10.強さの秘密


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門限などを決めるのなら塾なんて通わせなければいいのにそう思いながら私は繁華街の道を鞄を胸に抱えながら早足で進む。
勉強が好きか嫌いかと言われれば嫌いだ。学校だけでなく塾を通う必要性は自分自身は感じていない。ただ親が言うのだ。
今、勉強していなければいつ勉強するの。大人になったら勉強したくても出来ないのよ……って、それは事実かもしれないけど私のことなんだから放っておいて欲しい。そう思うのに私は親にいわれるがままに塾に通って言われるがままに門限を守っている。
、ぼんやりしてると危ないぞ」
聞き覚えのある声に私は立ち止まり、声が聞こえてきたと思う道の脇を見れば顔が見えないようにフードを被った大きな男性の姿があった。
「ケビン?」
確認の意味を込めて彼の名を呼べば、彼は少しフードをずらすと青色の仮面と彼の金の髪が僅かにのぞく。やはり、彼だったのだったと思って私は彼へと近寄った。大丈夫、会話をしてもあまり長くなければ門限に間に合うはずだもの。
「久しぶりですね」
「あぁ」
久しぶりに会った彼は短くそう答えた。これが私から話しかけての態度であれば嫌われているかと思うところだったけれど、彼から声をそれも心配してくれているのだろう言葉をかけられたのだから嫌われてはいないはず。
「元気がない様子だな。病気か」
ケビンの手が私の額に触れる。ごく自然な動作の所為で私は何も言えずにケビンの手が離れるのを待った。
「……熱はないみたいだな」
彼の手が離れれば二度、三度と頷く。暗くてよかったと思ったのはきっと私の顔はとっても赤くなっているに違いないからだ。
「ちょっと考えことをしてたんです」
心配かけないように笑みを浮かべてそう答える。
「面白くないことでも考えてたのか」
「そう、ですね。どうして塾に通ってるんだろうとか」
塾に通うのがどうしても嫌だというわけじゃない。親に勉強するように家で言われるよりも塾でしていた方が楽ではあるのだから。
「勉強が好きだからってわけじゃないか。その様子だと」
「親に言われたからというのが大きいですね。あの塾に通ってるのだって親が決めて、その理由も有名なってだけだし。そのくせ塾に通わせてるくせに門限は守れだとか色々で……」
一度文句をいいはじめたら色々と必要のないことまでを話してしまった。黙って聞いてくれているからと此処まで話すなんてわがままな娘だと思われただろう。私の為を思って、親は私を塾にいかせてくれているのだし…――
「それなら、行かなければいいだろ」
ドキッとした。本当はやめてしまいたかったから。
「かっ、簡単に言わないで」
親に逆らったところで家の居心地が悪くなるだけだ。そう考えてしまって言いたいこともきちんと言えない私は臆病者だと解っている。
「簡単なことを言ってるつもりはない。俺が親の言い分に振り回されてたから言ってるんだ」
「えっ?」
強そうに思えるケビンでも親の言う事を聞いていた?ううん、超人と呼ばれる人だって子どもの頃があれば親が居る。
「正義超人としてどうあるかどうあるべきかとかな」
親から与えられた型。押し固められそうだったその型を彼は好まなかったのだろう。
「だから、ガキの頃に家を出た。超人というのはその点は便利だったな……生きるのには困らなかった」
生きるのには困らなかった。彼は超人でなければ生きられないかもしれないようなところに居たのだろうか。そう考えた私の顔には何か表情が浮かんでいたのだろう。
「勘違いするな。それは俺が好きでした生き方だ。家を出たこと自体は後悔していない……」
きっぱりと言い切れる彼の強さが私には眩しかった。自分は言いたいことも言えず、家を出るようなことも出来ないだろう。きっと、家を出てても後悔して泣いて暮らすかすぐに戻ってしまう。
「ケビンは強いね」
だから、私は尊敬してそう言ったのにケビンは黙ってしまった。仮面の下の彼の表情はわからないし喋らないケビンは機嫌を損ねてしまったのかと不安に見つめていると。
「強くないさ、ただあの家で生きたくはなかった」
彼が家を出た理由。それを深くは聞いてはいけないような気がした。私にとって彼の生き方は強いように見えたけれど、その生き方をした理由があってその理由は秘密なのだと思う。きっと、彼が触れて欲しくはない彼の心の奥底にある。
「――…、家に帰るんだろ。送ってやる」
「うん、ありがとう」
ケビンの言葉に私がお礼をいうと彼は私の口元を指差して。
「敬語より今の話し方の方がいい」
明るく聞こえる声でそう言った。そういえばケビンには何故か敬語でつい離していたような。それが彼には堅苦しく感じていたのかもしれない。……次からは普段どおりに話すように心掛けよう。

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