2.トキメキ


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通っている塾が終る頃には辺りは暗くなってしまい。少しでも明るいところを通ろうと繁華街を通ると酔っ払いに絡まれたりと大変な思いとかして困りモノだけれど他の道は街灯が弱く、暗くて怖い。
薄暗いその場所から何かが出てきそうと想像してしまうと通れなくなり、繁華街を通ることにしている。急ぎ足に歩いていけば大丈夫だから、そう大抵は。
「……いないっか」
大丈夫でなかったあの日、数人の男性に絡まれたのを助けてくれた人。その人を探して塾の無い日も私はあの人と出会った場所で彼を探す。
彼が行きそうな他の場所も知らないし、彼と連絡を取る方法も知らない。
「私の馬鹿、連絡先ぐらい聞いておこうって考えは無かったのかしら」
男性に絡まれて頭の中はパニックでそれどころではなかったのだけど。どうやって彼等から逃れようかと、頭の中に色々とグルグルと考えが渦巻いていて、考えが纏まらないと困っていたところに現れた救世主。マスクを被ったその姿と威風堂々とした態度からして、人の目を惹くはずの人でそんな人が通れば自分にも判るはずだと考えてこの場所に1時間半ほど。絡まれたあの日から塾の無い日は3時間くらい此処でぼんやりとしている。時々、サラリーマン風の男性が近づいてくるので電話があったふりをして携帯電話を取り出したりして誤魔化したりするのは心優しい友人凛子ちゃんの知恵のお陰。正確な時間を知ろうとして腕時計を覗こうと視線を動かした時、視界の隅に映った気がした。
「……あっ!」
確認しようと其方を向けば此方へと近づいてきている彼の姿、どんどんと大きくなるその姿に私は助けられた時に記憶している彼の身長はその通りで私が救世主とか思ってた為に誇大されたわけでもないらしく、並ぶと身長50センチメートル以上の差があった。目の前に来てくれた彼の顔を確認するには真上を見るのと同じぐらいに首を上げないと無理なぐらい。
「此処で何をしてる」
記憶にあるのと同じ声。
「貴方を探していたんです」
私は素直にそう述べる。
「……」
沈黙。
「……紅茶でいいか?」
その後に彼が口を開いて言ったのは飲み物のこと、そういえば困ったことは何もないから茶飲み相手にでもっと彼は言っていたような。
「はい、紅茶でも日本茶でも烏龍茶でもチャイでも……ええと、とにかく何でも付き合います」
グッと拳を握って頷く。
「何でもってな」
呆れた様なため息が頭上から聞こえてくる。どうしよう。何だか変なことを言ったのかも。
「そう無防備だからこの間みたいになるんだ」
「うっ……はい」
凛子ちゃんにも無防備すぎると言われたことがあったけど、やっぱり私って無防備なのかも殆ど初対面のこの人に言われるぐらいだもの。ちょっと、情けなくて涙出てきそうだわ。
「まぁ、いい……着いて来い」
マスクをした彼の表情は見えないけれど、彼なりに私の無防備さは別に良いと判断したらしくそう言うと先立って歩き始めた。人波が彼が歩くと割れていく、その後ろを歩くのは楽だった。とはいえ、キャンパスの違いはどうにもならずに彼が1歩歩くと2歩私が歩かないと追い付かないので下を向いて彼について行くことだけに集中をしていると、前触れも無くピタリッと彼の足が止まった。
「わっ」
その停止に自分は止まれずに彼の背中に額をぶつけ、無意識に額を触るために手を伸ばして額をさする。
「この方が早い」
「えっ?えぇぇぇぇっ!」
ひょいっと軽く持ち上げられてしまう。所謂、お姫様抱っこという姿に慌てて降りようともがく。
、大人しくしないとスカートの中が見えるんじゃないか?」
が、彼の一言でピシッと動きを止めざる終えない。名前を初めて彼に呼ばれたことの為でもあるし、彼の言葉の内容の為でもある。
「おろして下さい」
「目的の場所についたらな」
頼んでみるけれど、彼は自分が連れて行くと決めたところまでは抱いたまま連れて行く気らしい。私が暴れても余裕で対処した様子からして落とされることもないと思うけれど、やはりスカートが気になる。短くも無いけど規定どおりだから長いわけでもなく、気になって身体の位置を少し変えていると笑われた気がして彼を見る。先程よりも近くにあるマスク、目だけが私から見える彼の表情。
「お名前、何て言うんですか?」
そういえば彼の名前を聞いていない。
「……知らないのか?」
意外そうに聞こるその声、もしかして凄く有名人?
「ごめんなさい」
慌てて謝る。有名人な人ってやっぱり名前知られてないと嫌がるよねぇ。
「ケビンだ」
ケビン?そういえば逃げた男性の1人がそう言ってた気がする。ヤッパリ、相当な有名人みたい。
「ケビンさんですね。ちゃんと覚えておきます」
私の恩人だし、これだけ特徴のある人だから名前覚えられないってことはないわよね。ケビン、ケビン、ケビンっと10回ぐらい唱えれば記憶するかしら。
「全く、お前は表情を読みやすいな」
少し笑われて、褒められたわけではないというのに私の胸はとくんっと鳴った。カーッと一気に頬が赤くなっていくのが自分でも判り、俯く。
「今更、表情を隠しても遅いぞ」
「遅くないです。これからは判らないじゃないですか」
ケビンの言葉に私はボソボソと告げる。
「俺に抱えられている時点で遅い」
「きゃあっ!」
グイッと身体が上がり、視界が上がる。
掴まるところを探して私の手はケビンの肩へ。
「これで顔が見れる」
満足そうな声、ケビンが言った通りに身体を上げられたことでケビンと顔が近くなり、確かに俯いてもあまり意味が無い。
真っ直ぐに向けられる視線を見る事が出来ずに私は視線をさ迷わせる。心臓が、とくんっ、とくんっと大きく早く鳴っている。
「っと、目立ちすぎたか?」
ケビンの言葉に視線を周りへと向ければ此方を見ている人、ヒト、ひと。別の意味で心臓が早くなった。
、恥かしいなら俺の胸に顔を寄せていろ。そうしたらお前の顔は見えない」
「うん」
降ろしてくれればいいんじゃないかと思いつつも、私はケビンの言葉に従う。逞しい胸の感触が抱き上げられているだけでも判ったというのにこんな風に胸に顔を寄せているとよく判る。規則正しい心臓の音が私の耳に聞こえてくる。ケビンの心臓の音を聞きながら、私は目を瞑った。

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