偽りの奇跡

本編 〜21〜


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クーンとはあれから1週間ほどだが会っていない。連絡をしていないというわけではなく彼から私を心配する内容のメールは届き私はそれに返信をしたが私からクーンを呼び出すようなことをしなかったし、クーンからも私を呼び出すようなこともなかった。
彼が忙しいのだろうことは少し考えればわかることであるというのにそれに寂しさを感じる。クーンと会うことになっても最後に会った時の別れが私としては気まずいので会うことになってもどう会えばいいのかわからないというのに……私って馬鹿だ。
そう思ったが少し人と話がしたくなって脳裏に浮かんだのはマク・アヌの橋にいつもいた彼、あの橋にはしばらく行っていないから彼と会うのも久しぶりだが迷惑でなければ少し話し相手にもらおうと私はマク・アヌの橋へと向かったがいつもそこに居た彼の姿はなかった。
ログアウトしているのかただ離れているのかはわからないがしばらくしたら来るかもしれないと彼がいつも座っていた場所の近くに立つと道行く人々を眺めることにする。
まったく知らない人、見たことはある人はただ過ぎ去っていくだけだが以前に話したことがある人が一言声をかけてくれたりすることが、私がこの世界に関わっているという証のようだ。
か?」
聞き覚えのある声にそちらを見ればハセヲがいる。
「おっ、ハセヲだ」
手を振るとこちらへとだるそうに歩いてきた彼に珍しく感じた。
以前の彼であれば声をかけても無視するか、頷くかぐらいだったのに今回は彼から声をかけてきて寄ってくるとは。
「いつログインしたんだ?」
「んー、少し前」
15分も経っていないはずなのでそう答えればハセヲが。
「もう少し早かったら誘ったんだけどな」
「そうなの?それは残念」
レベル上げ要員としてだとしてもハセヲのためになるのなら協力したのに。
「お前、ここしばらくイン率が悪いけど忙しいのか?」
ずっとログインしていた私なので特に用事がなければ部屋に引っ込んでいただけでそう思われたらしい。
時間にすれば1日8時間程度の活動時間に抑えただけだったけど前はほぼ24時間運営だったのでニートだとか勘違いされてただろうしね。
「別に忙しいわけじゃないよ。ログインしてなくてもメールは随時チェックしてるからそっちで呼び出してくれても大丈夫だし」
「ふーん」
リアルのことをあまり話さない私だがハセヲはいままで興味を見せることがなかったので関心がないと考えていたがそうでもないらしい。
私のリアルのことを話さない様子に少しばかり不満そうに見えたのでハセヲの中で少しは私のことが大きくなっているのかな。
彼が見せたゲームの彼とは少し違うその行動に不安を感じると同時に胸が痛むのは私の打算的な行動のせいか。
「これに懲りずに誘ってよ」
「そうする。じゃあな」
「うん、またね」
去っていくハセヲの背中を私は見つめる。彼がここにいたのは冒険のための準備をしていたからかもしれない。
ゲームの中では呼べばすぐに来て、すぐさま冒険へと旅立ってはいたがここでは呼び出しても5分から10分ぐらい待つのは普通だ。
呼び出すためのショートメールを送ってから準備をする人というのも珍しくはないし、時間の無駄を嫌うハセヲならそうした可能性は高い。
誘ったのはシラバスとガスパーだとは思うけどこの世界がゲーム通りでないところがある以上は違う人かもしれない。
この世界は私が知っているよりも広いからゲームの通りになる保証なんてない。
違うふうに話が進めばどうなるのかと不安になって、私はどうすれば良いのか迷う。
私が知るゲームとの違いでハセヲが進む先が違ったらどうなるのだろう。そもそも私という存在がハセヲと関わることの危険性を無視していたのは愚かだったのだろう。
私は一度だけ会いに来たけれど居なかった彼の居場所を見る。私が関わったことで変わったことで彼がここにいない可能性はあるのだろうか?私一人が増えたところでたいしたことはないと思うと同時に何か悪いことを引き起こした可能性も否定できないのだとも思う。
「やめやめ!変なことを考えても意味ない」
首を振って私は走り出す。どこか適当なエリアに移動してアイテム集めでもしてれば時間は潰せし、色々なアイテムを集めてハセヲにプレゼントすればハセヲの役に立つのだから何もしてないよりもきっといい。
自分が関わることで変わるというのならよい方向にするために頑張るだけだと決意して私はカオス・ゲートからエリアへと移動したようとしたがもうとっくに出発していると思っていたハセヲがカオス・ゲートに居る。
近くに誰も居ないのは相手を待っているのかと見守っていると彼に近づく女の子、金の髪に緑色の衣装で以前にも見たアトリだ。
彼女が近づくともたれていた壁からハセヲが身を起して、近づいてきたアトリへと何かを話しかけている。
慌てた様子で頭を下げているアトリの様子から彼女を誘ったらしいが思ったよりも来るのが遅れたようだ。
何度も頭を下げている彼女にハセヲがそっぽを向いたがアトリは嬉しそうに顔を上げる。
声は聞こえては来ないがあの様子からしてハセヲが彼女の遅刻を許したらしいとわかった。
「何か仲が良さそう」
ハセヲが好きなのは志乃であることは知っているけどその同型PCを使用するアトリも気になっているのだろう。
少し不思議ちゃんだがアトリは悪い子ではないのは知っているので2人が仲良くなるのはきっと悪くはないはずだ。
「あれ?」
カオス・ゲートに向かうのはハセヲとアトリの2人で他には誰も居ない様子に首を傾げてしまう。
もう一人、誰か誘えるのにハセヲは誘わなかったのかと……ああ、そういえば彼は私を誘う時は他に誰かを誘ったことはなかった。
死の恐怖であるハセヲだからあまり人と交流がないからかと考えていたけど今は違うのだからアトリを誘っていたとしても偶然会った私を誘えばいいのに……アトリに遠慮した?それとも私を他の人間に紹介したくなかったとか?
嫌な想像をしてしまう自分に切り替えたはずの気持ちがまた落ち込むのを感じて両手で頬を叩く。
アトリとは少しばかり話はしたが私の噂話を彼女が知っているのなら私のこともPKKだと思われていると思うし、PKKだからとハセヲに色々と言っていたアトリのことを考えればハセヲが私を紹介しないのも当然だ。
ハセヲは実は気配りの人だったりするのでアトリと私が相性が悪いかもしれないと考えれば同時に誘うことはしないだろうと思う。最初に誘ったのがアトリだったから私を誘わなかっただけだ。
そう理由を推測して気持ちを落ち着けはしたもののエリアに出る気分ではなくなったし、ハセヲに呼ばれることはないだろうから部屋に戻ることにした。
実質30分程度で活動らしい活動もしていないがたまにはこういうことがあってもいいだろうとカオス・ゲートからタルタルガへと移動した。



部屋へと戻って部屋にあるパソコンの前へと座りBBSの新着というところを流し読みしていく。
ゲームの時とよりも様々な書き込みがあるので重要な情報を探すのがかなり大変だ。
「ん?The Worldの有名人リスト……って、ちょっと荒れそうなタイトルだなぁ」
新しい記事だがレスは十数個ついているらしいので開いてみるとこれがまた予想通りだ。
有名人として月の樹といった巨大ギルドのメンバーや何らかの記録保持者などの名前が書き込まれているがPKやPKKどころかPKKKする人間のことまで書かれている。
それについて誰々は有名人ってわけじゃないとか、多くなりすぎているとか色々と否定的なことも書かれているし他の記事と比べると荒れている。
ゲームでは見たことのない内容なのはハセヲの性格からするとこういう書き込みが嫌いだから見ないということなのかな。
「うわっ、目撃情報まで」
有名人だとしてもよく見かける場所とか時間とか書き込みされているのは微妙だ。
とはいえ、有名人として知り合いらしい知り合いはハセヲと一応の欅ぐらい。
ハセヲについては最近見かけないし、PKKの噂を聞かないという話はあるが欅についてはあまり見かけないらしい。
月の樹でも見かけないのでログインしているかどうかも不明だという話が出ている。
彼は何やら情報を色々と持っている様子だしこんなところを知っていて利用できるのだからハッカーではないかと思うけどそういう人が巨大ギルドを作っているのは不思議だ。
人が多いほど情報は集まるかもしれないけど彼はそれ以上の情報を握っているようだし隊長達が彼に素直に情報を渡してくれるのか不明だと思うのは榊のせいか。
いや、欅に従っている様子の楓がいるのだしカリスマはあるのだろうから榊以外は情報回してくれるのかも?
彼のことにそうやって思考を廻らすのはバッチリとこの記事内に私の名前があって目撃情報まであるからだ。
PKK筆頭であった死の恐怖ハセヲの目撃情報がなくなった変わりに高レベルPKKとして私の名が出てきている。
PKKK、つまりはPKをする人を倒す人を倒すことを生きがいにしているという私には理解できない嗜好の人が私を狙ってるらしい。
エリアでの目撃が色々で低レベル帯でも見かけたりするのエリアで会うのは難しいと書かれているし、タウンではマク・アヌでの目撃情報が多いとかまで情報が載っちゃってる。
「PKKKなんて居なかったのに……」
ゲームではPKのところに乱入するばかりで乱入されたことなどない。とはいえ、これは逆にハセヲに迷惑をかけることになりそうだ。
そもそも同レベル帯で少し上のレベルのところをスキルとか気にせず使えばレベルは上がるんだからそういう消費アイテムをプレゼントしたほうがいいかも。
一緒に冒険するよりも裏方に徹していったほうがいいかもしれないと今後の方針を改めたところでメール新着の音が聞こえた。
まだBBSを見終わったわけではないが後でもみれるだろうと届いたメールを先に見ることにした。

送信者:ハセヲ
 件名:明日、暇か?

暇ならレベル上げに付き合え。

短すぎるその内容と裏方に徹しようとしたばかりというタイミングでの誘いに思わず固まり、その返事に迷ったものの私が狙われていると教えたところでハセヲはあまり気にしなさそうだし、誘われた時は一緒に冒険してもいいだろうと先程の考えを少しばかり修正して私は了解のメールを送った。




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