屋鳥の愛
本編 〜6〜
寡黙な彼に連れられて私はとある屋敷に滞在する事となったらしい。らしいというのは説明はしてくれたと思うんだけど、私がそれを理解できなかったからだ。でも、私はそれによって今の私の状況がドッキリとかじゃないということだけは理解できた。
城やその周りの町並みを見れば、日本に……ううん、世界中にだってこれだけの大掛かりなセットやテーマパークが作られるはずはあまり無いと思う。何より、此処にはそういった場所につきものだろう作り物めいた雰囲気がなかった。きっと、今もこの屋敷の外には人々の生活の場が広がっているのだろうと思えるだけの存在感が此処にはある。そう思っているのに私は部屋の外へ出ることは無い。別に閉じ込められているわけじゃないのに外に出ない理由はきっと、言葉が通じない人々と出会うのが億劫だからだ。
「悪い人じゃないんだろうけど」
ここで暮らす人たちは寡黙な主にめげもせずに使えているからからか、言葉が通じない私相手にもさほどに気にした様子はない。彼らは時として私に向かって何か言うこともあるけど私は理解できないので首を傾げるだけだった。もちろん、私の理性は会話をする努力はしないといけないのだとは理解しているのにそれを実行に移せないのは私が悪いのだろう。
友人どころか知人すら居ないのだし、そもそも私を此処に連れてきて以来、周泰にそっくりな彼すら此処にはきていないのだ。
「……?」
日々の日課と化してきた考え込むという行為にふけていると急に屋敷の中が慌しくなったような気がした。此処は広い屋敷のようなのに見かける人顔ぶれは少なく、必要最低限の人しか雇っていないということじゃないかと私なりに考えていたのだけれど、そうであるのなら騒がしいほうがおかしい。様子が慌しくなった理由をしりたくなって私は部屋から出てみることにする。
理由は玄関に近付くと判明した。この屋敷の寡黙な主の帰還、主が寡黙でもお出迎えはやはり忙しくなるものらしい。もちろん、主が静かだからってお出迎えまで静かにしなくてはいけないっとかそういうわけじゃないとは思うけどね。
「でも、そうすると……あの人、私を此処に連れてきてから帰ってきてないってこと?」
呟く言葉は日本語だ。日本語を此処では聞かない。だから、私は自分で話して日本語を耳に入れていた。それに、誰も私の独り言を理解しないし、時々はこうして話さないと私は日本語を忘れてしまうような気がした。今着ている服もすべて此方の物だし元々の私の服は何処にあるかもわからない。此処は私が知らない場所で中国語らしき言葉を話す人々だけしか周りにはいない。此処では私が日本人のだと知っているのは私自身だけ。それなら、少しでも忘れたりしないように私は日本語を話すことにしていた。なので、今も周囲に人があまり居ないことを幸いに独り言。
「忙しい人だわ」
どんな仕事につけば余裕で1週間以上も帰宅できない状態に陥るんだろう?今が特別忙しいのならまだわかるけど、これが普通だとしたら彼の奥さんは大変だ。夫元気で留守がいいという性格の奥さんなら別だけどって、そもそも彼が結婚しているかどうかも私はわからない。この屋敷には女主人みたいな人はいるよういないようなって感じ、たぶん私が知る限りでは一人の女性が指示をして、それで回っているような気がするんだけど彼女、たぶん40歳近い女性でその人が奥さんにしてはあの男性は若い気がする。
「歳の差カップルとか?」
自分で考えておきながらでも、違うような気がする。
「……あっ」
部屋の外に出来たはいいけど、色々と考えことをしながら適当に歩いていたらあまり見覚えが無い場所に出た。積極的に歩き回っていないことが災いして私は一つの建物内で迷子になってしまったらしい。
「どこだろ?」
適当に歩いてもいつかは見覚えがある場所に辿り着くはずなので私はそのまま歩き始める。もしかしたら、私を知る誰かが私を見て元の部屋に戻してくれるかもしれないと他力本願なことも期待している。
「……」
曲がり角から顔を覗かせて確認。
『……』
ちょうど向こうから曲がろうとしていた人とバッチリとご対面してしまう。紺色の深い色合いの衣装をまとっている周泰のそっくりさんと私は無言で見詰め合う。
「おっ、おかえりなさい」
少し前に帰ってきたのだろう彼に私はそう声をかけて頭を下げる。言葉が通じないのに何を言っているのかと思うけど他に何も言葉が浮かばなかったんだし、無言よりもいいはずだと言ったのだけど、相手からの反応がない。無言で私を見ている彼を伺うように私がみていると彼の手が動き、私の手を取り、そうして彼は私が元来た道を戻り始める。これは私の部屋に案内してくれるんじゃないだろうか?先ほど期待したような展開となったのではないかと私は楽観的に考えて大人しく彼についていくことにした。
彼の歩調に合わせて小走りについて行く私に気づいたのだろうか彼の歩調が遅くなった。
「謝謝」
確かお礼の言葉はそうだったはずだと思って私は彼に言うと彼の歩みが止まった。そうして、振り返り私を少しの間見ていたと思えば口元に笑みを浮かべて頷いてくれたのでどうしてだか嬉しくなった私はお礼ぐらいはこれからは言おうと思った。此処で過ごしていた今までの私は私の為に部屋を整えたりしてくれている人に頭を下げても、言葉がわからないからと話しかけたりしなかったしなかったんだもの。
うん、わからないなら少しずつ学んでいけばいい。私の手を握る彼の手は私と同じように温かいんだから……。
近頃は何もすることがない夜は退屈で早々と寝てしまう習慣がついた。そして、日が昇ればその明るさによって目覚めてしまう。昔のことを考えると想像出来ないぐらい健康的な今の生活リズム、でも今日はそれよりも早く目覚めたのは慌しさの所為だろうか。
「何だろ?」
この屋敷の主人である彼の帰宅の時よりも慌しい気がする。まだ暗いこの時間に何をそんなに慌てているのか気になったので私は着替える。昨日は彼によってあのままこの部屋に連れてきてもらったので建物全体を把握していないけど今度は覚えておくから大丈夫のはず。はず、というのが我ながら自信が無くて情けない。慌しさの中心と思える場所に昨日と同じように近付くとそれは屋敷の出入口に近付いていくことになったが、姿を現した私を確認した人達は一度は私に視線を向けるけど一先ずは彼らはするべきことをしていた。そして、そこには私が此処に連れられてきた時に乗ったというか乗せられた馬と同じだろう馬とその近くに彼が居た。彼は周泰と同じ黒い鎧を身につけている。
「何処か行くのかな?」
物々しさ漂うその雰囲気に私はそこからは近づけずに見ている。昨夜、帰ってきたばかりだというのにこんなに早くに出かけてしまうらしい。しばらくぶりに帰っただろうから1日、2日かは屋敷に居るのではないかと思っていたのに……。彼が馬に跨る。
「……」
それを見ていた私と彼の視線が合わさり、彼はその物々しさとは対照的に穏かな目を私に向けると馬を進ませた。少しだけ合わさった視線はそれで離れてしまう。
「何が、あるんだろう」
彼が何処に行くのか何をして居るのかを私は知らない。そして、言葉が通じない私は誰かに聞いて確かめる術もない。
ただ、離れていくその姿に何故だかひどく胸が締め付けられた。