偽りの奇跡

本編 〜16〜


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お社風なエリアを私は獣神像を目指しながら周り残しがないように歩いている。
かなりお気楽な歩き方というかのんびりと歩いているけどマク・アヌからのエリアであればレベル帯は関係ないし、大して気負う事もない。

……ポーン……

二層目の二番目の部屋に入ると音、ハ長調ラ音が聞こえた。
私は適当なエリアに此処を選んで繰り出したことを後悔し、音が聞こえたことに私は自分の耳を押さえる。
「……っ!」
この音が聞こえるのはアトリだけのはずなのに何故この音が聞こえるのか。
気のせいだと思うながらも私は辺りを見回す。何の変哲もないように見える社、その社の壁に僅かな亀裂がある。
亀裂は徐々に修復しているようにも見えた。修復しているなら放っておけばいい。なのに、ハ長調ラ音のあの音がそこからもう一度聞こえた気がして気になった。
私が知る限りではゲームでこんなことはないはずで、それなら放っておいても物語に支障はないどころか放っておくべきだとすら思う。
思うけど、放っておけるのであれば私はカナードに入らなかっただろうしレベルダウンしたハセヲとも関わらなかった。
この好奇心が自分自身の身の破滅とやらにならないことを祈りながら私は亀裂を見にその壁へと近付き覗く。
亀裂から見えるのは真っ黒な空間と無数の光の線、それは表面だけでなくその奥へと続いているように見える。
真っ黒な空間で光の線は床を形作り、壁を形成してはいたけれどThe Worldにあるはずのない場所だ。
空間を覗き見させた亀裂は目の前で修復していき、ひび割れた様子すら無くなる壁が出来上がれば耳鳴りのようにずっと聞こえていた音は止む。
音はやはりあの亀裂の先にある不思議な空間から聞こえてきたと結論付けてもいい…――
「そこで何をしてるんですか」
明るい声が背後から聞こえ、驚いて肩を震わせてしまった。
考えことをしていた私には場違いには聞こえたその声の主を見ようと振り替える。
そこには見覚えがある二人のキャラクター本来は作成できないはずの角を持つキャラクターの欅、それに従う楓がそこにいた。
「えっ、あの」
私が見覚えがあっても相手は知らないし、見覚えがあるだけで彼らの正体はイマイチよくわかってはいない。
味方というには謎が多く、敵として思うには妙に友好的な彼らというか友好的な欅。
「此処の壁に何かあるんですか?もしかして、隠し扉とか」
突っ込まれたくない事を笑顔で聞いてくるのは確信犯的に思えてしまう。
それは彼があの月の樹のギルドマスターである事が関係するし、少年のような外見のキャラクターであっても中身がそうであるとは限らない。
「隠し扉とかはないんじゃなかったけ?」
The Worldにはそんなものはないはず、少なくとも私がしたゲーム内ではなかった。
「そうですね。The Worldをプレイしていてそんなことを聞いたことはありません」
なら、聞かないでよ。妙に私が見ていたもの、何処かへ繋がるらしいという点では類似していた為に驚いたじゃない。
そんなことを思っても、もちろん相手には言えない。
「でも、近頃のThe Worldは変だと思いません?黒い点とか双剣士のPKにキルされると意識不明になるとか今まで聞いたことがない噂話が飛び交ってますよね」
まるで友人に話すかのように明るい声と口調に私は適当に頷こうとして。
「錬装士のさん」
名前を呼ばれて私は彼を見る。変わらない笑顔がそこにあるのに無邪気さが一欠けらもないのは気のせいじゃない。
彼の斜め後ろに控えている楓さんはこの会話を見守るだけに留めているらしいけれど、私のことを警戒しているように見える。
警戒されるほどに私の実力をかっているとするのであれば良いかもしれないが、言葉をかけてきたのはそちらなのに失礼極まりないんじゃないだろうか。
「うわー、貴方に名前を知られているなんて吃驚しました。欅様」
少々、棒読みで私がそう答えると彼はクスリッと笑って。
「僕のことを貴女が知って下さっているなんて光栄です。あっ、僕のことは欅と呼んで下さって結構ですよ。今後のお付き合い的にもその方が気楽ですしね」
The Worldの二大ギルドの一つ月の樹のギルドマスターはそう言った。
今後の…と、いうことは彼は私に関わる気なのだろうか。
「私は月の樹の三番隊隊長の楓と申します」
私の不安はともかくとして、楓の自己紹介に私はぺこりっ頭を下げ。
「これはご丁寧にです」
此処でカナードのという風に言わないのは自分がすぐにカナードのギルドマスターを譲ることになると思っているし、
無駄だとは思うけど相手に下手にカナードの名前を知ってほしくない。警戒するのは相手だけじゃなくて、自分も警戒ぐらいする。
さん、今からお時間ありますか?」
ご丁寧なお誘い文句。
誘いかけるよりも自分のギルドを面倒見たらと思うのは、私だけじゃないと思う。
ギルドマスターだから面倒をみなくてはいけないというわけじゃないけどね。
これだけ大きなギルドなんだから放任主義もほどほどにしとけって思う。
もしくは逆にケストレルぐらい放任主義の方が清々しい。
「えっと」
ギルドについての考えはともかくとして、誘いには何と答えたら言いのだろう。
「タウンに戻ってメンバーカードを交換しましょうよ。その後で一緒に行って欲しいところもありますしね」
キャラクターの身長差の所為で欅に上目遣いでお願いされることになった。
見た目としては小動物のお願いという感じで可愛らしいのに、妙にプレッシャーがかかる。
こんな相手によくギルド乗っ取りを企てようと榊は思ったものだと彼についての評価を上げたというか下げたというか。
私だったらこういう相手にはあまり逆らわないようにしたいと思うものだけれど、そうなると一緒に行くことになるのかな。
「参りましょうか。殿」
まだ答えてすらいないのに彼女は言った。
つまりは彼女の中では私が彼等と一緒に行く事は決定事項らしい。
「そうですね。行きましょう」
笑顔の欅にその付き人的楓というこの二人の組み合わせは調子が狂ってしまう。
きっと、強固に断れば彼らとて納得してみせるだろうけれど……
微妙な回答というか態度は自分たちの都合がよい答えとするぐらいしないと巨大ギルドは支えてられないのかもしれない。
二層目のプラットホームが近いので導きの羽とか使う必要もないだろうと二人もそう思っているかそちらの方へ向う様子なので私もついて行くことにした。



まだあの音が耳に残っているけれど、もう此処には何もないだろうから…――

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