偽りの奇跡
本編 〜15〜
カオスゲートから冒険に出る為に扉を潜った瞬間。
「メールでもチェックしにログアウトでもするか」
妙に疲れた独り言を言う黒い錬装士の背後に立っていた。
シラバス達と出会わないようにと時間を潰していたら考えていた以上に時間が経っていたらしい。
彼らがエリアから戻ってきている状況なんだから。
「何、独り言を言ってるの?ハセヲ」
シラバス達とはもう別れている様子なので話しても問題ないだろうと声をかけた。
「なっ!か?」
後ろから声をかけたので驚いたのだろうハセヲがバッと振り返る。
「いつからそこにいたんだよ」
「独り言を聞けたタイミングぐらい」
軽く肩を竦めて私が答えたけど、ハセヲはそれについての返答はなく妙に押し黙って私を見た。
なんでそんな視線を向けられるか解らなくて私はじりじりっと後ろに下がり。
「何よ」
私の様子にハセヲは呆れた表情を浮かべながら肩を竦め。
「あのさ、何で俺だとわかったんだ?」
しまった。確かにハセヲはデータドレインされ133レベルから1レベルになってるはずだ。
見た目だって、3ndフォームから変わってるのに……。
「やっ、えーと。声聞いて」
良かった独り言を聞いといて。
「見た目すっげぇー変わってるのに?別人とか思わないか普通」
「錬装士って見た目変わるしさ」
見た目変わってもレベルダウンなんてしないけどね。
「――…ジョブエクステンドのイベントは今してないだろ」
公式のサイト見てないから知らないよ。と、心の中で呟く。
あっ、でもゲームが始まったんだからアリーナ戦まではエクステンドは起きないか。
「しばらく会ってなかったから……って、あーもう面倒だな。
ハセヲだと判ったから声かけただけだし深い理由なんてないの。
別にハセヲはハセヲだったんだからいいじゃない」
言い訳を考えるのに疲れてきたので適当に投げる。
適当に投げたのが判った様で……。
「あー、はいはい」
呆れたようにそう言ったハセヲだけどそれで納得したらしい。
何というか真面目に答えた時の方が怪しかったのだろうか。やはり人間、自然体が一番って事よね。
「それにしてもハセヲはキャラ作成しなおしたの?」
見た目が変わったことに突っ込んでおこうと今更だとは思うけど私が訊ねるとハセヲはムッとしたように。
「ちげぇーよ。初期化されたんだ」
「……そんなイベントがあるの?」
自分で言っといて何だけど、そんなイベントをオンラインゲームでしたらどれだけの苦情の嵐だろう。
「イベントとかじゃない」
知ってるのを確認するというのも骨が折れるなぁ。
でも、知らないはずのことを私が知ってたりすることがばれないように此処でちゃんと聞いておかないと。
ハセヲやG.U.メンバーに疑われると後が動きづらそう。
あっ、G.U.メンバーにはもう疑われてるかもしれないけどさ。
「CC社には連絡した?」
首をふったハセヲだけど肩を竦め。
「またレベルを上げるだけだ」
確かもうパイと出会ったはずで、ハセヲは危険な力だろうと目的の為に使おうと考えているはずだ。
それをダメだと諭す必要は今はなく、そもそも彼を諭す人は私ではない。
「うわっ、前向きというか何と言うか。私だったらCC社に文句の一つや二つ言ってるところだけど」
「文句を言ったところで変わらないだろ。そろそろログアウトするから」
CC社に文句を言ったところで丁重なメールがきて終わりかな?
もしかしたら逆に新しいPCを作成し、なんてメールかもしれない。いや、それは彼が許さないか。
ログアウトしようとしているハセヲにその前に渡すものがあった。
「待って、頑張り屋なハセヲ君に」
渡そうとしたのは私のメンバーアドレス。
初期化されているのであれば私のメンバーアドレスも消えてしまっていることだろう。
「いつでも呼んでよ。レベル上げのお手伝いするからさ」
にっこりと笑顔で渡したのにハセヲは。
「――…サンキュー」
ニヤリッと笑った。今のハセヲにはコイツを利用してやろうかって雰囲気がある。
それは悲しいけどハセヲの様子をそこそこ傍で見られるポジションだからいいか。
利用しようとでも考えてないと『仲間』とか作れないぐらい気持ちに余裕がないかもしれないし……。
「じゃあな」
「はいはい、またね」
そう好意的に捉えておきましょう。私の心理状況の為にも、ね。
私はログアウトして消えていくハセヲにバイバイと手を振って見送った後で適当なエリアに繰り出した。