、戦争のこと?」
戦い、戦争、人々が争う事が思い浮かんだけれど信じられずに訊ねた。
「それ以外に何かあるのか?」
否定の言葉を期待していた私の耳には彼の肯定の返答が聞こえてしまった。
「……マジ?」
答えた男を見つたけど、男は微かに頷き。
「あぁ、今回は赤壁の方で大きな戦いがあるらしくてな。此処は呉の武将の屋敷……って、何だよ?」
男の言葉に驚いて私は、彼の腕を引っ張った。
「赤壁って、呉って、三国志の?劉備とか曹操とか出てくる」
三国志ファンとは言えない、にわか過ぎる三國無双ファンな私でも知ってる赤壁の戦い。ゲーム中にもあるしってことで私でもわかる。有名すぎる戦いの名前。
「その名は確か、魏だか何処かの君主じゃないのか?もう一人も、聞いたような」
不確か過ぎる男の発言。
「まっ、マジですか……いやいや、これこそがドッキリなマジックとか」
もしかすると私は三国志の世界に迷い込んだのではないだろうか?
「あれ、でも……」
三国志の世界にしてはおかしいところがチラホラ。この屋敷の持ち主が周泰だとすると、彼は私の知るゲームの登場人物にそっくりだったし、そもそも彼だけでなく甘寧にそっくりな人も会っている。
「もういいか?」
目の前の人物は知らないけれど、此処までくると一つの仮説が立つ。
「待って、赤壁のところに行ける?」
そう私がゲームの中に入った。……なんて訳はなく、ゲームを夢見ているのだ。
「行ける」
「それじゃあ、行ってもらえる?」
彼の言う赤壁で起きるという戦いに三國無双の武将達が勢ぞろいっ!これは見るしかないでしょう。
「あぁ、いいけど。戦を見たいなんて物好きだな」
軽く肩をすくめた彼は、しゅるりっと帯を取る。男の奇異なその行動に私は叫ぶ。
「なっ!何をしてるのよ」
「衣装をつけたままでは、変化が出来ないだろうが見たくなければ後ろを向いてろ」
叫んだ私を気に止める事無く、男は衣装を脱いでいく。
「あぁ、もぅっ!」
そのまま見てるわけにも行かないので男を見ないようにするが戸は男の方だった。これで自分が戸の方に立っていれば逃げようもあったかもしれないのにっ!慌てて私は目を閉じた。
「もういいぞ」
もういいって何がよ。後ろなんて見れるわけがないじゃない。
「赤壁に行くんだろうが」
男の声が少し下から聞こえる。男の背は自分より高かったはずで下から聞こえるはずは?
「ひっ」
目を開けて声の方を見ると金の瞳をした白い虎がいた。いつの間にか大きな虎が私の間近に立っているなんてどういうことよ。
「ほら、背に乗れ」
虎が、先ほどの男の声で苛立ったように言う。
……これで、今回のことが夢だと証明されたようなものだわ。
「はいはい。それじゃあ、失礼して」
こくりっと頷くと私は白い虎の背に乗る。想像したよりも柔らかな毛をした虎は、私が乗るとのっそりと歩き出し、開いていない戸に近づくと、ひゅうっと風の音が鳴って戸が開いた。そのまま部屋から出て庭へと出る。
「空を駆けるぞ」
たしっという地面を蹴る音と共に言葉を喋る白い虎は空を駆け出した。
「……っ!」
慌てて、私は虎へとしがみ付く。命綱もなく生身のままに空を飛ぶなんて信じられない。まず虎が空を飛ぶのが非常識すぎるっ!文句の一つや二つを虎に言いたいけれど、恐怖に私は何も言えずにしがみ付いた。そして、頭の片隅で夢にしては風の音が凄くて耳鳴りがしてきたのは気に入らないとか。まだのんきに考えていた。