羊草05


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凍えた身体を温めるのは今まで感じたことのない熱。触れれば身体が燃え尽きてしまいそうな熱から私を守るのは……
「目が覚めたかい」
開いた目に映ったのは仮面をつけた女性、見たことがない人であるが彼女は聖闘士であるのだろう。
そんな彼女に抱えられるようにして私は凄まじいほどの熱の中にいるらしい。
「うっ……あなたは?」
「アタシは鷲座の魔鈴、海将軍から受けた技によって凍ってたあんたをこのカノン島で解かしていたのさ。流石に聖闘士であっても火山の中に小宇宙もなしに入れば死んじまうからね」
その説明に彼女はアイザックの技によって死にかけていた私をここで助けてくれたらしい。
鷲座は私と同じ白銀聖闘士だったはず、接点がないはずだけれど今の私は仮面を身につけていないことから女性である彼女が面倒を見てくれたのだろう。
「ありがとうございます」
「目が覚めたのならあんたに渡す物がある。ここを出るよ」
そう言った彼女に抱えられたまま移動するのが恥ずかしいが降ろしててくれるように頼むのも急いている印象のある彼女に悪い気がして大人しく運ばれる。
聖域で見たことのあるような小屋に入ると簡易ベットに降ろされ、魔鈴さんは部屋に置いてあった杯座のパンドラボックスを私の前に置き。
「あんたの聖衣だ。冥界との聖戦が近い今、なるべく身にまとっておきな」
「でも、杯座の聖衣は……」
アイザックからの攻撃でヒビが入り、凍り付いてしまった。
聖衣が無事に存在しているとは思えず、無残な姿を見たくなくてボックスを開けることをためらう。
「はぁ……、あんたの師匠は誰なんだい?唯一の修復士が弟子の聖衣をそのまんまにしとくと思うのかい?」
呆れたようにため息をついた魔鈴の言葉にムウ様のところには聖衣を修復するために時々聖闘士が訪れていたことを思い出す。
「ムウ様が」
パンドラボックスを開く、そこには以前とは全く違う輝きを放つ聖衣。
「アルデバランに感謝しなよ」
「アルデバラン?」
思ってもいなかった名に視線を彼女へと向けるが仮面をつけているため表情はわからない。
人と会話している時にその表情からの情報がないだけで、かなりの違和感を感じる。きっと私も会話相手にそのような感覚を与えているんだろう。
「その杯座の聖衣に命を再び吹き込んだのは彼の血だ。あんたのもう一人の師であるカミュは氷河のために血を提供してたからね。その代わりとして名乗りでたんだ」
聖衣の修復に私が関わったことはないが聞いたこともないような名の鉱物などだけでなく、修復には人の血も必要とするとは知らなかった。
その提供者としてアルデバランが何故名乗り出たのかはわからない。病院で会った時に彼の制止を無視したのが最後だったのに。
「どうして彼が……」
「理由はアタシは知らないね。ただ黄金聖闘士の血で蘇ったその聖衣は限り無く黄金聖衣に近くなっているらしいよ」
この輝きの違いはそれでなのだろう。手を伸ばし触れれば私の小宇宙と共鳴する聖衣は今までは比べ物にならないほどだと実感した。
「アタシはちょっとヤボ用があるからね。先に島を出るがまだもう少しアンタはカノン島で身体を休めてな。動けるようになったら聖域に戻ればいい」
身体を動かせるほどになったとはいえ気を緩めればすぐにこの身体はまた動きを止めてしまいそうだ。
私の身体を元のように動けるようにするためには大地の脈動が強く感じられるあの場所に居たほうがいいのだろう。
そのためには小宇宙で身を守る必要があり、聖衣を身にまとえばそれはたやすくなるはずだ。
「わかりました。一つだけお聞きしたいのですが氷河達のことを知っていますか?」
「ポセイドン神殿に行った青銅達ならあんたより先に目覚めてるよ」
「そうですか」
氷河だけでなくポセイドンのところにアテナを助けに行った人達は無事らしい。白銀聖闘士である私が一番最後に目覚めたとは情けないことだ。
病院での時も私が目覚めた時には氷河達はアテナを助けに向かっていたということは目覚めたのが私が最後だったということだろう。
「じゃあ、アタシは行くよ」
「はい。ありがとうございました」
頭を下げて見送れば彼女の気配は瞬く間に遠ざかっていく。
私の面倒を見ていたせいで彼女のヤボ用というのに支障がなければいいけれど私は杯座の聖衣を身にまとえば今まで以上に増幅される小宇宙。
十二宮で私はただがむしゃらに大切な人達を癒したけれど自己犠牲をともなうそれは私だけでなくあの子達までも巻き込んでしまった。
大切な家族を想い見守り続けた女の子、大切な者を守るための力を求めた男の子。二人の姉弟を繋いでいたのはいつの間にか紛れ込んでいた私で、その私の行動が知らなかったとはいえ犠牲を生み、私達は足りない部分を補って歪であったとしても一人の人となった。
この世界に数年過ごしていようと地に足がついていなかった私はやっとこの世界の住人だと感じるようになったのだろう。そして、アイザックとの闘いに私は覚悟を決めた。聖闘士として生きる覚悟を。
「私は杯座の
この聖衣を手に入れた頃と全く違うのは私も聖衣も同じ、それなら生まれ変わったつもりで生きていこう。



カノン島で身体を癒し、聖域に戻ると聖戦に気配に聖域では緊急体制をとっていた。
何時攻められてもいいように聖闘士は交代制で見回りをすることになっていて、サガの乱により聖闘士の多くが亡くなっているために白銀聖闘士は単独の見回りだった。
あまり聖域に馴れてはいない私は効率の良い見回り方がわからないので、地理を覚えるためにも気がおもむくままに歩いていたら妙な気配に足を止めることになった。
聖闘士の慰霊地が近いこの場所は他に目ぼしいものがあるわけではない人気のない場所だ。
「一体何が?」
胸騒ぎに何もないはずと思いながら慰霊地へと急げば十数人の人影に立ち止まる。
彼らは聖衣を身にまとっているように見えるが、見たことのない人間ばかりだった。
「何者ですか?」
聖域に戻って数日とはいえ私が知らないこれだけの聖闘士がいるはずがなく、彼らは聖域の人間ではないということだ。
「異変を感じて参ったか」
その中の一人が私の言葉に答えたので視線を向ければ見覚えのある聖衣を身にまとった見知らぬ人。
「それは牡羊座の聖衣?いえ、違う。その輝きは黄金のものじゃない」
その顔を見るとムウ様と同じ麻呂眉が特徴的な男性だ。彼を一度見たら忘れないだろう。
「杯座の、この方はお前如きが声をかけていい存在じゃないぞ」
「まさかデスマスク?」
視線を向ければ死んだと聞かされた蟹座の黄金聖闘士デスマスク、最初は私のところに使者としてきた彼と同一人物だと思っていなかったが偽の教皇をしていたサガをそれと知っていて協力していたらしいということで私も監視対象とされていたのだと気がついた。
見た目怖い人だけど気のいいお兄さんから、やっぱり怖い人だったとわかった彼が生きているらしいということに、この場所と彼以外の聖衣のようなものを身にまとっている事実に嫌な考えが浮ぶ。
「死者がハーデスの力で蘇ったでも言うのですか?」
「フッ……白銀如きが気がつくとは頭が回る」
ゲームやファンタジー小説にでもありそうな展開だけどそもそも生きた人間が死の世界の者と戦おうというのだから予測されるべきことなのかもしれない。
逆に今までにもあったはずだろうに火葬をせずに土葬の聖域に疑問が浮ぶ。肉体が無ければ死者が蘇ることもないかもしれないのに。
「デスマスク、何を悠長に話しておる」
「すぐに済ませますよ。あなた方はお先にどうぞ」
「……行くぞ」
軽い口調で彼らの行動を促がしたデスマスク、牡羊座と関係があるだろう男の合図で周囲へと散っていく彼らを止めることも追うことも出来ない。
「止めないのか?」
「気をそらした瞬間に攻撃を仕掛ける気満々の方がいらっしゃいますからね」
「ハッ!よくわかってるじゃねぇか」
よく言うものだ。彼は解りやすいほどに小宇宙を高めているのに。
「それに私が複数の黄金聖闘士の方々を相手に出来るとは思えません」
「一人なら止められると?」
「少なくともこうして会話には付き合っていただいています」
黄金聖闘士であった彼が会話をする気が無ければ闘って決着はもうついているはずだ。
「小賢しい奴は嫌いじゃないが俺も忙しいからな。一撃で終らせてやるよ」
笑ったその顔が妙に印象深く感じる。以前見た彼の笑顔とよく似ているのに何かが違う。
「黄金聖闘士が白銀聖闘士如きに本気になってくれるのですか」
「俺の必殺技を受けられるんだ喜びにむせび泣けよっ!積尸気冥界波」
「くっ!」
高められた小宇宙によって繰り出された技は範囲が広いようなので威力を抑えようと水で防御しようとしたが、その考えが間違っていたことに気付く、彼の攻撃は無理してでも避けなければならない攻撃だった。
開いた空間に引き寄せられるように身体が沈み、視界は一瞬にして変化した。先ほどまで目の前にいたはずのデスマスクの気配すらない。
「ここは?」
どこかに身体ごと転移させられたのだと周囲を確認すれば異様なところに飛ばされたのだと気付かされる。
この異様な空間で近くにある気配を頼りに近づけばデスマスク達と同じような色合いの聖衣のようなものを見につけた男がいた。
「冥界になぜ聖闘士がいるっ!」
目が合えば叫ばれ身構えられる。
「……何故いるかはわからないけど、敵の本拠地に乗り込んですることはただ一つ」
その身構えた相手に対して彼が動くより速く水の刃を走らせ。
「敵を討つだけ」
悲鳴すらあげられないままに首と胴体が離れた男の骸をそのままにして歩き出す。
この場に五体満足で居るのはデスマスクが送ったからだろう。生きたまま冥界に居ることなど普通なら出来ないのだから。
彼がどうしてそのような真似をしたのかは彼自身にしかわからないだろうけれどもしかしたら彼らはアテナを裏切っていないのかもしれない。
黄金聖闘士であったデスマスクがあの方と呼んだリーダー格と思われる男、ムウ様と似たような眉をした彼は……
「答えは生きて地上に戻れれば知ることもできるかな」
戻れる可能性なんて千分の一にもないのかもしれないけど、どうせなら一人でも多くの敵を倒せればいい。
聖域に居るだろう聖闘士達の負担が少しでも軽くなるのなら地上は守られる可能性は上がる。





デスマスク視点

「あの白銀聖闘士を何処に飛ばした?」
「俺の技で冥界に飛ばしたから死ぬだろうさ」
俺が裏切るかどうかを隠れて見ていたのだろう冥闘士に答えれば疑わしそうにこちらを見ている。
嘘をついてはいないので堂々と見返せば舌打ちをした冥闘士はこれ以上追求しないようだ。
「俺は後を追わせてもらう」
俺の役割は十二宮で派手に暴れることなんだからな。これ以上出遅れるわけにはいくまい。
積尸気冥界波を受けて冥界に飛ばしたあいつがこの先も生き残れるかどうかはあいつ自身の問題だ。
男から女になった妙な奴だが、日本で会った時とは別人のような雰囲気を漂わせていた。
サガの起した乱まで大人しくしていたはずだから、この聖戦が起きるまでの僅かな間で変わったのだろう。
「若い奴っていうのは成長が速いな」
話しに聞く限りでは生意気な青銅達もまた似たようなものらしい。
純粋な実力で言えば今でも俺のほうが強いと思うが、意志の力というものはそれを凌駕させる。
強さが正義である考えは今でも変わらないが、地上の平和を守りたいという意志は俺だって持っている。
地上を守るそのために道化を演じる必要があるというのなら演じきってやろう。
「さぁて、お待たせしましたよ」
先に向かった彼らに追いつき声をかける。
「デスマスク」
「あの聖闘士なら冥界に送ったぜ」
サガの視線に笑う。
「普通の聖闘士ならお陀仏だ」
黄金聖闘士二人に鍛えられた聖闘士が普通と言えはしないだろうがな。
超能力に優れたと報告されていた杯座のであれば生きて戻ってくることも可能だろう。
冥界に生きて送られた彼女がただ戻ってくるかどうかは知らないが……
「十二宮が見えた。無駄口は寄せ」
「はいはい」
アフロディーテの言葉に軽い口調で頷く。
そう今から俺達はかつて守っていた場所を攻めるのだ。他所事に気をとられている暇は無い。







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