羊草03
ムウ視点
黄金聖闘士のカミュから預かり弟子としたは才能ある者だった。
その事情は弟子とする時に知った。姉のために聖闘士となり、奇妙にも性別が変わってしまった聖闘士候補生。
女となったためかサイコキネシスの才が強くなったのだと言われていたは超能力全般に素晴らしい才能を持っていた。
特に感応能力を持ち、小宇宙を感じるのは黄金聖闘士に勝るとも劣らず、個別に向けられたテレパシーすら近くに居れば聞こえるようほどだった。
次いでヒーリングに優れており、彼女の才は戦いに向かない性格だとカミュが言っていたように戦いに向かない方向へと伸びていた。
もちろん、その二つを極めれば力の作用を逆の方向へと向けるだけで恐ろしい力となる。
感応能力は他者に対して死を植え付ければ、自らが死んだと思わせて実際に心臓を止め。
ヒーリングもまた小宇宙の流れを乱し、他者の肉体をズタズタにすることすら可能なのだ。
そして、それが可能なほどに己の才を高めながらも彼女のその性質はどこまでも闘う者ではなく護る者であった。
偽の教皇に騙されているカミュの弟子であったということから、師であるというのに打ち解けぬ私に何も言わず従い。
何も知らぬがゆえに姉のように慕う貴鬼を護り、時に訪れる聖闘士に聖衣の墓場を渡るための助言をしその命を救った。
聖闘士となるには優しすぎるその性質に私自身はを聖闘士とする気は無かった。それゆえにシオンに教えられたように修行をつけてあげることすらしなかった。
なのにはただ一人で鍛練を続け、時にその小宇宙が尽きるのではないかと思うほど身体を酷使した。それゆえに間違った鍛練法だと思うときのみ助言を与えた。
それだけでも伸びていく才は惜しいものではあったが、それでも私は聖闘士の試練を与える気は起きなかった。
もう一人の師であるカミュは聖闘士とすることを望もうとも……けれど、聖域からの指示に役目のないを庇うことは難しく聖闘士になるための試練へと送り出さねばならず、その無力感から私から何も伝えないまま試練にを旅立たせてしまった。
例え試練に失敗したとしても生きて戻ってくることを私は望んでいるのだと言ってやればよかったと思いもしたが、は無事に聖闘士の試練を乗り越えて白銀聖闘士となってしまった。
が聖域の使者とされるのではないかとも思ったが、そのようなこともなくは姉のいる日本で生活するようになった。
私から何か連絡をすれば偽の教皇に気付かれ、心望まぬ結果になるかもしれないと連絡をすることなく過ごした。
からの連絡が無かったのも聖域からの使者を送り返していた私に何か気付いているのかもしれないと思いもした。
それを確かめる術はなく、ただ師らしい師ではない私を、それでも師と思っているのならと何も説明もせずにテレパシーを一度だけ送ったのだ。
(、聖域に行きなさい。そこで貴方はアテナの聖闘士としてなすべきことをするのです)
アテナの聖闘士となれと私はに言ったことは無い。だというのに聖域の危機に真のアテナの聖闘士であれば駆けつけるべきだと思うのは都合がよすぎるというものだった。
迷っていたのかテレパシーの後にしばらく日本に留まっていた小宇宙は聖域へと向かい、聖域についた後は傷ついたアテナの元に留まった。
彼女がアテナであると知らないはずであるのに、聖闘士の中で随一の癒し手となりえるというコップ座の聖闘士は傷ついたアテナを癒したのだ。それはクレーターの聖闘士としての宿命か。
癒し手である彼女はアテナの元に留まっていたが、ニケの杖によって高まったアテナの小宇宙に干渉するのを控えた。その判断は賢明であっただろう。
「ムウ様、達は大丈夫ですよね?」
心配そうに私へと尋ねる貴鬼を不安にさせぬように、己の不安を押し込める。
カミュと氷河、二人を救うために小宇宙を高めたは深い眠りについている。辛うじて死を免れたのはアテナのおかげだ。
アテナを癒していたためにアテナの小宇宙への親和性が高まっていたはアテナからの癒しによって一命を取り留めたのだ。
限界を越えて小宇宙を送り続けたがゆえに己すら保てず、の小宇宙は揺らめき安定しないがゆえに目覚めない。
ヒーリングは劇的な癒しではなく、他者に力を送り込み回復を促がすもの。送り続ければ己自身が弱るのはへと教え込んでいた。
がそれを忘れたはずはないだろう。ならばは限界すら越えて師と弟弟子を救うことを選択したのだ。
「もちろんですよ。貴鬼、聖闘士であるならば彼らは目覚めます。信じて待ちましょう」
「はいっ!ムウ様」
貴鬼の返事を聞いてから星矢達と共にが入院しているだろう病院がある日本がある方向を見る。
、人を救うために貴方はその意志を強くするのでしょう。ならば眠りより貴方は目覚めなければなりません。
人を救うことは命だけでなく、その心すら救ってみせなければならないのです。
貴方が命をかけて救った二人の心のためにも、そして此処で貴方を待つ私達のためにも戻ってきなさい!
カミュ視点
絶対零度によって凍りついたこの身は死んでいたはずだ。死の淵にあった私を留めたのはの小宇宙であり、そこから呼び戻したのはアテナであった。
はアテナを癒し続け、私と氷河の命の危機に己の小宇宙全てを注ぎ込んだという。
アテナはも癒したというのに目覚めず、の姉と同じように意識のないままに眠り、氷河達もまた十二宮での戦いによって傷ついた身体は休息を必要とし昏睡状態だという。
外傷がほとんどなかった私はこのように五体満足だというのに、何も出来ない己に不甲斐なさを感じる。
「弟子達のことを考えているのか。カミュ」
「ミロ」
宝瓶宮まで上がってきたミロのことは気付いていたが何用かと思っていれば私を気にかけてきたのか。
人情に人一倍熱い男だ。この十二宮での闘いでも私と氷河のことを気にしていたようだったしな。
「お前の弟子達ならば必ず目覚めよう」
強い意思を持つ弟子達ならば目覚めるはずだと私も信じているのだ。
「……何故かここ最近、昔のことを思い出すのだ」
「昔?」
ミロにとっては唐突な会話であっただろうに彼は促がすようにような視線をこちらに向ける。
「私の元からは多くの弟子が逃げ残ったのは三人だった」
「そのうちの二人は氷河とだな」
最後の一人がどうなったかなどミロは訊かなかったが私の様子で理解したのだろう。
「皆仲が良くそれを終らせたのは私だ」
「カミュ」
「の才を伸ばすためにムウの元へと送った」
共に聖闘士となるために切磋琢磨していたがいなくなってからの二人は寂しそうだったが、師である私には寂しさなど気にする暇もないほどに鍛練をさせ、の居ない日常に慣れた頃にアイザックが行方不明となった。
「お前の願いどおり聖闘士となったではないか。アテナの聖闘士として闘った氷河、アテナを癒し氷河と私を死の淵から救った。それ以上に望むことなど高望みというものだぞ」
「……そうかもしれぬな」
それでも此処にアイザックが居てくれればと思ってしまうのは望みすぎるというものだ。
私の中に燻る奇妙な焦燥感。私は一体何を感じているというのか。
「腑抜けた顔をするな!お前がこの十二宮の最後の守りなのだぞ!」
肩を拳で叩かれる。睨みつけるかのような鋭い瞳にそれほど私は情けない顔をしていたのか。
何と情けないことか。師としての私ではなくこの聖域の十二宮を護るのは黄金聖闘士である私、水瓶座のカミュだ。
「ふんっ、あのままだったら根性を入れるために殴っていたぞ」
ミロが満足そうに笑う。
「聖闘士の私闘は禁じられている」
「お前が殴り返さねばよいのだ」
「ただ殴られる趣味はない」
軽口を叩いて、そうすることが出来る心の余裕を取り戻したことを知る。
氷河達が目覚めた時に悲愴な顔付きをしていたのでは師として情けないというものだ。
私はここで彼らの目覚めを待てばいい。氷河、二人共がここで終るような者達ではない。