血迷軍3


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呆然としている間に彼等のお宅、つまりはテリトリーに踏み入れてしまっていた。我に返ったところで後の祭りなわけですよ。
大きなソファーの中央に腰掛けていて、隣には迷彩男と腕がたくさんある男の人……もちろん、そんな動く複数の腕は種も仕掛けもあるに決まってる。わきわき動いてるけど、彼の自前のわけがない。向かいのソファーにいる軍服男と、かなり犯罪的な角あり半裸男とかとも今後は関わる予定は無いのだから私の安全は保証されてしかるべきだと思う。警戒怠らずにいれば、まだ遅くないはず。周りの様子を伺っていた私の目の前に僅かな音すらせずにテーブルに湯のみが置かれた。
その中身である緑色の液体は見たところは普通のお茶に見える。
「粗茶でござるが」
素敵な笑顔で出してくれたのは忍者コスプレ男。その名も『ニンジャ』。いやいや、それは名前でなくてあだ名とかそういうことよね。でも、忍者服の上に割烹着姿っていかがなものかしらね?似合ってないかといわれると似合っているのが不思議なところではあるんだけど普通は着ないと思う。
「……緑茶は苦手でござるか?」
「えっ、いえ、苦手じゃないでございますよ」
妙な敬語を口走りながら私は湯のみに手を伸ばした。それを見ているのは5対の目、まさに一挙一動を見張られている。
「……」
どうして私は見知らぬ家で、見知らぬ男達に見張られて茶をすすってるんだろう。あれよ。あれ、人間なれない事をしたりしちゃいけないのね。
ありったけの勇気で少年達を逃がしたのはいいけど私が捕まっているんだもの無視したらよかった。自分のピンチにとても薄情な事を今更ながらに思いつつ私はお茶を飲む。
「あっ、美味しい」
こんな時でも美味いお茶は美味しいと感じられるのね。それとも、私の神経が麻痺してたり?何だか場が和んだ気がしたが、私は決して和んでいないので周りの雰囲気が柔らかくなったのだと思う。
「そうか。そうか」
頭を豪快にグリグリっと撫でられた。絶対、髪の毛はクシャクシャになっていると思うんだけど……いや、迷彩男が手加減してくれているのはわかっている。本気の力でグリグリされたら私の首はあり得ない方向に3回ぐらいは余裕で回っているような気もするんだから。
「人心地ついたところでコレにサインしてくれ」
スッとテーブルに出されたのは……。
「隊長っ!」
「あんたは何を考えてるんだっ!」
私よりも先に反応したのは軍服男と角男、ちなみに腕にょきにょきさんはお茶にむせていたし忍者服はそんな彼にてぬぐいを差し出して。
「そのような冗談はよした方がいいでござる」
やんわりとした口調で迷彩服男を止めていたが、私は此処に来たことを半強制的だとはいえどもとても後悔していた。
「いいじゃないか。名前の一つや二つぐらい……なぁ、?」
「自分の結婚相手ぐらい自分で見つけますっ!」
しれっと言い切った相手に私は思わず怒鳴りつける。目の前に差し出されたのは婚姻届。
「あれ、でもこれは夫の方にも無記入じゃないか」
いつの間にか回復したらしい腕にょき。
「本当か?アシュラマン、本当じゃないかっ!じゃあ俺の名前書いてやるから次はお前な」
笑顔で明らかに私に向かっていってますが『うん』と答える気は無いってか、元々書く気もないんですけど。
「バッファローマン、止めろよあんたまで……」
呆れたように軍服男……っと、考えるのが面倒なので一応は彼等が言っている名前かどうかも怪しい呼び名を整理しとこう。
迷彩服男ことソルジャーまたは隊長。忍者服男ことニンジャ、軍服男ことブロッケンJrに腕にょきことアシュラマン、最後はツノなバッファローマン。最後にマンっと付く二人は何処かのヒーローとかのノリ?まぁ、あれだけの筋力があればかなり強そうだし……。
「ふんっ、そういうブロッケンJrこそ自分が名前を書きたいんじゃないのか?」
「なっ、何だとっ!」
「2人共、何を言っているんだっ!相応しいのは…」
ゴスッ、バキッ、ドカッと綺麗な音が3回響いたと思えばバッファローマン、ブロッケンJr、アシュラマンがソファーに持たれていた。どう見ても気持ちよく寝ていると言うよりも、たった今気絶させられましたとしか見えない。
「迷惑をかけてすまなかったね」
はっははは、と笑っている隊長がやったらしい。
「さぁ、気を取り直して…」
カッカカカッ、隊長が婚姻届を改めて私の前に置こうとしたが動かす前に婚姻届は忍者がよく投げる……くないとかいうのによってテーブルに打ち付けられた。なのに、それを気にもせずに隊長は懐へと手を伸ばし。
「こういうこともあろうかと」
「ソルジャー殿、それ以上の戯れはよして頂こう」
その手を出す前に隊長の腕をニンジャが掴んだ。非常識な連中でしかないけれど、一応の良心は持っている人もいるみたいね。彼等の動きは時として見えないのが不安要素だけど。
「ぐむぅ」
謎な擬音を発した後に隊長は何も持っていない手を懐から引き抜いた。
「あっ、拙者としたことがお茶菓子を出すのを忘れていたでござる」
それを満足そうに見てから彼は姿を消し、その次の瞬間には私の前のテーブルにまんじゅうが置かれていた。
一体、どうやって移動して持ってきたのだろう?どう考えても人間の限界を余裕で突破してるんですけど……。
殿、まんじゅうは…」
「苦手じゃないです」
失礼なことではあるけど、私は彼の言葉を遮ってまんじゅうに手を伸ばした。程好い甘みがナカナカのお味なまんじゅうは緑茶ととてもよく合っていた。
あぁ、でも……どうして飲み込むのにこんなに苦労するんだろう。はやく食べて、お茶を飲み干して帰りたいのに。
、そんなに慌てて食うこともないぞ。誰も取ったりはせん」
隊長、別に私は誰かに取られるから急いで食べてるわけじゃないです。そんなに食い意地はってませんし、少しでもはやく自由になりたいだけです。
そう言えればいいのに言えない臆病な私。でも、言ったところで彼がきちんと理解してくれるのは期待できない気がする。


結局、お茶を3杯におまんじゅう2つを平らげた後に私は帰れた。
「また来るんだぞ」
そんな言葉の後にハートマークでも付けそうな勢いの隊長の見送りの言葉を買い物のついでに家まで送ってくれるニンジャという彼と共に聞いた。
この人はよくあの変な人と付き合えるものだと思ったけれど、よく考えなくても忍者服を外で堂々と着れるこの人もかなり変な人だと家の前で気付いた。道理で道行く人々の視線が痛かったわけよね。
「ありがとうございました」
送ってくれたことに礼を言えば、彼は照れたように笑って。
「ついででごさるからな。では」
答えた彼の姿は一瞬の後に消えた。
「……せっかちな人だよね」
その一言だけではすまされない移動だとは思うけど、私は無理矢理にそう片付けて懐かしの我が家に帰還し、彼等の家に居た3時間という時が何ヶ月にも感じていたらしい自分を哀れんだ。

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