1.はじまりの

守りたい。
そう思ったのは嘘じゃない。


←Back / Top / Next→


「あの、本当に困りますっ!」
少女の透き通る様な高い声が困惑の色を帯びて響いてくる。そちらを見れば不運なことに数名の男共に絡まれている制服姿の1人の少女。
しっかりと鞄を抱きしめて、キッと彼らを睨みつけるその瞳は恐怖の為か濡れている。そんな瞳をして男を見たら止めるどころか煽るようなものだろうと傍観者であり男である自分は解ること。
「いいじゃん、少しぐらい付き合ってくれって言ってるだけだろ」
案の定、男達はその様子に興奮を隠し切れなくなっている。
「私は付き合うつもりは少しも無いんです」
怖いだろうに少女は相手の目を真正面から見て見て言った。だから、だ。
「俺達が付き合えって言ってるんだよっ!」
キレて彼女に拳を振るおうとした男の手を止めたのは。
「それぐらいにしたらどうだ?振られてしぶとく付き纏う男は醜い」
「うっ、あっ!!」
男の手を軽く振って放すだけで男は数メートル飛んだ。
「……ケ、ケビンマスク…?」
男達が自分の名を知っているようで、男達が逃げ出していく。その様は逃げ足の速い万太郎ですらも驚くかもしれないほどに早い。
「ふんっ」
軽く両手を打ち合わせて、埃を払う仕草をする。然程に汚れたわけでもないが触りたくも無い男の腕を触ったのだ。
「……あの」
「っ!」
ちょっこん、といつの間にか少女が俺の脇に立っていた。
ヘタな超人よりも強い自分に気取られずに近寄れるわけが無いはずだというのに。
「ありがとうございます。助けて…下さったんですよね?」
何だ。その疑問系は……。
「別に」
俺は視線を逸らすと、此処から離れる為に一歩踏み出す。普段であれば『ケビンマスク、待って〜』等と耳に痛い黄色い声が聞こえてくるはずだといのに今回は聞こえてはこなかった。
数歩、歩いた後に少女を見る為に振り返ると戸惑ったような表情を浮かべ此方を見ている。
「この場所を離れた方がいいんじゃないか?奴等が戻ってくる可能性もある」
その可能性は低いとは思うものの、このような少女が夜になろうとしている繁華街に居て良いはずが無い。
馬鹿でなければ俺のこの言葉で此処を離れるはずだ。今度こそ、この場所を離れようと背を向けると少女の声が響く。
「あっ、待ってください」
「何だ?」
普段の自分であれば無視しただろう呼び声に自分でも驚くほどに早く答えていた。呼び止められるのを待っていたとでも?馬鹿らしい。
「私はといいます。今日は門限の時間が迫って無理ですけど今度、お会いした時に必ずお礼をさせて頂きます」
そう言って頭を下げる少女は可愛らしい。可愛らしい?特別な人の目を惹く美貌の持ち主というわけではない。だが、確かに自分は目の前の少女の事を可愛らしいと感じた。
「あの?」
無言で黙っていると心配したように少女が自分を見上げている。
「……勝手にしたことだ。礼など必要ない」
俺はその視線を受け止める事が出来ずに視線を逸らす。どんな強敵を前にしても目を逸らさなかった自分が、ただ1人の少女の視線を受け止められないでいる。
「それでは、私が納得できません」
その小さな外見とは反対に一筋縄ではいかないらしい強固な意志がある声。
「じゃあ、もしも次に会った時は茶にでも付き合え」
また会う事など無い、はずだ。
「お茶、ですか?」
「特に困ったこともないからな。茶飲み相手ぐらいしかしてもらうことはない」
言外に礼など必要ないと告げているつもりだった。
「えっと……はい、解りました」
なのに、相手はにっこりと微笑むと頷いている。また出会うことなど無い、はずだ。俺はもう一度、自分に言い聞かせるように心の中で思う。
「じゃあな」
「また、お会いしましょう」
少女の清んだ声、まるでその言葉が予言の様に聞こえるのは俺の気のせいだろう。
もう一度、出会うことになるのではと思わされてしまう。この俺としたことが……。


逸らさない瞳。
どれほど恐怖に駆られ様とも……。
逸らさない瞳。
それは戦う者の瞳。
小柄な少女の瞳に、戦う者の瞳を見た気がした。
だから、だ。
俺が少女に絡むチンピラを追い払ったりしたのは……決して、心惹かれたわけじゃない。

←Back / Top / Next→