6.願い事一つだけ・・・


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「願い事ですか?」
彼からの意外な言葉に首を傾げてしまう。私から何かお礼をしたいと言った時には彼は断ったのに。
「あぁ、一つだけでいい」
「はい、いいですよ」
私は何かお礼をきちんとしたいと思っていたからその言葉を断る理由は無い。ただ彼がどうして気持ちを変えたのかはわからなかったので不思議に思う。
今までの会話の中で彼の気持ちが変わるやり取りがあったのだろうけれど私にはわからなかったから。
「そうか。なら……」
何を言われるのか聞き逃さないようにしっかりと耳を傾ける。
「…………」
じっと待ってみても続く言葉は聞こえてこなかった。
「あの?」
もしかして、私が聞き逃したのだろうか。聞き逃さないようにしっかりと聞こうとしていたのだからそんな事はないと思うけれど、心配になって彼の様子をうかがう。
「やっぱり、やめておくか」
「えぇっ!」
何かお願い事をするかと思ったらやめるという彼に思わず抗議の声を上げる。
期待していた分だけ落胆は大きい。
「言ってもたぶん無理だからな」
彼の言葉に私は少し不安になる。
彼は私には無理そうなことを頼むつもりだったのだろうか。
「何なのか知らなければ無理かどうかは判らないです」
無理ではないことかもしれない。無理で断ることになったらそれはそれで心苦しいけれど、もしかして無理でなかったかもしれないと考えるのも心苦しい。
「それもそうだな。耳を貸せ、
スッと姿勢を下げた彼の顔が私に近付く。
「キスをしてくれ」
「えっ?」
彼の言葉に私は驚いて彼を見た。その時には彼は姿勢を戻していたし、仮面をしているので表情はよくわからない。
冗談だろうとは思うものの、願い事として言う限りは本気なのかもしれない。どちらなのかが判らずに私は返答に困ったが何かを言わなければならない。
冗談であれば、肯定しても否定してもからかわれる。本気であれば、肯定したらしなければならないし、否定したら気分を害すと思う。どうしようと悩むばかりで答えは出ない。
ケビンさんは日本語は上手いけれど日本人ではないだろうし、ただ何気なく言っているだけという可能性もある。そう考えると断るのは悪い気がしてきた。
「無理ならいいんだぜ?」
その言葉に私は結論を出す。
「いいですよ」
そして、言った後にすぐ後悔した。
「やっぱり……って、いいのか?」
彼が驚いたように言う。断られると思っていた様子を考えると冗談だったらしい。
「あっ、やっぱり冗談だったんですね」
此処は断っておくべきだったかな?冗談であるのならば実際にはする必要は無いとは思うけど。
「まぁな。だが、お前が頷くとは思っていなかったぜ」
彼の予想外だったという点では肯定して正解だったかも、仮面の下の彼の表情は実際にはわからないけれども驚かせたという事実は判ったのだし。
「自分で何かすると言ったのに断るのは変じゃないですか。あっ、別にいつもこういうお願いされたら頷くわけじゃないですからね」
一言断っておく。
「へぇ、じゃあ俺は特別てわけか?」
明るいその声は私をからかう事が楽しいと思っているのかもしれない。
「そうですよ。だって、助けてくれたじゃないですか」
私はそう言って頷くとプイッと横を向く。
「…………」
その後に落ちた沈黙が気になって彼へと視線を戻す。気分を害してしまったのだろうか?
「別にケビンさんが嫌いというわけではないですよ?」
私は彼の気分が直りますようにっと願いながら言う。彼を怒らせたいわけではない。
「そんなことで別に怒っているわけじゃない」
そう言いながらもさっきよりも声の調子は低い。絶対に気分を害してると思う。
「あの、気分を害したのならごめんなさい」
私は頭を下げて謝罪する。
「気分を害してるわけじゃない」
そうは言われても信じられない。でも、そういう事を言ったら余計にへそを曲げそう。人の事を子ども扱いしてたのに、彼の方がよほど子どもっぽい。
「どうしても謝罪したいっていうのならさっきのお願いを叶えてくれよ」
本気なのか冗談なのか。またも私は頭を悩ますことになった。

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