黄金連奏02


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LEO

カミュという男を俺は知っていると思っていた。思っていたと過去形で話すのは彼と弟子達の関係を聖域で見た時にまた違った顔を見たからだ。
別に弟子の前のカミュがまったく以前と違うというわけではない。
ただ弟子達の前では普段より穏やかな顔つきだとか、弟子達を気にしている様子だとかが彼の師としての顔なのだろうと感じたのだ。
カミュの弟子達はそれぞれ白銀聖闘士、青銅聖闘士、海闘士と最後はともかくとして立派に成長している。けっこうな弟子が逃げ出したと訊いてはいるが立派なものだ。
そうは思ってはいても彼等と接する機会はあまりなく、カミュの弟子達に関して何か特別に思うことなどはない。
いや、聖戦に参加できなかったクレーターのに対しては俺達の不甲斐なさで多大な迷惑をかけたものだとは思っているのだが俺が詫びるというのも何かが違うだろう。
鍛練場で見かけた時などに声をかけたことは幾度かあるが、大抵は他の者が近くにいるのでそのような機会はあまりない。
彼が聖域に来たばかりの頃は遠巻きにしていた者が多かったが、星矢達以外の者と交流する姿が増えているので今後も機会が増えることはあまりないだろう。
俺自身も人に声をかけられるので余計になのだろう。現に今も俺は候補生に質問を受けているところだった。
鍛練場の入り口のほうで小宇宙の高まりを感じ、止めにいこうかと迷った俺の耳に入ってきたのは聞き覚えのある声。
「激、どうしたの?」
鍛練場の隅で黙々と一人で鍛練をしていた彼は近づいてきた相手に気付き声をかけたようだ。
、星矢達が暴れているぞ」
やはり星矢であったか。聖闘士同士での私闘は禁じられているが時に血の気の多い若者が忘れてしまうこともある。
それを止めるのは師や仲間といった周囲の者で今回は彼等に任せたほうがいいだろうと様子に徹する。
「……どうして私に言う」
「お前が星矢を治したからな」
「それなら邪武のことは担当外」
不思議そうに首を傾げた彼への返答として治したからとは面白いことを言う。
ヒーリングをした人間が増えれば増えるほど、彼は私闘を止める役になるのだろうか?
「そっちは蛮と一緒に止める」
「激達は二人なのに私は一人とは不公平だ」
「白銀と青銅の差を考えろ」
軽口を叩きながらも星矢達のほうへと急ぎ足で向かう彼等の様子に階級の違いなど関係なく対等な交流がある様子なのが見て取れる。
それを関係がないといった態度なのは白銀聖闘士であるが相手の気安い態度を気にしないことが大きいだろう。
黄金だろうと物怖じしない氷河やアイザックと同じようにもまた階級の違いなどで大きく態度は変えないようだ。
三人ともがそうなのだから、カミュの指導によってそうなったと思うのだが内面は面白い成長をしたものだなと少しばかり感心する。
「氷河っ!そこに居るのなら星矢を止めてっ!」
珍しく大きな声を張り上げたは、星矢達の対立を止める様子のない氷河に注意をしたらしい。
彼は大丈夫だ。何気なくそう思った俺は彼に対して何を心配していたのかと疑問が浮んだが、大丈夫と感じたのならよいだろうと候補生達の鍛練へと意識を傾けた。




VIRGO

カミュの弟子のうち、とある一人は私にとって得体が知れない存在だと認識している。
人でありながら深遠な小宇宙をしているようでいて、ひどく単純なようにも感じるのだ。
彼は私にとって理解できない存在であり、それは私にとってとても珍しいものであった。
悪いものではないというのは彼から感じる小宇宙や師であるカミュや兄弟弟子達に対しての愛情にも近い強い好意を見ていてわかる。
友好的な相手に対しての控え目ともいえる好意の示し方、苦手な者であっても困っていれば手を貸す偽善的な行為。
彼の行動の一つ一つはどれも人と大きく変わるところではないのだが、彼が他者とは違うと私に思わせるものがあった。
聖戦に参加しなかった彼に対して中傷をする輩への無関心に近い拒絶。
それはひどく単純でわかりやすいというのに、彼は独りになるとその小宇宙を大きく変貌させる。
凪いだ海のようだったその小宇宙は内へと向けられて外のことを堅固な壁のようなものを作り出し遮断してしまう。
それはあまりにも見事なほどの変わりようで、カミュの言っているクールというものを体現しているのではないかと思う。
その時の彼の小宇宙からは彼以外の世界のことなど認識していないと感じるのだ。道端の小石ほどにも他者のことを意識していないだろう。
普段の彼は他者に必要以上に気を使っているような態度をとり、小宇宙もどこか女性的で穏やかなものである。
「あの者は何者であるのか」
神ではなく人。悪ではなく善に属する者。そう己の感は告げてはいるものの、ではあの者は何かという問いに答えは得ていない。
師であるカミュにそれとなく訊いてはみたが、納得出来る回答は得られなかった。
カミュの弟子達の中でカミュに最も近いのは氷河、その教えを体現したのはアイザックであろう。
ではという弟子が何なのかと言えば彼等の中で調和をとってはいても、似て非なる何かを持つ者。
何処かに消えてしまいそうな気配を持ち、それを繋ぎ止めるのは……絆、か。
師や兄弟弟子達との絆によって、あれは現世へと引き止められている。
神仏との対話の中であの者という存在を紐解く。それでもなお答えを得られない。
私は知っている。人と神との差を、私と人の差を。
「解らぬ」
他者が抱くのを見たことはあれどかつて私自身が抱いたことはないものを感じている。
それは理解できないものに対する恐れ――…あの者は一体、何者なのであろう?





LIBRA

聖域と五老峰を行き来しているのは春麗を一人にしておくのが忍びないがゆえ。
己以外の黄金聖闘士達の誰かが聖域に滞在しているため、任務外の私用の時間を五老峰で過ごせるのは大変にありがたい。
「だが、あれは如何なものかのう」
聖域に戻ってきたところデスマスクとカミュという珍しい組み合わせを見掛け、気になり近づけば耳に入ってくる会話。
「デスマスク、私の弟子を夜の町に連れ出そうとするな」
デスマスクが氷河と共に出かけるほどに交流があるとは知らなかったのう。
「何も如何わしい店に連れ込もうなどとしてねぇ」
「お前の存在自体が如何わしいのだ」
カミュよ。それは流石にひどいというものではないだろうか。
強さこそ正義というデスマスクの信条によって、サガが偽教皇であると知っていながら味方となってはおったがそれもデスマスクなりに地上を護れると思ってのこと。いわばデスマスクとは悪ぶっておるだけで、根は良い子なのじゃぞ。
「おまっ!俺の存在を全否定かっ!」
「存在はしていても構わないが、はまだ子どもだ。悪い影響を与えたくはない」
という名は氷河ではない別の弟子のことであったな。なるほど氷河のことではなかったのか。
そのカミュの弟子については話には聞いておるが、わし自身が話したわけではないが良き聖闘士であると聞く。
そのような者とデスマスクが自ら交流を持とうとしているとは良きことだ。
「ヴェネツィアのカーニバルに誘っただけだろうがっ!」
「私はその時期は任務がある」
カミュも一緒にと誘っておるのか?
「はぁ?だからどうした」
黄金同士、絆を深めるのは良いことだとは思うがデスマスクの様子から違うようじゃな。
「夜間外出は保護者が必要だろう」
夜間外出、保護者?というものは紫龍と同年代であったはず。
「白銀聖闘士に何言ってんだ」
「それとこれとは別だ。私の弟子達の実力は知っているがまだ未成年なのだ」
カミュの弟子への熱い想いを知ってはおったが、平和となった聖域において方向性が変わったようじゃな。
いささかその方向性を間違えておるように思うのだが、大丈夫なのかシオンにでも訊いてみようかのう。
「なら、俺が保護者代わ」
「相応しいと思うのか?」
デスマスクの言葉を途中で遮ったカミュの声は同じ黄金聖闘士相手かと思うほど冷たい。
仲間想いであるカミュだが、弟子のほうが可愛いということじゃろう。
「あー、否定されるよりも何も言えねぇ」
肩を落とすデスマスク、否定されれば反発したのだろうな。
「では、私は任務のために聖域を空けるがには任務外での外出を禁じたため誘っても無駄だ」
その言葉を言い放つと宝瓶宮のほうへとカミュは背を向けた。
「……そこまでするか?」
わしもそう思うぞ。デスマスク。
「老師、その目はやめていただけませんかね」
気配を特に隠したわけではなかったので二人共気付いていたのだろう。
去っていたカミュもわしの方を一度見ておったしな。
「不貞腐れるでない。しかし、聖域も平和になったものだのう」
デスマスクの隣に立ち、しみじみと思う。
「そりゃあ、当然ってもんでしょう。あれだけ俺等が阿呆を演じたんですからね」
冥衣を纏った黄金聖闘士達はシオンに言われ一芝居を打ったのだ。
神も仲間も騙すためとはいえ誇り高き聖闘士としては苦渋のものであったじゃろう。
「おまえが平和を満喫しておるしのう」
「まぁ、悪くはありません」
偽悪的な態度をとるこの者が、素直にそう言えることを嬉しく思う。
多少、黄金聖闘士として情けないのではないかという言い合いをしていたとしてものう。







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