偽りの奇跡

本編 〜20〜


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シラバスとガスパーがログアウトした後、私は暇つぶしとして低レベル帯のエリアを繰り返していたらクーンからの連絡が来た。
レベル上げを手伝って欲しいという内容で、それを意外に思ったけれど私はそれに了承の返事をし、エリアのプラットホームからマク・アヌのカオス・ゲートへと戻る。
こういう時はいつもカオス・ゲートで待ち合わせだから移動する必要はないが、今回はクーンはカオス・ゲートに居た。もしかしたら、カオス・ゲートで私へと連絡をしたのかもしれない。
「お待たせ、クーン」
姿を確認してすぐに声をかけるとクーンは笑顔を浮かべて近づいてくる。
「こんばんは、
「こんばんは」
時間など私にはあまり関係ないが挨拶されれば挨拶を返す。挨拶は人間関係においての基本だしね。
「あー、あのさ」
人の様子を伺うようにクーンが此方を見ながら、歯切れ悪く言葉を発する。
「何?」
この様子だと純粋にレベル上げしようとか思ってなさそうだ。まぁ、元々から何か別の用件があるんじゃないかとは思ってたけど。
「その……リーダーは俺でいい?」
「いいよ。エリアも任せる」
「そっ、そうか」
あからさまに違う事を言いたくて言えない感じは何なのか。この雰囲気は微妙過ぎて困るんだけどな。
クーンってナンパしてる時は口調はすべらかなんだけど、私にはあの口調で話さないし。
エリアをクーンが選択したらしく一瞬の浮遊感、何度も行なわれた慣れた感覚の後に視界が神社の境内のような場所へと変わる。
ダンジョン系の方が基本的には歩く距離は長い気がする。特にMAPのすべてを回ろうと考えると一度行ったところを逆走したりするしね。
「行くぞ、
クーンが一声かけると進み出す。
「了解」
私もそれに返事をしてその後を追うように走る。
抜かないように走るというのもこれが実は難しく、よく皆走れるものだとシラバス達に聞いた事がある。
その時の返答はピッと選択一つですむんだって話だった。
私もそうすればいいと言われたけど、生憎と私にはそんなボタンはありませんからね。
自分でついて行くのが趣味だということにその後からなったのは良い思い出だ。たぶん。
「ねぇ、クーン。何か話があるんじゃないの?」
クーンの後ろについていって第一層をクリアしてから声をかける。
私が声をかけると走っていたクーンが立ち止まったので私も立ち止まる。
「やっぱり、バレてたか」
困ったような笑い顔でクーンが振り返る。
「バレバレですよ」
その表情が聞いて欲しくなさそうでいて、聞かれてホッとしているようにも見えて私はどういう表情をすればいいのかわからず肩をすくめ た。
「シラバスから連絡があったんだけど」
その言葉で彼が何を言いたいのか判った気がした。
「ギルマスの件?」
彼がワザワザ、私に連絡を取るのはそれぐらいだろう。
「あっ、ああ。その悪かった。俺はがそんなにギルドマスターが嫌だったとは思ってなくて」
「はっ?」
いきなりの謝罪に私は素っ頓狂な声を上げる。目が点になるとはこの事だ。
一体、何処から私がギルドマスターが嫌だという話になるのか。
「嫌いだからハセヲに譲るんだろう?前にも似たような事を言ってたし」
「あー」
納得だ。確かに私は人に譲るような事を言っていたし、現に譲る事を決めた。
それをクーンはギルドマスターが嫌いだったと思ったらしい。
「別に嫌いじゃないよ」
「そうなのか?」
クーンが意外そうに目を瞬かせて私を見る。
「何、疑ってるの?大体、嫌いだったらギルドマスターなんて放り出してるってば!」
「なら、どうしてハセヲに譲るんだよ」
「ハセヲはそうした方がカナードに顔を出すと思うからだけど?」
私にとってハセヲがカナードに入るのは決定事項だ。それは私がこの世界の未来を知っているからこそ断言できる事。
私はこの世界を少しだけ知っているが為に『逸脱』した行動が取れない。いや、取ろうとは思わない。
少なくとも私が知る物語のようになるのなら、知っているところまでは無事でいられる事が出来るからだ。
これはハセヲへの裏切りだろう。彼が知りたい情報を持っているのに教える気などない私はハセヲを裏切っている。
そして、これから起きるだろう事件を警告する事も、回避しようとする事もなく待っている。
これは皆への裏切るであるのかもしれない。彼等が傷つくだろう未来を知っているのに……。
運命だという言葉で私は自分を騙す。私が黙っているのは当然のことであり、喋る事こそが余計なものなのだと。
「そっか。はハセヲの事を解ってるんだな」
きっぱりと言い切ってしまった私に何を思ったのかクーンが妙な事を言う。
「……どうかな」
私はハセヲという『主人公』を見ているだけで、彼自身を理解しているとは言えない。
ハセヲに手を貸す気なのも、彼が物語の主人公であると知っているからに他ならないだろう。
「きっと、解ってないと思うよ」
クーンがハセヲを気にかけているのは彼の好意だろう。だけど、私がハセヲを気にかけているのは好意であるとは言い辛く、
ハセヲを気に入っている私も確かに居るけれど、彼を気にかけている私の行動が打算でないとは言い切れないのだから。

私の名が耳に響く。それが責めているように聞こえて私は言葉を必死に紡ぐ。
「クーン、私はハセヲのように何かを求める気持ちは解らない。
 でも、それに少しだけ手を貸してあげたいという気持ちは本当だよ。
 彼が求めるものの為に力を貸してあげるつもりなんだ」
いつの間にか皆をゲームのキャラだと割り切ることが出来なくなった。なのに、どうしてハセヲだけが私の中で違うのだろう。
、泣いてるのか?」
泣いてなどいない。私の瞳から涙は零れ落ちてはいない。
がいつも頑張ってるのは知ってるよ。だけど頑張りすぎているんじゃないのか?
 肩の力を抜いて楽しんだらどうだ?The Worldはゲームなんだからさ」
どくんっと大きい音がした。いつもは聞こえない心臓の音が聞こえる。響く音、クーンの声が遠く聞こえる。
「どうした?」
あぁ、納得したくないのだ。これがゲームであると理解しても納得はしたくない。
The Worldはゲームだ。.hack//G.U.はThe Worldというゲームがある世界をゲームにしたものだ。
なら、そんなゲームの世界に『現実』から飛び込んだ私は何なんだ?The Worldというゲームの世界に括られた私は何だ。
!」
音が遠くなる。耳にクーンの声が入ってくる。
「ごめん、クーン。眩暈がした」
「大丈夫なのか?」
心配してくれるクーン、だけれど今はそれが辛い。
「少し辛いかな。申し訳ないんだけれど、今日はこれぐらいでログアウトしていい?」
彼等の物語は始まった。
『主人公』のハセヲ、それを取り巻く様々なキャラクター達。
役割を振られた者達。それなら、それに組み込まれていない私は何なのか。
「あぁ、それは構わない。ログアウトしたらすぐに休むんだぞ」
「うん、久しぶりなのにごめんね……それじゃあ」
考えてはいけない。考えたら私は進めなくなる。
何も出来なくなってしまう。私は進まなくてはいけない。
物語の始まりから物語の終わりを見届けるために。きっと、そうすれば私は……。

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