偽りの奇跡
本編 〜13〜
あの二人にギルドに行くからと言ったからと行く必要はなかった。
必要はなかったものの何処に行くか迷ったのでギルドに行くことにした私はこのカナードというギルドが今の私にとってかなりの割合を占めているらしい。
今、自覚するなんて本当に今更だなぁっとため息が漏れる。
「ねぇ、」
「んー?」
シラバスに名を呼ばれて私は彼を見る。
「どうかしたの?」
今のため息をバッチリと聞いていたらしいシラバス。
「何をしようか考え中なの。今日は狩りをするような気力が起きないからさ」
まだガスパーはインをしていないのでハセヲはまだ戻ってきてはいないだろうから、
少しぐらい彼と会話していても大丈夫だろうと誤魔化しも兼ねてそう言えば。
「えぇーっ!が狩りに飽きたの?」
ガガーンッと仰け反る仕草をしたシラバス。
「何か問題でもある?」
そんなシラバスを思わず睨んでしまうのは仕方がないと思う。
「普段のの行動みてると狩りのウエートが大きいじゃない。
よくそれだけ狩り出来るなぁと常日頃から思ってたし」
まるで私が狩りしかしてないみたいじゃない。
これでも情報集めの為に街にいる時間もそこそこ長いのに。
「……ネット廃人とでも?」
「そこまでは言わないけどさ。って生活感があんまり感じられないよね」
私自身も感じていない生活感なんて感じられるわけがない。
シラバスって意外と見てるところは見てるというか実は侮れない存在なのかも、ただ素直に私の今の状況を話したりは出来ない。
話したとしても信じてもらえない可能性は大だし、自分達が別の世界のゲームの登場人物なんですって信じられるわけがない。
私がもしも誰かにそう言われたとしても信じる可能性は皆無だし。
「生活感は自分でも感じないんだけどさ。常時ネットに繋いでるのは必要だからなわけですよ」
ネットというよりもThe Worldに縛られているだけだし、必要というかそうなっちゃってるから仕方がなくというのが正直なところだけどハセヲ達の今後が気になってるので今のところは苦にはなっていない。
「へぇ、仕事か何かで?」
「まぁ、そんなとこ」
違うけど。今はこれでというか此処で生活しているのだから嘘ではないということにしとこう。
ただこれ以上は話してるとボロが出てきそうなので話題を逸らさないと大変かも……。
「あっ、今さ。ガスパーからログインしたって連絡来たよ」
ナイス、ガスパーっ!と、話題がそれたので私は心の中でガスパーに拍手を贈る。
二人でやり取りをしているのだろう少しの間があってから。
「ガスパーが初心者に向いてるワードがあるから試してみようって言ってるんだけど」
「うー、悪いけど今日はパスで」
本気で調子が悪いわけではないけど、一緒に居ると都合は悪い。
此処でハセヲと出会うのは私ではなくシラバスとガスパーなんだからさ。
「だよね。ねぇ、狩りに気分がのらないのは体調が悪いからかもしれないよ。
もしくは眼が知らない間に疲れてるとかさ」
予想していたというようにシラバスは頷いたものの、少し心配そうになってきた。
「……あー、そうかも少し眼を休めることにするわ。またね」
シラバスの言葉に納得したように頷きつつ、私はその場を離れる振りをする。
ログアウトではなくリアルのプレイヤーが何処かに行った振りだ。
「うん、わかった……って、キャラそのまんまなんだ」
私が消えない様子にシラバスは妙に感心したような呆れているような声音でそう言った。
此処でのリアルがない私はログアウト出来ないわけなんだけどね。もちろん、シラバスはそれを知らないわけなのでそうとしか見えないのだろう。
「……」
シラバスがギルドを出て行くまで私はそのまま動かず、彼が出て行っても念のためにすぐにはギルドからは出ないようにした。
彼らの出会いが見たい気持ちはあるものの、万が一出会うと言い訳が面倒なので今回のところは見には行かないことにする。
それにハセヲがギルドに入るところまでは接触しないほうがいいよね。その方が話の流れがスムーズに行ってくれると思うしさとか行かない方がいい理由ばかり思い浮かぶ。
「あー、本当はかなり行きたいんだな。自分」
先ほどの榊達との出会いだって実はドキドキしてた。
目の前で自分が知る物語が進んでいく様子に。
「ウダウダしててもしょうがない。狩りでも行こっ!」
この調子だからシラバスに狩りばかりしてると思われてるんだろうなぁ。
でも、何もしないよりもレベルを上げてた方がマシだっと言い訳つけて……いざ、出陣っ!
ギルドから出た私はカオスゲートに向うために一歩踏み出し…――
「PKKの瞬光の、君に話がある」
背後から声にぞくりっとする。急に思わぬところから人に声をかけられれば誰だってこうなる。
声の主に心当たりはあったものの、私は背後を振り返り声の主を確かめる。異国風の修行僧といった姿の男が背後に居た。
「……誰?」
もちろん、私はこの男の名を知っているけど。
「私の名は八咫」
素直に答えた彼だがハセヲと私が行動をしていたことがあるとしても彼自身が接触してくるとは意外すぎる。
「で、八咫さんは私に何の用ですか?」
相手の意図がわからないままに話をするのは危険だろうか。彼は普通のPCではないのだ。
「君に話があると言ったろう」
それを真面目に彼は言っているのだろうか。
相手の様子を伺ってみるもののよくわからないのはゲームの通りだ。
「ナンパは間に合ってます」
嫌でもハセヲと彼は関わってくるんだし、今はまだ彼と関わんなくていいや。
何と言うかこの重苦しい雰囲気がダメなのよ。これは榊に通じるものがあるんだけど微妙な重圧感があるのだ。
それは無視出来ないわけではないのだけれど、その重圧感は彼らの鎧かなにかのように思う。
まぁ、人の雰囲気にのまれてると交渉ごとが失敗することを考えると彼らは交渉がうまい方だ。絶対。
「面白くもない冗談だな」
ため息混じりに八咫は言い。
「……君は『楽園』を知っているか?」
「はっ?」
脈絡もない言葉に私は驚いて八咫を見る。
ぽっかーんと開けてしまった口は間抜け面であることは確実だと気付いて慌てて口を閉じ。
「楽園って、天国とか?」
いや、本気でこれはわかんなかった。
どうして『楽園』などという言葉を彼から知っているかということを聞かれないといけないのか。
「そうか」
一人で納得して、サッサッとギルドの扉を開けた彼は混乱する私を残して消えてしまう。
「なっ、わけわかんないっ!」
すぐに知識の蛇に行ったわけでもないだろうから私の言葉を聞いてはいないだろうけど。
彼が私に接触したということは今後は一人の時でも気をつけないといけないってことだ。
知識の蛇って盗聴器とかしかけられているよりも性質が悪いんじゃないの?
どんな行動をしていてもこの世界に居るかぎりは彼は知ることが出来るんだから…――