黄金連奏04
CAPRICORN
かつてアイオロスが居た頃によく鍛練に利用していた場所に向かうとそこに珍しく人が居た。何となくの行為でしかなかったが予感でもしたのか。
ここまでわざわざ移動してくる人間とはどんな相手かと確かめに近づけば、近頃十二宮でよく見かけるようになった白銀聖闘士、クレーターのだった。
カミュの弟子である彼はこの場で修行をしていたようで感じられる小宇宙に冷気を感じとることができる。今は夏の季節であるというのにこの辺りは肌寒く感じさせるほどに気温が低くなっている。
彼の師や兄弟弟子達は凍気を操っているのだからカミュ達に及ばぬのだろう。だが、彼は自身の小宇宙の特性を掴んでいるようだった。
俺が見ている前で彼は小宇宙を高め、岩をおおうようにドーム状の水の幕を作り出し次の瞬間にそのドームから無数の高速の水が岩を打ち抜いていく。
水の幕が消え去れば無数に細かくされた岩の残骸が周囲へと散らばる音が響き、小石となったうちの一つが俺のつま先で跳ねてきた。
「何か御用ですか?」
跳ねてきた小石を拾い音速を少し超えたぐらいで背中をむけている彼に投げつければ、後ろを振り向くことなく右手で小石を受け止められる。
この場には彼の小宇宙が辺りに漂いっており、現在もその小宇宙を操っている状態の彼にとっては止めることなど朝飯前であっただろう。
「少々、試しただけだ」
俺が小石を投げた直後から辺りに漂う小宇宙が煌き俺の動きに反応できるように活性化している。黄金聖闘士でもないのに器用なものだ。彼の才を褒めている者達の言葉に偽りはなさそうだ。
師であるカミュは思ってもいないことを言う人間ではないし、教皇も褒めていたのだが俺自身が直接見ない限りはやはり頷けるものではない。
「私は合格しましたか」
不快を現すこともなく笑みを浮かべていることに、まだ余裕があるのか、それともカミュの教えのとおりにクールにしているだけか。
「悪くはない」
「抜き打ちでその結果ならよかったと思うことにします」
白銀であれば充分な結果に対してそう言えば軽く流される。少しも気にした様子が感じられないその様子は聖闘士には珍しい。
俺達の黄金聖闘士ですら、いや黄金聖闘士であると自負しているからこそ自らの強さを誇るものだ。
聖域において強さは一つのステータスであり、聖域の外で修行をしていた聖闘士とて自らの力を疑われるのは気分を害するはずだ。
「それだけか?」
「話に聞く貴方からの試練でしたら厳しそうですから」
粉々に砕かれた岩を背にしてこちらを近づいてきた来る彼の瞳は真っ直ぐに俺に向けられている。
「話?」
「ええ、星矢達から聖域のことを教えてもらった時に黄金聖闘士のことを話してくれました」
十二宮を突破した青銅達に話を聞いたというのであれば、彼は十二宮で起きたアテナの聖闘士同士の戦いを知っているのだろう。
アテナの聖闘士であると自負していた俺がアテナへと弓引いてしまったあの戦いを。
「俺達のことをか」
「はい。紫龍が貴方のことを素晴らしい聖闘士だと言っていました」
「……」
アテナへの裏切りなど触れることなく、彼はそれだけを言うと手が届かぬ位置で立ち止まった。
必殺の間合いから外れたその距離だが聖闘士には無意味な距離だ。
それでも立ち止まった理由をあえて考えるのであれば拒絶。
「ここに来られたのは鍛練のためですよね」
「そうだが」
「私は鍛練を終えようと思っていましたので戻ります」
その言葉と共に立ち去ろうとする。
やはり、そうか。彼はその穏やかさの中で人との距離をとっているのだ。
周囲の者から聞く人物像は大きく二つ聖闘士に相応しい人物、もう一つは……
「待て」
「はい?」
俺が呼び止めると立ち止まり振り帰るが、俺との交流など望んでいなさそうだ。
「鍛練に付き合ってくれないか」
「……私でよければ」
目を伏せて、少し不貞腐れたように聞こえる声で彼はそう返答をした。
それは先ほどまでの感情を感じさせない微笑みよりも、幾分か彼を幼くみせていてこれは素の感情だろう。
「先ほどの技はカミュに教えられたのか?」
「いえ、カミュの教えを参考にはしていますが氷の闘技の基本といわれる技以外の技を教えてもらったことはありません」
「だからか」
聖闘士となるほどの者は師より教え伝えられたものを昇華し己の物とするが、時には師と弟子の才が合わない時もありその場合は聖闘士となることなど滅多にない。
今回の場合は性質が似通っていたからこそ目の前の少年は聖闘士となることができたのだ。それをカミュほどの男が理解できていないはずもないだろう。
自らの持ちえる技術すべてを教え込もうとした氷河、教えきることができなかったアイザック、そしてこの少年にはあえて氷の闘技を深くは教えず彼自身に技を作り出させたのだろう。
「……何でしょうか?」
俺の言葉に怪訝そうに見つめてくる彼はそれを理解しているのだろうか。
理解してなくとも、いつか彼が弟子を取る時に気付ければいい。そうやって聖闘士の心は継承されていくのだ。
「カミュの技は打ち出すものが多い。お前の技には合わない」
彼の師ではないが先達者としてアドバイスぐらいはしておこう。
「水を打ち出していますが?」
「お前がイメージしているのはウォーターカッターのようなものではないか?」
岩を穿つ時、先端を鋭くしているのが見えたので刺す性質も持たされるようだが幾つかの水は打ち抜くだけでなく上下左右に動いていた。
打ち抜くだけでなく対象を切断することを考えているのは点ではなく面の攻撃を考えられている。
そもそも前方だけではなく、水のドームを作り出すところからして攻撃を当てることに特化させた技なのだろう。
「そうです」
「ならば、打つでもなく、切るのでもなく、削るというイメージが適切だ。ウォーターカッターとは高速の水流による水圧によって当たった部分を削りだしているのだからな」
「……知りませんでした。カッターなので切っているものだと」
原理を話してみせれば納得したように頷いている。
「今後は操る水に対象を打つことではなく削り出すというイメージを加えれば、お前の技はもっと速くなるだろう」
聖闘士にとって刹那の時間ですら速度というものは重要だ。
光速で動くことができる黄金聖闘士であるからこそ、そう思う。
「参考にします」
「一度やってみろ」
「はい」
素直に頷いたは手近な岩を見定めると小宇宙を高め周囲に漂う己の小宇宙をも収縮していく。
息を吸うようにごく当たり前におこなっているのは気負う様子のなさから一目瞭然。
岩を水が包み、その次の瞬間には岩は無数の小石となってその場に転がった。
「随分と速くなった」
一言言っただけで確実に速度は上がっていた。
彼の思考は彼が操る水の如く柔軟なのだろう。
「ご指導ありがとうございました」
息をはいて身体の力を抜いたは振り返り頭を下げた。
聖域では珍しい動作に、そういえば彼はごく最近まで日本に滞在していたのだったか。
「見ていて気になったのでな。そういえばお前は技の名を言わないのか?」
「えっ!……その、無言でいたほうが集中できるので」
俺の言葉に驚いたように目を見開いたは、今日見た中で一番感情を表していた。
少し気になって聞いただけなのだが、彼としては聞かれたくないことだったのかもしれない。
「そうか。俺は気合いが入ると教えられたのでな。お前のやりやすいほうがいい」
通例としてそうなっているだけで必ず言わなければならないわけでもない。
「ありがとうございます」
俺の言葉に満面の笑みと言える笑顔をは浮かべた。
その表情が存外と珍しいものだと俺が知るのはしばらく経った後だった。
PISCES
アフロディーテ
「ねぇ、お茶でも飲んでいかないかい?」
珍しく聖域外の任務があったらしい彼が任務後に教皇に報告を終えて教皇宮から外に出たところを声をかける。
彼を誘ったのは何となくであり断わられれば諦めようと考えていた。
「えっ?」
彼の視界に私は入っていたのだろうが声をかけられるとは思っていなかったらしい彼は目を瞬かせて立ち止まった。
顔立ちは整っているほうであるが特別な美しさなどを感じさせるものではない。
身嗜みには気をつけているらしく髪は綺麗にカットされているので見苦しくないのはいい。
アイオリアのように髪を伸びたら無造作に自分で髪を切るとかする人間は論外だ。素材は悪くは無いのに何を考えているというのか。
黄金聖闘士であるのだから、強さだけでなく身嗜みにも気をつけてもらいたいものだ。
「別に話だけでもいい」
「……どうして私を誘うんですか?」
「私が暇だからかな」
警戒したような眼差しでこちらを見た彼に笑顔を向ける。
私のことを男だと知っている相手であっても、頬を赤らめたりする輩がいるが彼はそのような様子なく。
「申し訳ありませんがお断りさせて頂いてもよろしいでしょうか」
無表情に近い顔で断りをいれてきた。
「よろしくないな」
それが面白くなくて元は断わられれば諦めようと思っていたことなど忘れることにした。
「ピスケスのアフロディーテ、私にも予定があります」
「君に選択権は無い」
「……」
私の言葉に無言で睨む相手だが、無言は同意したとみなすことにする。
「ローズヒップティーを淹れてあげよう」
「はぁ」
返事なのかため息なのかわからない声が、双魚宮へと向かうために背を向けた私の後ろから聞こえた。ついてきている様なので特に気にする必要も無いだろう。
双魚宮の住居のほうへと招き入れ、庭に置いてあるティーテーブルへと案内し、そのままキッチンへと向かった。
私が近くに居ないのだから去ることも出来ただろうが特に移動する様子もないので二人分のお茶の準備をする。
頼めば女官を付けることは出来るが、いつでも他人が近くにいる状況というものを避けたくて私は頼んでいない。
「ありがとうございます」
ローズヒップティーとスコーンをトレーで運び座って待っていた彼の前のティーテーブルに置くと礼を言われる。
「無理矢理誘われたのに礼を言うのかい」
無理矢理であると自覚しているために礼を言うとは思っていなかった。
自分の分も置きトレーをテーブルの空いたところに置くと彼と向かい合うように座る。
「淹れて頂きましたので、そのことには礼を言うべきだと思いました」
「……真面目だね」
「このお茶を飲んだら帰ります」
真面目というよりお人よしと言ったほうがいいのか。
お茶には付き合ってくれるようだ。
「私の話に付き合った後でね」
「ただの暇つぶしにしてはおかしくありませんか」
強引であったことを示しているのだろう。
「君のことを知り合いが気にしているからね。だから君がどんな人物か知ってみようかと思って」
「知り合い?」
「デスマスクとか」
他にも彼のことを気にかけている人間は私の周りには多い。
サガは気にし過ぎて話しかけることすら出来ないでいるようだが。
「ミロにも言われました。私がデスマスクと一緒に居ることはおかしいのですか?」
「いや?デスマスクは他人との距離の置き方は上手い。彼が誰かを怒らせるのも彼がそうしているからだ」
他人と距離を置いた付き合い方を私は好むしデスマスクもそうだ。
元々の性質もあったし、偽の教皇であったサガの共犯者であることから長年そのような生き方をしてきたからでもある。
アテナに仕える聖闘士として地上の平和を護る気持ちに偽りは無いが今更すべてを変えることなど出来ない。
「大抵、彼は人を怒らせているから心配されているんだろうね」
それはデスマスクが人のことを見抜く力があるという証でもある。
人が怒るのは言われたくないことであったということなのだから。
「からかわれることはありますが……」
彼がローズヒップティーが入ったカップへと手を伸ばし飲んだ。
美味しいと思っているのかどうかは判断がつかないが、気に入らないといったようでもないのでいいだろう。
「デスマスクは人を怒らせる天才だ。からかいで済んでるのは精神衛生上いいことだよ」
敵でなければそれほど心を抉るようなことは言わないとは思うが。
「今後もそうであってほしいです」
今後もということは彼はデスマスクとの付き合いを続けるのだろうか。
「付き合いをやめようとは思わないのかい?」
「私自身がされたわけではないですから」
「……そう」
デスマスクが彼と付き合う理由が少し理解出てきた気がした。
今までの聖闘士であれば悪行とすら言える行為を彼は否定していないのだ。肯定しているわけでもないが、それは聖闘士であれば当然だろう。
かつて私達が行ったことすべてを間違いだとは今でも私は考えていない。あの時の私にとって地上のために出来る最善であった。
そう思っているからこそあの時の自分を否定されることは気持ちが良いことではない。
「君はカミュに似てないな。他の弟子達はどこか似てると思ったものだが」
彼らはかつての私をアテナの聖闘士として相応しくないと断定するだろう。
「……私は弱いので」
呟かれた言葉は己を信じられない弱い人間の言葉だった。それは人との接し方に現れているのだろう強引な私の誘いを強く拒絶をしなかったように。
誰かを否定するということは確固たる自分を持っていなければ出来ないことだ。
私自身も己というものを持っているからこそ他者より優れていると胸を貼ることが出来る。
彼は黄金聖闘士であるカミュの教えを受け、自身も白銀聖闘士となったというのに自信がないとは。
「クレーターの、君は師や兄弟弟子達に君自身の話を聞いてみたまえ」
彼らが語る己を聞けば多少の羞恥心と共に彼らに信じられているということを知るだろう。
この私なりの忠告は彼自身を思ってというよりも、彼の態度によってはサガ落ち込んで面倒なことになりそうだからだ。