黄金連奏03


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SCORPIO

互いに任務がないからとカミュに会いに上り、宝瓶宮が見えたところで入り口から出て来た者が居た。

「こんにちは、ミロ。カミュに会いに来られたのですよね」
名を呼べば穏やかな笑みと共に立ち止まった俺の傍に歩いてきた。
氷河達と同年代とは思えない落ち着いた雰囲気は時に俺よりも年上ではないかと思わせる。
「そうなんだが、お前とはあまり話したことはなかったのでな。よければだが少し話をしないか」
外出するために出て来たはずなので断わられることも考え、言葉を選んで誘う。
聖域において階級が上の者の言葉は命令と思われる可能性があるからだ。
「はい。私でよければ」
同じ段のところまで下りてきたは了承した。
迷う様子のないことから急ぎの用件で外に出たわけではないようだ。
「デスマスクと仲が良いらしいな」
以前から少し気になっていたことを問う。と話したことはあまりないとはいえ、デスマスクとはかなり性格が違うのでどうして仲がよくなったのかが疑問であったのだ。
デスマスクも教皇、老師に対しては目上の者に対する礼儀を心得ているようだが、と奴の出会いは監視者とその対象者であったのだから友好的ではなかっただろうに。
「仲良くして頂いています」
「奴は悪い男ではないが粗野なところがあるだろう?気にならないのか」
が首を傾げて瞳を瞬かせる。その様子は意外なことを言われたと態度に表していた。
「デスマスクにはからかわれることもありますが、粗野だと私は感じたことはありません。お優しい方ですし」
「優しい?」
今度は俺のほうが意外な言葉に驚くことになった。俺はデスマスクという男を優しいなどと思ったことなどない。
「聖域に来てしばらく経った頃にクッキーを頂きまして」
「デスマスクがクッキーをお前に渡したのか?」
「ええ、その時は疲れていたので気づかって下さったのだと思います」
その時のことを思い出しているのか目を伏せ笑う。
どこか楽しげで、彼にとってデスマスクという男はかなり親しい人間であるらしい。
「……お前はデスマスクのことをどう思っているのだ」
親しいようだとは思ってはいても、これほどとは思っていなかった俺は何故なのか疑問に思い問う。
「それはどういう意味でしょうか?」
うかがう様に目を細める様から警戒心を抱かせたようだ。
別に俺は黄金と白銀という立場の違いなどを言うような輩とは違うのだが、それをは知らぬだろうし仕方がないか。
「お前はサガのせいで聖戦に参加できなかったと俺は聞いている。そして、デスマスクがお前を見極めるために接触したこともあるのもな。そのことを踏まえて尋ねている」
「二人を恨んでいないのかという問いであるのなら、私は恨んでおりません」
飾る言葉などなく、俺が知っている事実をへと言ったというのに大したことではないとでもいうように言い切った。
「何故だ」
「何もしなかったのは私の選択です。聖域からの指示を不服と思うのなら私は問うことも出来た。そうしなかった私が誰かを恨むのはおかしなことでしょう」
唇を歪めるなどこか皮肉げな笑い方、付き合いが深いわけではないがこのような笑い方ができる人間だとは思っていなかった。
カミュ達と共に居る時の穏やかな笑み、星矢達と共に居る時のどこか慈愛を感じられる笑み。
いつ見ても凪いだ海のように静かな小宇宙であるがために、彼の中にある歪みに気付いていなかった。
「っ!お前は……」
何を言えるというのか。かつて俺もそう思っていたのだ。
聖闘士となったばかりであった頃に下された命に彼は戸惑っただろう。
師から教えられたまま聖域の命に従った若き聖闘士、全てが終った後に呼び出され、聖域で受けたのは多くの者からの嘲り。
師や兄弟弟子、それに近しい者達からは好意的ではなくとも否定的ではない態度を示されたのだとしても、歳若い聖闘士にとってはそれは辛いことだ。
アイオリア、彼がのことを気にかけているふしがあったのはかつて逆賊の弟と聖域の者から冷たい視線に晒された経験からかもしれない。
「ミロ」
「カミュ」
「私に会いに来たのだろう」
ちょうど良い時に来たものだと思い、ついで俺達の会話を聞いていたのだろうと思い当たる。
「カミュも来たことですし、私はこれで失礼致します。いってきます。カミュ」
俺に頭を下げてからカミュへと声をかけるの態度は普段どおりだ。
先ほどの影などどこにも感じさせるものはない。
「つき合わせて悪かったな」
「うむ」
の小宇宙が充分に離れることを待ち。
「……カミュ、気付いていたのか」
「何をだ」
涼しげな表情は変わりはしなかったが、ピクリッと僅かに眉が動いたことで俺の言葉に関心を示しているのに気付く。
「あいつは、お前の弟子はサガ達を恨んでいないと言った」
俺はサガ達のことを許しはしたが、何も思っていないわけではない。
一度起きてしまったことは、すべてをなかったことになど出来はしないのだ。
らしいことだ。これからもあやつはサガ達のことも、不甲斐ない師であったこのカミュをも恨みはしまい」
「他に向けられぬのならばその感情が何処に向かうかは明白だろう!お前の弟子をこのままにしておくのかっ!」
淡々とした物言いに声を荒げてしまったがカミュという男は内心はどうあれ気にかかることを表に出すことなどまれで、表面上に現れていないからといって何も思っていないわけではなく弟子のことを俺よりも気に掛けているのは明らか。
はアテナの聖闘士だ。心に抱える痛みすら力へと変えてゆける」
きっぱりと言い切ったカミュの瞳に迷いはなく。
「お前はを信じているのだな。カミュ」
「当然だ」
弟子に対する深い情にさすがは我が親友だと感心する。
彼が見守っている弟子であるならば暗い心に支配されることはないだろう。
孤独に迷った聖闘士の傍には今、道を示した師とその道を共に行った兄弟弟子達が居るのだから…――





SAGITTARIUS

長く魂のまま俺は現世に留まっていた。冥界へと赴こうとする俺を地上へと留めたのは幼きアテナと弟、親友と思っていた男の変貌という心残りがあったからだ。
アテナの成長を見守り続け、黄金聖闘士として立派な姿となった弟を魂の状態であっても見ることが出来た俺は決して不幸ではなかった。
ただサガに自ら死を選ばせることとなったのは心苦しかった。まだ幼い他の黄金聖闘士、年上である俺とサガは互いを支え合っていかなければと思っていたのに、おぼろげながらにも気付いていたサガの闇を理解してやることが俺には出来なかったのだ。
アテナより再びの生を示唆された時、死を受け入れていた俺は蘇りなどさほど望んでいなかったが、生き返らなければサガは己を責めるのだろうと思えば死という安寧に身を任せるのは勝手であると思ったのだ。
この世に蘇ってから涙ながらに謝るサガの顔を小宇宙を込めはしなかったが思いっきり一発殴った。サガもまた小宇宙で防御をしているわけではなかったために思いっきりふっ飛んでいったのを見て、それで許した。
元から俺はサガのことを憎んだことはなかったのではないかと思う。アテナを暗殺しようとしたサガに怒りを覚えはしても、俺は長く供にあったサガを信じたかったのだ。そして、知ったサガという男の人生を聞いて怒りを覚えた。
俺自身に。俺はサガを親友のように思っていたのにカノンという双子の弟が居るということを俺は気付いていなかった。思い返せばサガに話しかけた時にすぐさま去られてしまったことが幾度かあったがあれはカノンであったのだろう。
おかしいと疑問に思うことは色々とあったというのに、サガの闇もカノンのことも結局俺はわかっていなかった愚か者だった。
その俺が万が一にも再び教皇に選ばれぬようにアテナに死した時と同じ姿での蘇りを望み、弟であるアイオリアは年下として蘇った俺に戸惑っていたようだが身長は俺のほうが高かったので多少童顔な兄だとでも受け入れてくれた。
俺が死した時とは違い立派に成長した黄金聖闘士達、彼らと共に女神アテナを護れることは喜びであり、俺自身の罪を自覚させた。
逆賊とされてもアテナを護った聖闘士の鏡、違う俺はそのようなものではない。友を、友となれるはずだった者を救えず、アテナを護りきれずに人に託すしかなかった情けない男だ。
それが俺の俺自身に対する正直な想いだったが、そのようなことを誰にも言えるはずがなく何よりそのような弱音は俺自身が許せなかった。
今の俺が聖闘士として足りぬというのであれば聖闘士として足りるようになればよいだけなのだと考えて聖域の外れのほうの人気のない鍛練場で一層、自己鍛練に打ち込んでいた俺はある時よりよく見かけるようになった少年に気がついた。
木々の間から見えた彼を俺は最初、一瞬とはいえ生きた人だとは感じなかった。彼の小宇宙に死の気配を感じて。
もう一度、探ればそのようなことはなく例えるのなら真昼の月、そこにあることを主張しているわけではないのに気付いてしまえば紛れもなくそれは月なのだ。
小宇宙を隠しているようではないのに彼の小宇宙は周囲に溶けていて気付きづらく、けれど一度気付けば彼だと理解してしまう。
幾度か彼を見掛けたが彼はこちらを見ることなく、そうやって俺だけが彼を見ている日々を送っていたある日、俺は彼が誰なのかを知った。
獅子宮でアイオリアと話していて、俺に気付いたアイオリアに声をかけられ紹介されたのだ。話だけであるのなら随分と前に聞いていた。
ただ任務外の時間の多くを俺が自己鍛錬に費やしていたために会う機会が遅くなってしまった。
カミュの弟子であるクレーターの、星矢の治療ために聖域に召喚され、自主的に聖域の怪我人にもヒーリングを施している白銀聖闘士。
たった一人増えただけで賑やかになった星矢達の周囲、カミュもまた楽しげで会うことを楽しみにしていた人間を一方的とはいえ見ていたとはマヌケと言えよう。
アイオリアと話す彼は俺が見た彼よりも小宇宙が活性化していた。気のせいかとも思ったが、そうやって俺は大切なことを見逃したのだと自主鍛練の時間を削りしばらく彼を観察した。
皆が言うように日々の鍛練を欠かさず、周囲の者への気づかいも出来る良い聖闘士ではあったが他者が近づくと小宇宙を高めるのだ。
黄金ですら見逃すかのようなごく僅かなそれはカミュや彼の兄弟弟子達の時にはならなかったが、逆に言えば他の者に対しては例外なく星矢ですら近づけば小宇宙を高めた。
意識してではなく無意識のようで、その理由は拒絶なのだろう。聖域は彼にとって居心地が良い場所ではない。それゆえに自らが信頼している師達にしか心安らげないのだ。
心配ない。大丈夫だ。そう言うのは簡単で、それゆえに言ってはならない言葉だった。
彼を気にかけながら見守っていると徐々に彼は周囲の態度を溶かしていった。さながら氷を溶かす水のように。
それに比例するように彼もまた星矢達を信頼したのか小宇宙を高めるようなことも無くなっていった。そんな頃に彼を冥界の使者とする案が出た。
使者とするのならばエイトセンシズに目覚めていなければならないと誰かが言った時、シャカが彼はエイトセンシズに目覚めていると言ったのだ。
それゆえに彼は冥界の使者として正式に任命され、デスマスクと共に冥界に向かった彼が戻ってきた時、俺は最初に出会った時に感じた死の気配を思い出した。
技の特性ゆえに死に近いデスマスク、それと変わらぬほどに染み付いたかのような死の香りは聖域に戻っても消えることはなかった。
最初に感じたのは気のせいではになく、魂のまま俺は長年過ごしていたがゆえに微かな死の気配をかぎ分けたのだろう。
彼は健康体で、死に近いはずはないのに……聖域にある彼の資料を俺は読んだ。
家族全員が乗った乗用車が巻き込まれた事故、即死であった両親、生きてはいても目覚めぬ姉。彼は聖域か待機の命を受けた時に日本に居たのだと聞いてた。
入院している姉の傍に居たのではないかと資料に載っていた意識不明の姉が入院している病院に行き、意識のない彼の姉の身体に魂はもう宿っていないことを知った。
彼から漂う死の気配、それは彼の姉のものなのだ。あれほど染み付いているのならば彼の姉は事故後直後から彼と共にあったはずで、それでも彼が健康体である理由は一つだった。
魂となっても護ろうとする者が彼には居たのだ。幼い弟を護ろうとした少女は今も弟を護り続けている。
けれど、彼と共に姉の魂も赴いたのならば姉の魂はふたたび地上に戻ろうと冥界に引きつけられるだろう。
冥界から戻ってきた彼が微かに漂わせる死の気配はそれゆえであるのだとしたら?
そう考えた俺はアテナにクレーターのを今後、冥界の使者から外すように進言した。
理由を問われることもなくアテナにはそのつもりだと言われたのは、俺の推測が間違っていなかったということだろうか。







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