聖大神05
目覚めた瞬間に不快さに身を震わせる。
眠っていたのは柔らかなクッションの上であり、寝心地が悪かったのでは決してない。
寝床から身を起し、寝過ぎなのかふらつく身体で何とか歩き出したのは向かわなければいけないという感覚のせいだ。
天井の高い石造りの建物、サンクチュアリという場所の建物のうちの一つかな?
人の気配のないの建物を進み、外へと踏み出した時に不快さの理由を知った。
日食。太陽の化身である私にとっては力が削がれる現象だ。
そして何より今回の日食は天体の動きではなく、何者かの作為的な物を感じる。
ただ人には見えないだろう歪みがあちらこちらに見える。このままであれば世界は滅茶苦茶になってしまう。
そして、私の知るあの子達はそんなことをただ受け入れるというようなことはしないだろう。
姿の見えない沙織お嬢様やセイヤ君達がどこにいるのか想像出来てしまった。
「わんっ!」
私は気合いを入れるために大きく鳴き、その気合いのままに歪みの中へと飛び込む。
飛び込んだ先は時空が捩れ歪み、ただ進むことすら難しそうな空間。世界を渡った時に幾度か通った場所で迷って違う世界に落ちることは何度かあった。
けれど、進むべき方向がわかっている今は迷うことなく足を踏み出すことができ、その場所に草花が現れ足場となって私を先へと進ませてくれる。
捩れ歪んだ時空を抜ければ光り溢れるまさに楽園のような花園へとたどり着く。
その美しい景色にセイヤ君達がここに本当に居るのかと辺りを見回しても、彼らの姿は見えない。
一先ずは目印になる塔らしき建物へと向かうことにし、セイヤ君達と途中ですれ違うかもしれないと辺りを見回しながら進む途中で気になるものを発見してしまう。
「くぅ?」
どうしても気になってしまったので、発見した賽の芽らしきもののところへと向かう。
これほど美しい花園の中にあるのだから、本来であれば見事な花を咲かせる大木へと成長しているはずなのに何故だか賽の芽は芽のままだ。
どうしてなのか? それはこの美しい景色が不自然であるという証なような気がした。
何処までも続くかのような花園であるというのに、その花の蜜を吸う蝶も蜂もいなければ花の葉を食む虫もいない。
そうここには世界の理であるはずの食物連鎖というものはなく、ただ美しい花々が咲き誇っているだけだ。枯れた花など1輪もない。
ここは誰かの望む世界の形なのかもしれない。穢れなどない美しい世界、まさに理想郷と言えるのだから……
「わう?」
賽の芽の前で私が考えて込んでいたのは、それほど時間は経っていなかったはずだけれどその間に物事は大きく動いたようだった。
前の時のように崩壊の音が聞こえ始めていて、その崩壊は前回の比ではなくこの世界そのものが崩れ落ちようとしていた。
私自身は元来た道を戻れば何とかなるかもしれないが、世界が崩れ落ちれば花々も目の前の賽の芽も消えてしまう。
―― 筆しらべ 桜花 ――
急激に賽の芽が成長し大木となり、花が咲き一陣の風が吹いた。
どれほどの効果があるのかと思っていたけれど想像以上に効果があったようで世界の崩壊の音が賽の芽を中心に止まっていく。
今まで居なかったはずの生命に溢れた世界になった。
花園の花に誘われるように蝶が舞い、空には鳥が飛び、木の根元にはウサギの姿がある。
賽の木を中心に崩壊寸前だったこの世界は強固に結びつき、よくわからないけど賽の木の根元から妙な力のようなものを感じる。
世界の崩壊ととてつもない力が働くことを逆転させて留めたのだから、何かが起きるのはおかしくないと思うけど。
木の根元に出来た穴が通り道に見えて、そこを通ると泉があり、その泉の中央には小島があった。
そして何故か全裸の十数人の青年達が寝ている。正直、見なかったことにしたいけれど顔だけ確認したかぎりでは見覚えのある人達がチラホラいた。
特に海の中で救ったはずの青年とよく似た青年が二人居る。たぶん、片方は本人でもう一人はその双子だと思うけど……サクチュアリで亡くなった人じゃなかったかな?記憶違い?
でも明らかにお嬢様の関係者っぽい彼らがここに居るのって、何をやらかしたんだろうと思う。世界の崩壊を止めたっぽいのは我ながらいい仕事したと思うんだけどね。
そこからどうやって全裸の青年を捻りだしたのっ!私。
「まぁっ!」
呆然としていた私の背後から聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえて振り返ると、そこには沙織お嬢様が居た。
「わぁーっ!待って!別に裸にしたわけじゃないです!最初っから全裸だったのっ!!!」
大木の根元に全裸の、それも明らかに美形である青年達を並べるとかどう考えても変態だ。
「魂からの蘇りですもの、それも当然でしょう」
「はっ?」
魂からの蘇り? 思ってもいなかった言葉に身体が固まる。
「貴女はレウコンでしょう」
「そうだけど……えっ?人の姿になってる」
何を当たり前のことを言っているのだろうと思った次の瞬間に、今の姿に気づいた。
視界に入ったのは人の手であり、いつもは見上げている沙織お嬢様と変わらない目線。狼の耳と尻尾以外は人の姿へと変化しているのだろう。
力が足りない時には成ることの出来ないはずの姿に無意識のうちになっているということは、今の私は目覚めた時とは違って力があるということ。
賽の芽を木へと成した時に私にも力が流れ込んできていたらしい。
「色々と尋ねたいこともありますが、まずは……貴女の名を教えていただけますか?」
「。別の呼ばれ方もあるけれど私の名はだよ。沙織お嬢様」
「……沙織と呼んで下さい。私はさんとお呼びしても?」
お嬢様と呼ばれるのは嫌だったのだろうか?
出会った頃から沙織お嬢様と呼んでいたのだけれどと思いつつも頷き。
「うん、そう呼んで下さい沙織ちゃん。それでセイヤ君達は?」
「星矢達は眠っています。貴女のおかげで怪我はありませんから疲労だとは思いますが……」
また頑張りすぎたみたいだけど、怪我はないようで何よりって妙なことを言われたような。
「んー?私のおかげっていうのがよくわからないんだけど?」
「世界の崩壊を止めるためにハーデスを蘇らせ、そして黄金聖闘士達もまたこうして蘇らせたのでしょう?」
「……ちっ、違うよっ!そんなことしてないよ」
両手を左右に振り、首も力いっぱい振る。何かとんでもない勘違いされてる。
蘇らせたって何? 私に死者蘇生能力なんてものはない。
「しかし、今この世界の崩壊を止めるような力を持つ神は貴女だけです」
「それは私が切っ掛けかもしれないけど、一番はこの賽の木のおかげ」
私の知るよりも強い賽の木の力、その木がどうして賽の芽のままだったのか不思議なほどだった。
「賽の木?」
「世界の崩壊に巻き込まれた時に賽の芽らしきものを見つけて、何かの足しになればって筆しらべ……ええと、ようは賽の芽を育ててこの大木にしたの。
賽の芽というのも私が呼んでるだけだし、元はこの世界のたぶん植物に関係する神に関係するものかな?」
ゲームではサクヤ様の分身であったのだから、この世界でも同じであるのなら植物系かそれに近い神様だと思うんだけど。
「……ハーデスの妻であるペルセポネは冥界の女王であり春の女神でもあります」
「可能性は高いかも、冥界の神であるのなら生と死の境を越えさせる可能性はあるかな」
そうだとしても彼らだけがここに居る理由がよくわからない。
この賽の木の力だとしても彼らが蘇る何らかの理由があるはずではないだろうか。
「黄金聖闘士達は十二宮の順番で円状に並んでいるのは、さん関係かしら?」
とても肌色の多い状況に居たたまれなくなって、私は彼らに背を向ける形で沙織ちゃんと話をしていたが彼女の言葉に振り返ってしまう。
確かに青年達は円状に並んでいるようにも見えるし、沙織ちゃんに言わせると何らかの法則で並んでいるのだろう。
「私関連ってなんで?」
「彼らが守る十二宮は黄道十二星座の名を関し、彼ら自身もそれぞれの星座の聖衣の守護があるのです」
黄道、地球という観測点からの太陽の通り道のことだったかな。
だいぶ前に十二星座が蛇使い座を入れて、十三星座になるとか一時期騒がれていたような記憶がある。
彼女の言うとおり、太陽が関係するのなら私関連というのもおかしくはなのかもしれない。
「貴女の小宇宙が爆発的に高まり、世界に広がっていくのを感じました。それによって神話の頃ですら聞いたことのないほどの奇跡が起きたのではないでしょうか」
「コスモ?」
セイヤ君達が気合いいれると大怪我してるのに立ち上がるあの不思議パワーが私にもあるというのだろうか。
「春の日差しのように穏やかで、それでいて夏の日差しのように強い生命の息吹。貴女の小宇宙からは慈しみが感じられるのです」
そう言って微笑む彼女のほうが慈愛が溢れている気がする。
何だか誤解されているような気がしないでもないけど、何と言えばいいのかよくわからない。
「沙織ちゃん、私はセイヤ君達の様子を見てくるね」
「はい」
居たたまれない気持ちで私はこの場を離れることにして、沙織ちゃんの横を通って賽の木の根が作っていた空間から出る。
外へと出ればセイヤ君達は捜すまでもなく、根元に持たれかかるようにして身を横たえていた。
彼らに近づいて様子を覗き込む。ぼろぼろの鎧姿だし、大量の血がついているけど顔色は悪くない。
「お疲れ様、良い夢を」
セイヤ君達の頭をそれぞれ撫で、一人ずつに声をかける。
ほとんど何もしなかった私に言われてもありがたくもないだろうけど、命を賭けて戦ったのだろう彼らに少しでも良い夢を見てほしい。
そのまま彼らの様子を見つめていたかったが、感じることが出来る気配からそれを無視することは出来なさそうだと私はセイヤ君達から離れて駆け出す。
狼の姿と変わらないだろう速さで地を駆け、足をつけた場所の花々が揺れるが花びらは落ちることはない。
アマテラスより継いだ力が踏みつけた草花すらも傷つけることがないからだ。
沙織ちゃんが言った慈しみが感じられる小宇宙とは、もしかしたらアマテラスから譲り受けた力のことかもしれない。
――…崩れ果てた建物の残骸の傍に彼は居た。
静かな瞳で残骸を見つめていた彼から、少し離れた位置で立ち止まれば、それを待っていたかのように視線は瓦礫に向けたまま話し始めた。
「異教の太陽神よ」
彼の声は静かなもので、だからこそ私の干渉を不愉快に思っているのだと知る。
「何故、我等の戦いに干渉した」
我等の戦いと言った彼の様子からして、今回の沙織ちゃん達の戦いの相手は目の前にいる彼だったのだろう。
彼が負けたからこそ世界の崩壊が起こったのだとすれば、私はこの世界の支配者である彼の意思を損ねたことが理解できた。
誰であったとしても自分の領域に我が物顔で干渉してほしくないと思う。
「私は戦いに干渉したわけではなく、世界の崩壊を止めたかっただけです」
「それにしてはずいぶんと乱暴な方法であったな」
「……」
乱暴と言われ、何が乱暴だったのか分からないために返答に困る。
「崩壊どころか多くの死した人間達を蘇らせ、冥界の秩序を乱した」
目を伏せるようにして言った彼の顔に影が落ちる。
秩序を乱したとはかなり大変なことをしでかしたらしいって当然か。
死者を蘇らせるとか普通はありえないことなのだから。
「すみません。それについては謝罪します」
どのようなことが起きるか正確には知らなかったのだとしても、確かに私が起した行動の結果だった。
この世界が冥界であるのなら、死者の魂は彼の管轄であり蘇った人間が居ればそれを知ることが出来たのだろう。
「……謝罪だけか」
「ええ、世界を再度崩壊させることも、蘇った人々の命を奪うことも私には出来ません」
事態の収拾のために必要だと言われたとしても、私はそうすることが出来ない。
「一つ、問いたい。貴方の小宇宙と共に感じた小宇宙は……」
問いかけと共に凪いだその瞳と目が合う。
「きっとあなたの奥様の力だと思います。私はこの地にあった芽を芽吹かせるために力を少し貸しただけですから」
沙織ちゃんと話していたからこそ推測ではあるが、一つの答えを言うことが出来た。ありがとう沙織ちゃん。
「やはり、そうか……それゆえに貴方の小宇宙が冥界に強く行き渡ってしまったのだろう。本来ならば冥界に太陽の力は異質なもの」
目の前に居る彼太陽の下で過ごすよりも夜の静寂の中でいるほうが似合っていそうだ。
そう考えると太陽神である私とは相性はあまりよくないかもしれない。
月神の力の欠片もあるので私自身は夜が苦手なわけでもないけれど、やはり太陽が昇っているほうが元気になるし。
「貴方は奇妙だ。私の知る太陽神とは違う」
「あなたが知る太陽神がどのような方かはわかりませんが、私の理想とする太陽神は慈母と呼ばれるほど優しいんです」
「理想、まるで人のような物言いをする」
彼の言葉に笑てしまう。事実、私は人であった。
アマテラスを理想としてそんな存在に近づきたいと願う。
決して届かないだろうと諦めながら、それでも諦めきれない大切な想い。
「あなたに世界をお還しします」
彼と話していて、やっと気がついた。
この世界は私が人として生きた世界よりも、元就君の世界よりも感受性を高める世界だと。
心が騒いで向かった先にセイヤ君達が居たのは高められた感受性で感じたことなのだ。
そして、その感受性が冥界と彼が言った世界を私が司ってしまっていることを感じさせる。
一つの世界を司っているがための神としての力の向上、それが意図しない変化をもさせたのだと思う。
「還されても困る」
「えっ」
知らなかったとはいえ、世界という大きすぎるものを簒奪してしまったらしいと気づいて本来の主である彼に戻そうとすればその返答は思ってもいなかったもので。
「冥界の秩序を乱したと言ったはず、エリシオンにどれだけの生命を貴方が息吹かせたと思っている」
「……あの、でも、それならどうしたら?」
冥界の秩序を乱したのならば、それを正さなければ彼に冥界を返還できないみたいで困った事態になった。
私はどうすればいいのかと元の主である彼の様子をうかがうと何を考えているのかわからない凪いだ視線のまま彼は言った。
「生きているものを地上に送るか、死を待つほかない」
「それはまた、時間がかかりそうですね」
動物達の命を奪ってこいとは言われなかったけど、彼が言いたいのは冥界に生あるものが居ることが問題らしい。
「貴方の力が冥界におよんでいなければ返還ですんだのだがな」
何だか返還できたとしたら、言外に死に絶えたと聞こえた気が……
彼にとって命って軽いのだろうかと疑問に思うものの、冥界の神であるのなら死のほうが身近なのだろうと深く考えないことにしする。
「うん、沙織ちゃんに相談してこよう」
ここは神頼み、私も彼もまた神だということは棚上げして、沙織ちゃんに相談することに決めた。
彼女が居るはずの賽の木へと急いで向かうことにしたのは彼女がサンクチュアリに帰る前につかまえたいからだ。
「あっ!私、といいます。冥界をお還しするだけのちょっとの間だとは思いますがよろしくお願いしますねっ!」
早速、駆け出そうとした身を止めて私は友好的な意思を込め、笑顔で自己紹介する。
彼、ハーデスは少し驚いたように目を見開いた後「ハーデスだ」という簡潔すぎる名乗りを返してくれた。
私がしたことを考えれば無視されるようなことがなかったのは充分すぎると納得し、私は沙織ちゃんのところへと駆け出したのだった。
この後のことはあまり思い出したくは出来事が待っていた。
まず言えることは……肌色ばっかりなのに誰も恥ずかしがらないのは何でなのか。
美少女の周囲に美形とは言えど全裸の男性が複数とか戦慄ものだった。
主である沙織ちゃんを守りたいのかもしれないが、私が近づいた時に彼女を囲んでるとか変態にしか見えなかった。
思わず、彼女に話しかけることなく悲鳴を上げてハーデスのところに逃げ戻ったのは仕方がなかったんじゃないかな!