屋鳥の愛
本編 〜2〜
私は今の事態に固まり、その反応に驚いたのか目の前に立っている扉を開けた男も動かない。意識せずに見詰めあってしまった二人ではあるが反応が速かったのは私の方だった。
「コスプレ?」
そう、見たことは無いはずの男であるが何故か知っている気もしたのは道理。目の前に立つ男、鎧を纏った男は私がよく知るゲームキャラクターの格好そのままなのだ。
『……何だ?…』
声も自分が知る声と同じような気がしたが声優さんではないはずなので違うはずだ。それに何と言ったのかがよくわからないのは、たぶん先ほどの男と同じく中国語なのだろう。
「よく凝ってる」
鎧をこんなにも間近で見ているというのに安っぽさがない。どれだけ金をかけたのかという下世話な事までも考えてしまった。靴から鎧までを確認して視線をあげた時に目を瞬かせる。
「驚いた。周泰のそっくりさんじゃない」
格好だけでなく顔も良く似ており、身長も高い。偽物ではあるだろうが顔の傷までバッチリと決まっているという事に少し興奮する。こんなファンサービスするとは知らなかったがゲーム会社ってそういうものなのかもしれない。
『……言葉が…通じぬか……』
周泰のそっくりさんの言葉に首を傾げる。
『周泰殿、如何致そうか?』
先ほど出て行ったらしき男が周泰のそっくりさんの後ろに居る事をその声でやっと私は気づいた。周泰のそっくりさんを呼びに行ったのは彼なのかもしれない。
『……如何とは?……』
『今しばらくは良いとしても此処にいつまでも置いては……』
困り顔で言う男に周泰のそっくりさんは頷く。
『……わかった…孫権様にご相談した後に決める……』
「ねぇ、誰か日本語を喋れる人はいないの?」
二人で喋り始めた男達に話しかける。テレビで見るドッキリに比べると二人の男は真剣である様子に若干の不安感を感じる。そう話しかけながらも二人から目を逸らさないようにして少しずつ後ろに下がった。
『……怯えて…いるのか……』
「……」
危害を加える気はないように思うけど安心してもいられない。
『周泰殿?』
『……相談を…』
一言、そう何かを告げると周泰のそっくりさんは男の横を通って歩み去った。部屋の中に入って何をするわけでもなく、ただ一瞥しただけで立ち去った周泰のそっくりさんに男は困ったような視線を送っていた。その残された男は部屋の中にいる私に視線を向けたが、私が見返すと扉を閉めてしまった。また部屋の中に私は一人で取り残されたけど、もう一度扉を開けようとする勇気は無い。
そのまま扉を見つめていてしばらく立ちっ放しだった。その所為で足が疲れてきたので先ほど眠っていたところへ戻ると腰を下ろす。
「勘弁してよ」
呟いて髪をかき乱した。
「無双とかはかなり好きだし、呉の周泰は大好きだけど……こんな訳わかんないのは本当に勘弁して」
どうもドッキリだと思い込むのも限界となってきて、このよくわからない事態にどうすればいいのか思い浮かばない。
「朝、起きて……支度して……ドアを開けたのよね」
目が覚める前に自分が何をしていたのかを思い出す。いつもと殆ど変わらないけれど、退職願を入れたことだけは違ったし、その日のうちに辞められるものなら辞めてしまおうと考えていたが、こんな目に遭うぐらいだったら喜んで仕事を続けていた。
どれだけ嫌な人間がいようとも言葉を通じない人間ばかりがいるところよりはマシだ。言葉が通じれば対処の仕方もあるが言葉が通じなければそれを考える事も出来ない。
「それで、落ちて……欠陥工事?…」
ドアに一歩足を踏み出したら足場が無かったということはそういうことだろうかと考えたものの、そうであるのだとしても今の状況の説明には少しもなっていない。
穴に落ちたとして発見されたのであれば病院で気付くだろうし、万が一病院に運ばれずに近所の人に助けられたとしてもこんな部屋があるところというのはあまりないと思われる。
何よりもそうであるのであれば日本語を喋ると思ってないのはおかしい。本当に考えれば考えるほどに自分には理解できない事態だ。
「そうだ。夢とか」
自分の手の甲を抓った。
「……痛いし」
よく聞く物語中で夢か確かめる方法だったが、痛かったのでこれは現実なのだろうと結論付けた。だけど、夢で無いとするのならばこの事態を理解しなければ先には進めないだろう。
「あっ!周泰が居たから此処は三國無双の世界とか……あはは」
そう言ってから渇いた声で笑った。
「我ながらありえない事を」
自分で自分の結論を否定するとため息をついた。本当に自分の置かれている状況は一体何なのか。それに、あの周泰にそっくりな男は誰なのか。この見知らぬ部屋は何処にあるのか。謎ばかりで答えが出ないこの事態にいい加減に苛立ちを感じて眉が寄せられ顰め面になっていた。
「あっ、待てよ。夢の中でも痛覚があるように頭が考えてるのなら痛覚を感じるのかも」
そんな風に考えれば先ほどのことも理解できるが此処までリアルな夢を見ているということが信じられない。
「今までにもこういう夢は見ていて起きた時に忘れているとか?」
自分自身も半信半疑なそれは答えではないだろうと薄々と感じてはいる。……けれど、納得出来る答えは出ない。
「あぁっ!もう、会社のこととかグチャグチャと考えた後なのに」
生きていく中で今までに何度も悩んできたし、どうすればいいのか?と真剣に悩んだ悩みも何とかなってきた。会社のことも過ぎれば何とかなるだろうとは思っているがまだ決着をつけていないことが酷く気にかかる。
「どうせなら、もうちょっと後にしてよ」
何時であっても迷惑であることには変わりが無いが本当に嫌なタイミングで変なことになったものだ。