聖大神04


←Back / Top / Next→




サンクチュアリでの一ヶ月前の戦いからセイヤ君達は昏睡状態で生死の境をさまよっている。それを心配していた沙織お嬢様だったけれど突然に世界中に降り始めた雨によって洪水や川の氾濫などによって多くの人々の命が失われて世界は混乱してしまい地上を守る女神である彼女はセイヤ君達だけを心配するわけにもいかなくなり、降り続く雨の原因を探らせていたがその原因はポセイドンであったらしい。
城戸邸にアテナである沙織お嬢様を迎えにきたとポセイドンに仕える海闘士という人達がきたことでわかったことだ。その危機的状況を救ったのは意識不明だったはずのセイヤ君が危機を感じて駆けつけてくれたからだ。
その時の私はというと贅沢にも城戸邸の二階にある与えられたその部屋で過ごしていて、不穏な空気を感じ慌てて向かったもののたどり着いた時には騒ぎが終わっていたという体たらくだった。番犬として役立たずと辰巳さんに言われても否定できないです。
それから再び病院送りとなったセイヤ君とそれに付き添った沙織お嬢様達。犬である私はもちろんお留守番だった。どれだけ心配していようとも、お行儀よく出来ようとも、普通の人にはただの犬にしか見えない私はお留守番なのである。
セイヤ君達が無事に目覚めてくれることを願い城戸邸で大人しく過ごしていた私に届いたのは吉報ではなく、お嬢様がポセイドンの神殿に行かれてしまったと辰巳さんが涙ながらに城戸邸の人に語る様子を目撃したのだ。
地上を守るために自らの意思でポセイドンが居るという海底神殿に敵である海将軍と向かったという話だった。
一人で向かうとか無茶だと思うし、それを追ったのが昏睡状態だったはずのセイヤ君達四人だとか黄金聖闘士はどうしたのかと問いたい。
聖域の様子などわからないので報せを受けて、きっと彼らも海底神殿に向かっていることだろうから大丈夫だとは思うけれど心配する気持ちはなくならず、でも何も出来ないまま与えられた部屋のベットの上から振り続ける雨に濡れる庭園を眺めていた。
ただ待つだけの何も出来ないこの状況に気落ちしていた私は庭園の噴水の様子がおかしいような気がしてベットから降り、締まっている窓に張り付くようにして外を見る。雨が続いているため噴水は止められたはずなのに噴水の水は渦を巻いているようだった。
「わうぅ」(あれは)
人魚の泉という筆調べで渦を書いて飛び込めば別のところへと移動できるはずのものだ。渦巻く水の中心に見える揺らぎは間違いないだろう。そして、あの人魚の泉はきっと私が心配している彼らのところに通じるもののはずだ。
彼らの今までの戦いの様子からして神としてへっぽこな私が向かったところで役に立つとは思えないが、通じる道があるのに見ないふりなどできるはずもない。
窓を開けて二階から飛び降りて駆け出せばすぐさま全身がびしょ濡れになったけれど人魚の泉に飛び込めば同じことなので気にする必要もない。ただ窓を閉めてはきていないので部屋が濡れてしまうだろうと思い私がいないことに気づいてもらうために重い雲に覆われた空へと吠える。
「あおぉぉぉーん」
この世界で遠吠えをしたのははじめてではあるが城戸邸の敷地内で聞こえたとなれば私であると察する人はいるはず。遠吠えで気合い充分な私は人魚の泉へと勢いよく飛び込みその渦に身を任せた。



「わう?わぅー……きゃんっ!」(えっ?何……イタッ!)
着いた先は何故だか空中だったようでかなりの近さを落ちてしまったらしいと理解してすぐに現状を把握するために身を起し辺りを見回せば頭上は空ではなく水、意識せずとも感じられる潮の香りからして目的の海底神殿にたどり着いたみたいだ。
沙織お嬢様やセイヤ君達を捜すために人よりも鋭くなった聴覚や臭覚で周囲を探り覚えのある複数の人の匂いを辿れば耳に届いた彼らの闘いの音だろうものが聞こえ駆ける速度を上げる。
神殿の内部に入り、彼らが居るだろう場所に近づけば近づくほどに奇妙な胸騒ぎが強くなっていき、その理由がこの場所に満ちる気配の主であると理解したのは神殿の出口のところに立つその姿を目にした時だった。
見た目はセイヤ君達とあまり変わらない年の少年に見えるというのに感じられる気配は桁違いで身体が痺れるような錯覚を覚える。
「くぅん」(みんな)
たどり着いたばかりで何が起きているのか正確に把握はしていないけれど地を蹴って飛び上がりボロボロになっているセイヤ君達と見覚えのないが今回の騒ぎの主であろうポセイドンという神であろう青年との間へと勢いよく降り立つ。
「グルウゥゥゥっ!」
唸り声をあげれば向けられる今まで感じたことのないほどの重圧をともなうほどの視線に負けぬよう私は睨み返し、すぐさま動けるように身を低くして構える。
「狼?いや、ただの狼ではないな。その小宇宙は……」
「うおぉんっ!」(私は私だよっ!)
人であった身から神になったことの迷いも何もかも通り過ぎた道だ。
今はただ私は私であり、私が正しいと思ったことを突き通すことだけ。
「シロっ!」
「何故ここに?」
「二人共、今はアテナが先だ」
セイヤ君とシリュウ君の言葉に沙織お嬢様を優先するように告げる氷河君。うん、それは私としても願ったり適ったりです。
「まさかこの人間達を助けにきたというのか?」
「わんっ!」(そうだよ)
「異教の神よ。神であろうものが人に手を貸すか」
その言葉に驚いたのは私の正体を一目見て見破られたことだけでなくアマテラス以外の神に私自身をはじめて神と称されたからかもしれない。
「異教の神?」
「ポセイドンは何を言っている」
セイヤ君達の戸惑ったような声に彼らの意識が私へと向いてしまったことはマイナスだろう。
「だが、それも無駄なこと」
ポセイドンはその言葉と共に三叉の鉾をセイヤ君達へと向けようとしたのをポセイドンの背後をとったイッキ君が止める。
「一輝!!」
突如として現れた彼の名をセイヤ君達が呼ぶ。
「星矢!ポセイドンを封じることのできる唯一のアテナの壷も、あのメインブレドウィナの中にあるのだ!!」
「なにアテナの壷!?」
「そ…そうだ!ポセイドンはオレがおさえている早く!!……うわあああ――――ッ」
苦痛の叫び声にセイヤ君達が彼の名を呼び、私自身も無意識に情けない声が漏れる。
「オ…オレに構うな!は…早くアテナを!!」
耳に届くバチバチと電撃のような音はイッキ君とポセイドンからだ。苦しんでいるのはイッキ君だけの様子からしてポセイドンから攻撃されているみたいだ。
彼を助けたくても筆しらべで彼もまた巻き込んでしまう危険性が高く、ことが起きているこの場にたどり着いたというのに何も出来ない自分自身に歯がゆさを感じる。
「す…すまん一輝!」
「いくぞ星矢!!」
シリュウ君と氷河君がセイヤ君をそれぞれ片方の肩へと担ぎ上げ。
「おう」
それに応えたセイヤ君へ必殺技らしき叫びと共に打ち上げるという無茶苦茶なことが目の前で起きた。
政宗君や幸村君達のむちゃっぷりを見てなかったら、きっと私の思考は止まっていただろう。
「うわああああああ―――ッ」
止まらなかった思考はポセイドンがイッキ君を弾き飛ばした瞬間に反応し、周囲にある海水とポセイドンを筆しらべ水郷で結ぶ。
鉾らしき武器を握って何かをしようとしていたのを邪魔は出来たみたいだけれどセイヤ君を打ち上げた氷河君達の身体が倒れる音が聞こえ、すぐにでも彼らの様子を見に行きたい気持ちを引き締める。
イッキ君達がセイヤ君を信じて託したのだから、彼らは大丈夫。私が今出来るのはセイヤ君の邪魔をポセイドンにさせないことだ。
先ほどの筆調べは海の神であるポセイドンに効くとは思ってはいない、目的は水郷によって彼の気を引くことだったけれどその目的は達成できず。
「これ以上おまえたち人間の汚れた手でメインブレドウィナにふれることは許さん」
彼の標的はあくまでもセイヤ君であったようでその意識が私へと向いていないと気づいたときにはポセイドンの力はセイヤ君へと放たれてしまっていた。
私はセイヤ君が無事か確かめるために動かした視線に映ったのはかなり巨大な塔のような建物の壁をぶち破ってその中に消えていくその姿。
「き…消えた……ペガサスの身体がメインブレドウィナの中へ……」
呆然とした様子で呟いたポセイドンの意識は完全に建物、メインブレドウィナへと向かっているようだった。
見つめていればその建物はセイヤ君が開けた穴を中心にしてヒビが入っていく。
「メ…メインブレドウィナが……」
その建物が崩壊していくのを同じくして私達が立っている神殿にもまたヒビが入り、ドームのようなものに守られていたはずのこの空間に海水が流れ込んでくる様子から、先ほどセイヤ君達が崩壊させた建物はこの空間を保つための重要な場所であったのだろう。
呆然と崩れていく建物を見ていたポセイドンがその表情を険しくした。その理由はメインブレドウィナから沙織お嬢様を抱えて出てきたセイヤ君達の姿を見つけたからだ。私もまた彼らの姿を見つけそちらへと駆け寄った。
「さ、沙織さん……う」
ふらついたセイヤ君は膝をついたが、沙織お嬢様を取り落とさないように地面へと寝かせる。
「くぅん」
今にも倒れてしまいそうなセイヤ君はとても辛いだろうにそれでも瞳の輝きを失ってはいない。
「おまえたちはどこまで愚かなのだ……神が汚れきったこの世界をつくり直そうとしているのだぞ……それを邪魔しおって……おまえたち人間はこのままゆけば地上のみならずやがては大いなる大宇宙さえも汚すことになるのだ」
汚れきったは言いすぎではないだろうか? 元が人であるための考えかもしれないけれど今この時にだって地球のために何か出来ることはないかと考え行動している人はいるはずだ。
きっと神である彼は人を個ではなく、人としての種でしか見ていないのだろう。それゆえに人は世界に必要ない存在だと認識しているのだろう。
「だ…だからといって神の名のもとに罪もない女や子どもたちまで殺されてたまるか」
セイヤ君の言葉に男性はよいのだろうか?と、今考える必要はない疑問が浮んだところに彼の視線が向けられたので考えていたことがわかってしまったのかと少し慌ててしまったけれどそれは考えすぎだったようで。
「いや人間だけじゃない。地上に生きとし生けるものはすべてみな……平等に生きてゆく権利があるはずなんだぞ!!」
セイヤ君の言葉は人という種を否定し、滅ぼそうとする理不尽な神に対する人の思いだ。
「たかが人間ごとき何を言うか……天と地が生まれた時からおまえたち人間に権利などありはしない。すべては神が与えたものなのだぞ。おまえたちが考えることも話すことも見ることも……そして愛する心すらもな……」
けれど人の思いは、願いは神である彼に届かない。
神が人に与えたというのであればそれをまだ神の物だと考えていることを傲慢だと思う私にとって……
「ぐるうぅぅぅぅ」
「ほう、やはり人を庇うか」
目を細め私を睨みつける海神からの威圧は凄まじいものがあり、毛が逆立った。
「……シ…シロ!だめだ」
地上を護りたいと願う彼らに肩入れするのが当然のことだ。セイヤ君と海神の間に立ち身を低くして唸り声を私はあげた。
正直なところ私は目の前の海神に勝つことなど出来ないだろうけれど、セイヤ君達の想いに私は応えたいのだ。
「この者達が仕出かしたことは神への冒涜だ。絶対に許すことなどできん!!」
「うぉんっ!」
気合いを入れるために吠える。
「あくまでも人を庇うというのであればペガサスと共に果てるがいい!!」
高まっていく力を感じて身構えた私へと繰り出された鉾の一撃は受ければ私だけでなく背後にいるセイヤ君達までもただではすまないだろう。
少しでも時間稼ぎが出来ればと繰り出される海神の鉾に筆しらべで一閃。キンッという甲高い音と共に鉾の軌道が跳ねた。
「よくぞ退けた。だが、一撃を退けるのがやっとのようだな」
その言葉の通りに神である彼の鉾を一閃で退けただけで私の中の力の源のようなものが一気に削り取られた感覚があった。
バサラという不可思議な力を使う彼らからの攻撃を退けた時とは明らかに違う感覚は目の前の存在が紛れもなく神であり、神として私よりも高位であることの証なのかもしれない。
「……すまない。オレにはもう防ぐ力さえも残ってはいない……」
後ろから聞こえたセイヤ君の謝罪の言葉を聞きながら再度繰り出された鋒の攻撃をもう一度一閃で退けるために気合い入れているとその攻撃が空中で止まった。
「さ、沙織さん」
セイヤ君の声に振り返れば沙織お嬢様が立ち上がって海神を強い眼差しで見ていたが、すぐにその身を屈めてセイヤ君へとその身を寄せ。
「セ…星矢……ありがとう。わたしを救い出してくれて……いいえ、今だけではありません。あのメインブレドウィナの中で何度もくじけそうになった私をあなたたちの小宇宙がいつも救ってくれたのです……だからわたしは死なずにここまで頑張ってこれたのですよ」
「そ…それはオレたちも同じだよ……いくど沙織さんの小宇宙に励まされたかしれない。沙織さんがずっとメインブレドウィナの中で祈り続けていてくれたから……だからオレたちは何度倒れてもふたたび立ち上がる力と勇気を持つことができたんだ!」
「星矢……」
見つめあう二人の瞳には涙と微笑みがあり、若い二人の間には入ってはいけないような雰囲気を感じてしまう。
とはいえ、私のように空気を読むはずのない海神が黙っているのは何故かと視線を向ければ仲の良い二人を睨みつけていた。
「ポセイドンここまできた以上もはやあなたの完全なる敗北です!さあ、おとなしくもとのところへ戻りなさい」
身を起した沙織お嬢様がポセイドンと対峙する様子を私は大人しく見守ることにした。
「九死に一生を得てさすがのアテナもおかしくなったか。いったい、このわたしにどこへ戻れというのだ」
沙織お嬢様の言葉に呆れたようだった海神の顔色があからさまに変わったのは、彼女が壷をその手に持った時だった。
「ア、アテナの壷!!こ、このわたしが長い間眠りについていたその壷をいったいどこから!?」
「もちろんメインブレドウィナの中からです。奇しくもわたしと共にこの壷もあなたの前に蘇ったのです!」
メインブレドウィナの中に沙織お嬢様を閉じ込めたのは海神で、海神が封印されていた壷もまたそこにあったというわけなんだろうか?
この様子からして彼は知らなかったようだが、彼は墓穴を掘ってしまったらしい。
「これでもうおわかりでしょう。ポセイドン」
「なにい……」
「あなたを制するこの壷がふたたび私の手にあるということはあなたの決定的な敗北を意味するのです!!さあポセイドンこの壷に戻りなさい!!」
手に持った壷を海神へと向ける沙織お嬢様だけれど相手はそれにもちろん納得はせず、手に持つ鉾を彼女へと向け。
「バカな!アテナよ。あなたがそこまでして愚かな人間どもを守りぬこうとするのなら、わたしもあなたを放っておくわけにはいかない!この三叉の鉾で死んでもらう!!わたしには地上を浄化するという大いなる使命があるのだからな」
「神の勝手な解釈で地上に手を出してはなりません。人間は自分たちの住む地上を自らの手で崩壊させるほど愚かではないでしょう。過ちにもいつか気づきそれを正してゆくことができるはずなのです」
私の考え方は彼女と似たようなものだった。ただ少しばかり彼女よりは悲観的ではあるだろう。
正していくだろうけれど正すことができない人間もいるだろうと想像してしまうし、それが人間だとも思う。
今よりも先を見ることが出来る人だけでなく、今がよければそれでいいと考える人もいるというだけ。
「もはや問答は無用!死ねアテナ――ッ」
「星矢!!」
海神が鉾で攻撃するよりも先にセイヤ君が立ち上がり黄金の弓矢を構えた。
「さ…沙織さんの体にその鉾がとどく前にこの矢がおまえを射ぬくぞポセイドン……こ…このオレの命にかえても今度こそ必ず……」
「い、いけません星矢!はじめからアテナとしてこの世に生をうけたわたしと違いジュリアン・ソロは三歳の時にポセイドンの魂がのりうつったもの!!いわばポセイドンはジュリアンの肉体を借りているにすぎないのです。ジュリアン自身には何の罪もないのです。けっして傷つけてはいけません!!」
沙織お嬢様は神の転生体だけど海神は青年を依り代にしていて、青年自身に罪はないということらしい。
「し…しかし、このままでは……」
とはいえ、彼からの攻撃を受ければただではすまないのは確実で大人しく受け入れることは出来ない。
「フッ笑止な!そんな矢がこれ以上私の体を傷つけることなどできるか……ペガサスよ。おまえもアテナと共に串ざしにしてくれるわ!」
こちらのことに注意すら払われないのは神としての実力が私に足りないということか。
「ポセイドン」
「くっ」
「さらばだアテナよ。死ね――ッ」
一閃を投げつけられた鉾へと行ったけれど速度が僅かに遅くなっただけで軌道を変えることすら出来ない。
筆しらべを使ったために二人をかばうことも間に合わなかったが、海神の攻撃は二人に届くことはなかった。
「なにい!?」
「お、おまえは!?カノン!?」
「カノン!」
目の前に急に現れた長髪の金髪青年がその攻撃からその身でもってかばったからだ。
深い傷であることはすぐに砕けた鎧のすき間から流れ出てきた血の量でもって推測できる。
「て、敵のおまえがどうして……」
「こ…この三叉の鉾はもともとオレがひきぬいてしまったもの……いわば神への冒涜をしでかしたオレがうけるのがもっともふさわしい……それに十三年前、スニオン岬の岩牢ではアテナにいく度も命を救っていただいた……」
「カ、カノン……」
「せ…せめてもの恩返し……ア、アテナすべては愚かなるこのカノンの罪……ど…どうか……どうかお許しを…ア…アテナ……」
その言葉を搾り出すよう継げた青年が倒れていく、多少は高かったとはいえ海水がこの場所まで流れてきておりこのままだと彼は海水に浸かってしまうだろう。
倒れる彼の前に滑りこんで彼を背に乗せると彼にいまだ刺さったままの鉾のお陰か落とさずにすんでいる。
たしか刺されたりした時には治療が出来ない状況で刺された物を外すのはダメらしいし、一先ずはこのままでいいだろう。
「ポセイドンあなたの負けです。人間である星矢たちが神であるあなたに対してここまで闘ったのです。あなたも神なら認めるべきです。みずからの負けを……」
「う…や…やめたまえアテナ……」
武器である鉾を失ったためか沙織お嬢様の迫力にかいままでにないほどに焦りの表情を浮かべている海神の姿がそこにあった。
神や人に関係なく戦いにおいて相手にのまれてしまえば戦いの決着はついたようなものだ。
「この時代に目覚めたのはもともとあなたの本意ではなかったはずです……さあもう一度眠りにつきなさいポセイドン……」
壷の蓋がひとりでに外れ、その壷の中から力が溢れ出て、その力は海神を絡め取っていく。
「や…やめろアテナ――ッ、愚かなる人間たちに加担したことを必ず後悔するぞ――――――ッ、そしていずれはアテナ自身がオリンポスの神がみの怒りをうけて罰せられることになるかもしれんのだぞ――ッ、よく覚えておけアテナよ――ッ」
ここまで見事に負け犬の遠吠えというようなものを神にされるとはと呆れるものがあった。
ただ神の言葉には力があり、海神の言葉のようなことがいつか彼女に降りかかるかもしれないと思うと心配はあるけれど何とかなったらしい。
「うっなんだあれは!?ジュリアンの体からオーラがぬけていく――ッ」
セイヤ君の言葉の通りに依り代であった青年から海神であろう存在が抜けていき、沙織お嬢様が持つ壷の中へと吸い込まれていき最後には彼女が蓋を閉めれば角度によって普通に落ちそうなその蓋は落ちない。
神が封印されるような凄い道具なのだから、それぐらいは当然なのかもしれないけれどちょっと気になる壷だ。
「沙織さん早く避難を!!」
「星矢!ソロを…ジュリアン・ソロを助けなくては!!」
「もうムリだ!このままではオレたちも神殿と共に海の底にのみこまれてしまう!!」
確かにこの場の主である海神が倒れたことにより海の水が流れ込む速度は一気にあがってしまっていた。
「で、でも……」
「どうかご安心を……」
聞いたことのない女性の声に視線を向けると気を失った青年を抱きかかえた鎧姿の女性。
「うっおまえは」
「テティス」
「ジュリアン様はこのテティスが命にかえても地上へお送りいたします。それがジュリアン様に対するせめてもの恩返し……」
その身体には痛々しい傷があり彼女が青年を助けるためにはまさに命がけとなるだろう。
「なに?」
「恩返しとは…?」
語られたのはテティスという女性は実は魚で、昔に青年によって命を助けられたことがあるということだった。
私は彼女の話を聞きながらも流れ込む海水によって作られた幾つもの渦を注意深く見つめていた。この中に道があるということを感じていたからだ。
「おんっ!」
見つけた!一つの渦に筆しらべを走らせ強く渦を作り出せば周囲の海水を巻き込んで勢いよく今まで見たこともないような巨大な渦が出来上がった。
「どうしたのです?きゃあっ!」
「沙織さんっ!」
この状況だからこそ出来たその渦に私は近くに居た沙織お嬢様を放り出し、それに気をとられたセイヤ君もついでに投げ込んだ。
素早さで言えばセイヤ君に適わないはずなのに彼を放り込めたのは私に殺気がなかったからか、沙織お嬢様に気をとられていたからか。
「なっ、何を!」
私のいきなりの行動に戸惑ったらしいテティスさんの言葉に答える時間も惜しく筆しらべの疾風によって起した強風で彼女を腕に抱えた青年ごと渦の中へと落とした。
「わうー」
かなりきつく睨まれてしまったので気持ちは少しへこんだが、渦の先はたぶん大丈夫な場所のはずなので許してほしいと思いながら、背の青年が落ちないように気を付けて私自身も大渦の中へと飛び込んだ。




自分で使っておきながら相変わらずにどういった原理で移動しているのかサッパリとわからないが飛び出た先はどこかの池だった。
「シロッ!いったい何をした!」
ここは何処だろうと思う前にセイヤ君の顔がドアップになり、両腕を掴まれて揺すられたために背後に乗せていた青年が落ちた。
その時に「うぅっ」とか聞こえてきたので生きてはいるようだが、思わぬ怪我人への無体に焦る。
「星矢、まずはカノン達の怪我の治療を」
地面に落ちてしまったカノンの様子を確認する沙織お嬢様、見回せば無事にたどり着いたらしいテティスさんと海神の依り代であった青年の姿もあった。
「わかった沙織さん、ここは城戸邸の近くのようだからオレが報せてくるよ」
「お願いします。星矢、あなたも治療を受けるのですよ」
テンパっていたセイヤ君だが怪我人ばかりである今の状況に一先ずは治療を優先することにしたことに納得したらしく頷き連絡を取るために駆け出していった。
相変わらずに本気の彼の動きは瞬きする間もなく見えなくなると感心してしまう。
「レウコン、あなたのおかげで無事に戻ることが出来ました。ありがとう」
よいのだという思いを込めて首を軽く振るが彼女の表情は優れない。
「けれどあなたの小宇宙は弱まってしまった」
コスモが何なのか理解はしていないけれど力を揮い過ぎてしまった私が弱まっていることを言っているのだろうと思う。
本来、この時間があれば回復しているはずがしていないのはこの世界で私自身への信仰はないからだ。
太陽神への信仰はあるため、多少の回復はするとは思うけれど一気に力を使いすぎた今回は回復するのは時間がかかる。それでも死ぬわけではないのだ。
ただ時間がたって興奮がひいてしまったために疲れた身体は休憩を欲してひどく眠い。
「くぅん」
「疲れたのですね。レウコン」
柔らかな手が優しく私の頭を撫でる。それの手の動きに導かれるように私の意識は落ちた…――







←Back / Top / Next→