羊草02


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ジャミールでの修行は肉体的なものより精神的なものが多く、そのお陰が小宇宙だけでなく超能力の扱いが上手くなった。
特にヒーリングは大得意というか黄金聖闘士に劣らぬほどとムウ様からのお墨付きまで貰っている。得意なのが戦闘系でないところが私らしい。
貴鬼だけでなくムウ様とも仲良くなったかな?と思った頃に聖域からの使者としてカミュが来て、私に聖闘士となるための試練を与えられたとギリシャ語で書かれた書状を渡してくれた。
それは教皇様直々に書いてくれたもので、ムウ様はそれが気に入らないようだったが私の試練をいつものように拒否しなかった。
ムウ様は聖域からの召喚を散々断わっているくせに弟子に対してのものは断わってくれないんですねっと恨みがましくも思ったが、聖闘士となるための試練に年下の兄弟子が「なら試練突破間違いなしっ!」とキラキラした瞳で見つめてくるものだから敵前逃亡も出来ずに頑張った。
頑張ったというのに聖域でカミュと共に仮面をつけた教皇様と会ってからは、ジャミールに戻ることも叶わず日本で生活することになった。
私の知る日本より過去とは言えど平和な日本で生活できるのは願ってもないことだったけど、貴鬼に会えないまま来てしまったのは悲しいし寂しいものだった。
この身体の姉である私と同性同名の意識不明な少女を世話しつつ日本に暮してちょうど一年が経とうとしていた頃に強いテレパスを受け取った。

(、聖域に行きなさい。そこで貴方はアテナの聖闘士としてなすべきことをするのです)

聖闘士としての試練に行った時も、試練を突破した時も、ジャミールに戻れぬまま日本に来た時も。
テレパスなどなかったというのに一年という日常に浸かりきった頃にテレパスをくれるとは流石はナチュラルドS!
今まで聖域には寄ろうともしなかった彼が聖域に行くように私に指示するということは嫌な予感がしてならない。
部屋を長期離れるために片付けてから、パンドラボックスを背負って一度だけ行った聖域へと直走る。
ムウ様が怖いので文字通り海だろうと走れるところを最短距離で走ったおかげでのんびりと日本に向かった時より短時間で聖域にはたどり着いた。
テレポーテーションしたほうが瞬間移動なんで早いけど移動先が大丈夫かどうかの空間認識力が貴鬼より低いので、なるべく使用したくない。
水の上を走れるとか一般人から遠く離れた存在になった気がするけど心は一般人なのでセーフだ。
聖域の一番近い村、えっとロドリゲスだったけ?何かそのような名前の村が見えたところでパンドラボックスを展開して聖闘士として教皇に会って以来まとったことのない聖衣を装着する。
パンドラボックスをひとまず隠す。そもそもパンドラボックスって名前が不思議なんだけどどういう意味なんだろう。
そんなことをのん気に考えていた私は聖域に張ってあるという結界を越えたところで異変に気付く。
かつて来た時とは丸っきり違う聖域の様子に全身の毛が総毛立つかのような感覚すら覚える。
「なんで?」
今の聖域には覚えのある小宇宙が多く感じられた。カミュ、氷河、ムウ様、貴鬼。それだけでなく他にも強い小宇宙、黄金聖闘士だろうものもある。
「アテナの聖闘士として、なすべきことはなんですか?ムウ様」
場違いな場所に迷い込んだことを理解しつつも強い小宇宙は十二宮に集中している。
行きたくはないが最初の宮を守るのはムウ様なので指示を仰ごうとそちらへと向かう途中で倒れ伏している聖闘士と一人の女性。
倒れている聖闘士からは小宇宙を僅かにも感じられず、それは亡くなっているだろうことを示していた。
何者かがこの聖域に侵入し、聖闘士を殺したというんだろうか?十二宮に続く階段の前となると侵入者達は十二宮に向かったのだろう。私より強いムウ様やカミュがいるのだから大丈夫だ。
もう一人倒れている女性は胸元に矢を射られているが小宇宙が感じられまだ生きているのだから彼女のことを優先しよう。
ムウ様から教わったヒーリングを施そうと彼女の元へと近づくと女性は閉じていた目を開け。
「……なた…は……」
「私はクレーターの
聖域の関係者なら聖闘士として名乗ったほうがいいと思い、そう名乗ったものの自分としては違和感を感じる。
「貴方の怪我を診させていただきます」
いくら女だとはいえ相手からすると初対面の人間に身体を触れられるのは嫌だろうと一言断わってから触れる。
「この矢は……」
小宇宙が込められているらしい矢は徐々にではあるけれど女性の胸へと沈んでいく。
下手に抜こうとすれば逆に矢は女性の心臓へと到達してしまうだろうことを理解してしまった。手出しが出来ず、女性になんと言えばいいかと迷っていると。
「……これは……試練…なのです」
試練?えっ、もしかしてこの女性は聖闘士になるための試練か何かをしている?そうじゃなくて女性を救うというのが試練?
「試練?」
「はい…星矢達が……私のため…に……」
うええ、まさに命がけな試練だ。聖域って試練を与えるのが好きなの?うら若い女性に対して酷過ぎる。さすがは成人前の子どもを地獄に突き落とすが如くの修行をさせる組織。
この矢をもしも抜いたとしたら、きっと彼女とセイヤという人物達の試練は台無しになってしまうんじゃないだろうか。
私は聖闘士なんてなりたくはなかったけれど、兄弟弟子達は聖闘士を目指し辛い修行の日々を過ごしていた。それを他人である私が否定も台無しにもしたくない。
「この矢を私は抜くことは出来ません。ですが、少しでも貴方の痛みが和らぐように力を使わせてください」
「……ありがとう……」
そうささやいた彼女は目を閉じた。黄金の矢が与えるだろう痛みを和らげるために小宇宙を高めながら、女性の小宇宙と自分の小宇宙の波動を同調させる。
ムウ様が言うにはヒーリングとは他者に己の活力を与える行為。与えすぎれば自身の生命活動すら停止しかねないという。
また活力は100パーセントそれを渡すことが出来ず、送り込んだ力の何割かは無駄に消費されるのだという。
その消費を少なくさせるためには、どれだけヒーリングを施す者と小宇宙を同調させられるかなのだという。
ただ同調させすぎると心の距離はなくなり互いに隠し事が出来ず、下手すると精神が混ざり合うとまで言われたのでそこは気をつけて同調している。
考えは読めないものの女性の感情は伝わってくる。試練に挑んでいるのだろうセイヤ達のことを気にかけているみたいだ。
非力ながらも私も応援してるからねっ!だから頑張って!と、心の中で彼女らの応援をしつつヒーリングをし続けていると階段から足音が聞こえた。
!」
同調を切らさないようにしながら視線を上げるとはじめて見る黄金の聖衣に身を包んだムウ様と私を見て嬉しそうな声を上げた貴鬼、二人が下りてきた。
「アテナを護っていたのですね。
傍らに立ったムウ様の言葉の意味が理解できずに反応に困った。
アテナってあれですよね?女神様ですよね?会ったこともないけど聖闘士としては、私が仕えてる現人神。
「何故、アテナが矢を射られているのですか?」
「それは……」
普段と同じ口調で語られる話の内容はぶっ飛んでいた。
13年前にアイオロスという反逆者がアテナである赤子を連れ出したけど、実はアイオロスは反逆者ではなくて……とかね。もう色々とね。ついてけないよ。
この世界でこの身体に憑依してから、我が身可愛さと将来の不安のために修行をしてきましたけどね。それでもついていけない聖域事情に。
「私は私の出来ることをするだけです」
もうね。深く考えたらダメなんだよ。
目の前に傷ついた女性が居て、痛みを和らげる手段が私にあるからそうしてる。それだけでいい。カミュが、氷河が闘うことになるなんてこと考えるな。
ただ無心になって痛みを和らげていると日本人らしい剣道着姿のタツミさんがやってきて、それを追ってきたのか十数人の雑兵達がやってきたらしい。
貴鬼がムウ様に訴えているがムウ様は動かず、タツミさんが果敢にも向かっていっているらしい。

背後で起きている事態に気になりヒーリングを止めようとした私をムウ様が名を呼ぶことで止め。
「ヒーリングを止めてはなりません」
「……はい」
ムウ様の言葉に頷きヒーリングをし続けているとムウ様がテレポーテーションをし、貴鬼もまた戸惑いながらも続いた。
見捨てられたはずではないと心で言い聞かせつつムウ様の小宇宙を近くに感じるので、周囲のことを認識せずにヒーリングに集中する。
それを止めたのは倒れている女性にタツミという男性が黄金の杖を持たせたからだった。急激に高められた小宇宙に同調し続けることが出来ずにヒーリングを中断してしまう。
現れたのはサジタリウスの黄金聖衣、他の11つと共鳴を起し聖域に音が鳴り響く。目の前にある物と同一の11つの何かが何なのかなど聖域の者ならすぐに理解することが出来るだろう。
集中することが無くなったためにタツミという男性の昔語りを耳に入れることになった。
護るはずのアテナを殺そうとした存在が居て、それを護るために正しいことをしたはずのアイオロスという人が同じ黄金聖闘士に殺されたという馬鹿馬鹿しい話だった。
ムウ様から聴いたよりも詳しいその話に苛立つものを感じるのは、今回の戦いが聖闘士としての戦いでなかったから。
何よりカミュと氷河がそんな馬鹿馬鹿しい戦いで敵同士となるなんて許せないことだった。
ああ、きっとこんな考え方はカミュも氷河もムウ様だって理解できないだろう。聖闘士となった者がなんと甘えたことを言うのかと言われことは想像できる。
私は戦いたくないし、傷ついていたい思いだってしたくない。そして、私がここで知り合った人達にも傷ついて欲しくない。
十二宮での幾度もの戦いの気配、高められる小宇宙、消えていく小宇宙。
黄金の矢に苦しむアテナのために氷河やその仲間達は教皇を連れてくるという。
「……カミュ、氷河っ!」
聖闘士として正しいのは待つことだったはずなのに、かつての師と弟弟子の急激な小宇宙の高まりとその後の消えていく小宇宙に私は無意識のうちにテレポーテーションをした。
倒れた二人の手を握ればその手は凍り付き、今にも心臓が止まりそうなほどで。理性があれば私はこの時きっと何も出来なかっただろう。
失われていく生命の輝きを消したくはなくて、また笑っている二人を見たくて。
右手はカミュの手を、左手は氷河の手を握り師弟だからか闘っていたからか似たような波長の二人に同調しヒーリングを行う。
一人ずつでは放っておいた方が必ず死ぬと感じてしまったがゆえに二人同時に、ただ二人を救いたいという願いのために。
「クールになんて……私はなれないよ。カミュ」
師であった青年がよく口にしていた言葉を呟いて、私は小宇宙を高め自らの中にある小宇宙を二人へと送り込み続ける。
「カミュ、氷河。アテナは今も戦い続けている。貴方達が真の聖闘士であるというのなら死なないでっ!」
霞む視界、目を開けてられないほどに眠気にも似た何かによって目蓋が落ちようとする。ダメ、このままだと二人は救えない。

――限界まで高めたはずの小宇宙でも足りないというのならっ!――

自己犠牲なんて馬鹿げてる。でも、大切な人のために出来ることがあるのなら、出来るだけしてあげたくて。
大切な二人の死を前にして後先を考えなかった私はヒーラー失格だった。もはや頭の中にヒーリングについてのムウ様からの注意などなく自分自身を生かそうとする小宇宙すら分け与えてしまったのだから…――



――どうしよう。おねえちゃん。――

困ったような誰かの声が聞こえる。

――このままだと消えちゃうね――

先ほどとは違う声。でも、やっぱり困ったような声で何だかとっても申し訳なく思う。

――ぼくも――
――わたしも――
――そして、お姉ちゃんも――

困ったな。困ったね。ふわふわな意識の中で私達は考えた。
答えが出たのは一瞬なのかたくさん考えた後だったのか。

――みんな、いっしょになろう――

それぞれでは足りない小宇宙を掻き集めて私は……私達は『私』になった。







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