黄金連奏01
ARIES
師であるシオンと私を似ているとシオンと私の関係を知らなかった彼が言ったことがある。
シオンから継いだ技を見せたわけでもないのに、何故彼は私とシオンが似ていると思ったのだろうか?彼は私とシオンの絆を感じ取ったのだとしたら、その優れた感性に感心すると同時に惜しいとも思う。
カミュの弟子の中で最も小宇宙の扱いを長けているという彼はテレキネシスの才能を持つ、それゆえに微細に小宇宙を操ることが出来るのだろう。
「私が師であればどうなったでしょうね」
「貴方が師だったらですか?」
私が師であれば彼のその才はもっと強くなっていたかもしれない。むろん師としてカミュが相応しくないわけではない。
その証拠に聖闘士の中でも優れた小宇宙の操り手として開花し、クレーターの聖衣をまとうまでになっているのだから。
シオンのことがあり聖域からの干渉を退けていたかつての己はサイコキネシスの才があろうと聖域からの経由での弟子はとらなかった。
もしも、サガの乱がなく彼を弟子としていたら彼は貴鬼の兄弟子として……
「もしも、など考えても仕方ありませんが貴方のサイコキネシスの才は素晴らしいものがありますからね」
「ありがとうございます。黄金聖闘士である貴方にそう言って頂けるほどの才があるのならサイコキネシスの鍛練を増やしてみます」
聖戦が終わり戦後の処理もひと段落し、心に余裕が生まれてしまったがゆえの夢想。貴鬼を弟のように可愛がるという少年との触れ合いで生まれてしまったもの。
師であるシオンが殺され、ジャミールで孤独に過ごした日々にあの穏やかな少年が居たのならという思いは甘えだ。
私は師を失った聖域から離れることで孤独になり、それでも孤独には慣れることのなかった。黄金聖闘士であっても人であり、孤独は人を歪ませるものだ。
幼い貴鬼が傍に居なければ私は教皇を演じていたサガへと問い質していたかもしれない。
「師に似て努力家ですね。カミュの弟子となったのは必然であったのでしょう」
シオンを失って聖域を信じられなかったあの頃の自分の前に彼が居たとしても、私はカミュのように師とて振る舞えたかはわからない。
全てを受け入れるかのような穏やかな小宇宙を持っていたとしても彼は年下の少年であることには変わりないのに、黄金聖闘士としての誇りなどなく依存してしまっていた可能性とてあるだろう。
アテナの全てを包み込むような慈愛を感じる小宇宙と似ているようでいて違う彼の小宇宙は不安定な人間には危険でもある。彼に執着し、彼からの反応に満足できない場合は反発することもあるだろう。
「気をつけない。貴方の小宇宙は時に人を惑わせる」
「惑わせる?」
私の言葉に驚いたように目を真ん丸にした彼が、普段よりも幼く見えて思わず笑ってしまう。
「貴方は神ではないからこそ、手に届くかもしれないと人は思うものです」
今日は一緒に過ごすのだと楽しみにしていた貴鬼を迎えに来た彼と貴鬼の仕度が出来るまでのちょっとした会話であったはずだった。
それがどうしてこのような話になったのか私達のどちらも理解してはいないだろう。
「、お待たせっ!あっ!ムウ様」
「貴鬼、夕飯の時間までには戻ってくるのですよ」
「はい」
聖域の外へと出かけるために目立たぬよう外での一般的な服装に着替えた貴鬼が近づいてたことに気づいていたために言葉をかける。
元気に返事をした貴鬼に頷いてから視線を先ほどまで話していたへと戻す。
「お話をありがとうございました。それでは失礼します。……貴鬼、行こうか」
問いたげな視線をこちらに向けながらも何も問うこともなく彼は貴鬼と共に背を向けた。
それに安堵を覚えながら、同時に残念に思うのは自分が己が考えている以上に彼を心に住まわせていることなのかもしれない。
貴鬼の仕度に少々かかったからか氷河とアイザックの二人が達のところへと駆け寄る姿にどこか胸が締め付けられる。
道は違えど仲の良い兄弟弟子達の姿、それは悪いことではなく何を思うことがあるというのか。
奇妙な心の揺れを目を瞑り息を深く吐き出すことで吹き飛ばし、休めていた聖衣の修復へと戻る。修復できていない聖衣はまだあり、私事で時間を悠長に消費している暇はないのだから。
TAURUS
初めて会った時には覇気がないと感じたと記憶している。話しかけても反応らしい反応はなく、手を引けば歩きはしてもその視線は地面へと向けられていた。
修行を行っても聖闘士となることはないように思いカミュの下へと連れて行くのはカミュにも彼にも酷ではないかとも思ったのだ。
その考えは間違いかもしれないと思ったのは、カミュの下に連れて行った彼がその名を名乗った時だ。意識不明の姉の名を名乗り、彼の瞳は子どもとは思えないような瞳をしているようにあの時の俺は感じた。
送り届けるだけのはずの幼い子どものことは心の片隅にそれから残り続けたが、会いに行くことはしなかったのはカミュの弟子である彼らの修行の妨げになるかもしれないという考えのほかに彼が万が一にも潰れるようなことがあればそれを見たくないという感傷もあったのだろう。
彼のことを俺はまるっきり知らなかったわけではなくカミュから近況のことを書かれた手紙は受け取っていた。送り届けただけの俺にワザワザ知らせてくれる彼にらしいと笑ったものだ。
だが、それを微笑ましいと読んでいられたのも彼らが聖域で過ごすようになる前までだった。
最近ではの友人が増えたことで書くことが多くなったのか封筒に入っている便せんの枚数が増えており、任務から戻るとカミュからの手紙を読むのがここ最近の慣習になった。
任務で空けることはあるとはいえ、同じ聖域内で会うこともあるのだからの近況報告の手紙は必要はないのではないだろうか。そうは思えどそれとなく伝える機会を尽く逃し続けている。
今回の手紙にはがサイコキネシスの修行に力を入れ始めたらしく日常生活の細々としたことをサイコキネシスで行っていることや彼は甘い物が好きなようで自身でもお菓子を作りカミュ達や友人である星矢達に振る舞うことなどカミュからの手紙には書かれており私はかなりに詳しくなっているような気がする。
当人であるとは会った時に時間があれば立ち話をし、鍛練の時間が合えば共に鍛練をすることもあるが彼はこれほど俺が彼のことを知っているとは知らないだろう。
「次こそカミュにの近況の手紙はもう必要ないと言おう」
心に強くそう刻み込んで今回の手紙を今までのカミュの手紙と共にまとめて紐で縛っておく。
のことが書かれた手紙を最初の一通から残してあるのは自分なりに彼のことを気にかけている証であるのかもしれない。
「今度、この手紙を見せてみても面白いかもしれんな」
カミュは弟子であるの前ではクールな振る舞いをしているようだが、この手紙をが読めばどれだけ師に愛されているか解ることだろう。
GEMINI −SAGA−
星矢達の治療のために日本から聖域へと戻ってきたクレーターのの姿が視界に入り足を止める。
カミュやその弟子達ついで星矢達と居ることが多い彼が珍しくも一人になっているようだった。
当初の印象とは違い彼はアイオロスのような人の輪の中心にいるのではなく、少し離れて人の輪を見ていることが多く年齢よりも大人びた印象を持つ少年で、
個性ある星矢達と接する様子から、ただあるがままに人を受け入れるその姿はアテナのように包容力がある人間なのだろうと思わせるものだった。
謝罪をしようと思ったことは何度もあった。デスマスクと親しく接している姿を見て、自分自身も話してみたいとも思った。
それなのに彼が時折浮かべる表情に違和感を覚え、彼にかけるべき言葉が思い浮かばない。
彼がその表情を浮かべるのは大抵は親しい人物に彼自身が褒められた時だ。
謙遜の言葉を口にしながら言いたいことは別にあるとでも言うように瞳を彷徨わせる。
意外なことにそれに星矢達、兄弟弟子である氷河達や師であるカミュですら気付いていない様子だった。
彼の近くではなく離れたところから見ている自分だからこそ気付いたのかもしれない。
「何を愁いているのだろうか」
その理由を知りたいと思いながら、彼にどのように思われているのかが不安で近づくことが出来ない。
「まるで恋する乙女のようだな」
「なっ!何を言う」
背後から聞こえてきた言葉に振り返れば楽しげに笑う親友が居た。
「しかし、流石に星矢達と同年代の少年は不味いぞ」
人をからかうを好む性質だと知っているのだから軽く流せばいいと理性はつげている。
「恋などしていない。ただ謝る機会を作らねばと思っているだけだ」
「真面目だな」
「けじめは必要だろう」
偽りの教皇として振る舞っていた日々のことを聖域の者達には個別ではないが謝罪した。
その時に居なかった者達に対しても個々で謝罪し、彼等からの言葉も己自身は受け止めたとは思っている。
「そう考えているのにに対してはまだ謝罪していないのか?」
が聖域に戻ってからひと月は経っているのだ。
彼が疑問に思うのは当然のこと。
「私は怖いのだ」
「何が怖いんだ」
多くの者は私に対する恨みを飲み込み、これからの行動での贖罪を求めた。
「彼に謝罪し、許されることが……」
「サガ」
「私は誰かに責めて欲しいと思っているのかもしれない」
アテナは私と私の中にある悪を受け入れ許し、目の前に居る友もまた私を受け入れ許してくれた。
それには深く感謝しているが心のどこかで許されたことに私自身が納得していない。
「いつかサガ自身のことをサガが許せることを俺は願っている。だが、やはりに対してそのようなものを求めるのはどうかと思うぞ」
「……わかっている」
穏やかな小宇宙を持つ者だからこそ私を許さないと言うようなことはないだろう。
視線の先に居る彼が声を掛けられそちらへと向かうその姿を目で追う。
「これは恋のほうが幾分か良かったかもしれないな」
「どういう意味だ?」
アイオロスの意味がわからない言葉に問う。
「人の心は複雑なのだとお前を見てて思った」
またも意味のわからない言葉を言ったアイオロスは笑って手を振ると去っていく。
勝手なものだと思いながら少年が居たほうへと視線を向けたが彼の姿はもちろんなかった。
人の心が複雑なのは知っている。長く悪の心を巣食わせ続けた己、抑圧すれば抑圧するほどに膨れ上がった悪心。
あまり心を抑えこんではならないと私は学んだ。けれど全て心が命ずるままに行動すれば世界は混沌となるだろう。
「バランスなのだろうな」
かつての私の所業を許されたことで、そうではない人間を求めようとしていた。
傾いた天秤の片方の重し役を己より十以上も年下の者に求めるのは間違っている。
何よりある一定の距離までしか人を近づけないのだから、私の望みなど叶うはずがない。
それに少年に甘い師や兄弟弟子達は私が彼と親しくなることを黙ってはいないだろう。
GEMINI −KANON−
弟分とも思っているアイザックの弟弟子を聖域ではなく外で見かけた。
任務もなく買い出しついでに街に出ていた俺の視界の先に目立つ銀髪の知っている人間を目に留めて気がついたのだ。
デスマスクの後ろを小走りで付いていく姿に親鳥についていく雛鳥のようにも見え、最初はデスマスクの小間使いなのかと勘違いをした。
先を歩いていくデスマスクに歩調を緩めるように主張する子どもの言葉を笑いながら受け流すデスマスクと二人は随分と親しげな様子で、ついて歩く子どもに注目すればクレーターのであるとわかった。
奇妙な組み合わせだと思うと共にあの子どもはあんな風に笑うことがあるのかと驚いた。
かつて俺が望んでも得られなかった人との繋がりを持った年若い聖闘士にはサガのようだという印象を俺は持っていた。
そんな真面目そうな子どもが悪い大人の見本のような男の後を楽しげについていくのだ。
何だか悪い場面を見たような気がするのは気のせいだろうか。
デスマスクは立ち止まると乱暴な仕草で子どもの頭を撫でその髪を乱し、それを抗議したようだがすぐに呆れたように笑っているのが見えた。
手ぐしで髪を整えながら今度は歩調を緩めたデスマスクの隣を歩く様子からして許したのだろうと推測できる。
「あんな風に笑うのか」
聖域で見かけた時に見たのは穏やかに笑う姿ばかりで、子どもらしくないと思っていたのだ。
「……ああ、そうか」
聖域では子どもで居られないだけなのだ。聖闘士ともなれば聖域では一人前であり、それは歳など関係はない。
それを理解でき、他人のことを気にするのであればその振る舞いは子どもらしさなどないはずだ。
身近に居る大人である師は親ではなく甘える存在ではない。張り詰めた心を緩めることが出来る存在は貴重だろう。
「しかし、それがデスマスクって何の冗談だ?」
良い兄貴分といった様子のデスマスクだが女子どもにも容赦がない男のはずだ。
聖域での星矢達に対する態度からして年長者として振る舞うつもりもないだろうに。
アイザックが気にするようにあの男もまた入れ込んでいるのかもしれない。
CANCER
「おいおい、宗教かよ。そういうのはアテナだけで充分だろ」
そう吐き捨てるように言った俺の視線先には年が離れた友人が居た。
彼の周りには同年代の青銅達が居て彼に対して興味を引こうとするかのように話しかけている。
別段にそれが不思議というわけではない。少年は聖域という特殊な場所において珍しいほどに戦いの匂いがしない人間だからだ。
俺自身も心が荒れている時に彼と話せば不思議と心が落ち着いたのは何度か経験している。
そうと知ってはいても歳若い者達に混じって彼に話しかけようとは思わない。
あいつもまた誰かが居る時に俺にわざわざ話しかけるような真似はしないのは俺があまり集団を好まないのをわかっているのだろう。
今も目は合ったが頭を軽く、日本の習慣の会釈だったか、それをするだけで小僧達との会話に戻ったようだ。
「子守りも大変だ」
星矢達と同年代にしては大人びた思考を持つあいつは無意識にか奴らの面倒を見ている。
師であるカミュの前ですら子どもめいた言動をすることがなく、そつが無い印象を受ける。
人望が厚い心正しき聖闘士、まるでかつての誰かを思わせるような聖域での姿は俺からすれば鼻で笑うようなことだ。
その姿が偽りであるとまでは言わないが、という人間の一面でしかない。
あいつはちょっとしたことで不機嫌になるし、存外に手が早く俺が言ったことで気に入らないと手や腕を叩いてくることがある。
それは一種の甘えなのか俺以外の誰かに似たような態度をとっているのを見たことはない。
俺が黄金聖闘士だと忘れても居るんじゃねぇか?と、思うこともあるぐらいだが変に畏まられるよりはマシだ。
聖域では話していて苛立たない人間は貴重だ。またメシにでも誘ってやるぐらいには気にいっている。
師や兄弟弟子には見せないような表情を俺には見せるっていうのは……まぁ、役得なんじゃないか?