偽りの奇跡
本編 〜12〜
クーンが抜けたカナードのギルドマスターになったのはよかったものの今もギルドランクは1のまま。
どうにかしたいと思っても現在、アリーナが使用不可能なためにギルドランクを上げられないのでギルドランク昇格への機能が停止されているらしい。
ゲーム時にハセヲがシラバスからギルドマスターを引継いだ時にランクが上がっていなかったのはその所為なのだろう。
その為もあって、近頃はギルドマスターとして一応は初心者へのサポートを前よりはおこなう様にはしているものの一人だと声をかけることが出来ない私はサポートに向いていないのではないかと思わないでもない。
大抵、声を掛けてくれるシラバスかガスパーと共に行動しているが今日は二人ともまだインしておらず一人で狩りでも行こうとカオスゲートへと向う途中の広場に榊がいた。
彼を見かけたときには取り巻きがいることが常だったので最初は気にしなかったが彼の連れに引っ掛かりを覚えてそちらへと視線を向ける。
「……アトリ?」
今、榊の隣にいる白い羽のようなマントや緑色の服の少女はアトリによく似ている。
二人が居るのはマク・アヌの広場で何だか見覚えがあるような感覚を覚えたが為に二人に近づいて榊の近くに居るのがアトリかどうか確かめるのを躊躇っているうちにカオスゲートから一人の黒い錬装士が歩いてくる。
ハセヲだ。そう認識すると同時に私は何処でこの場面を見たのかを思い出す。
『……なるほど
死臭が漂うようなキャラだな。
『死の恐怖』――PKKのハセヲ君。』
そう言って榊はハセヲに声を掛けたはずだ。私が見ている目の前でハセヲが立ち止まる。
すぐに歩き出した彼をアトリが追いかけて声を掛けている様子がわかった。
周囲の音が聞こえなくなり、聞こえないはずの自分の心臓の音だけが聞こえてくる。
その脈拍の速さは緊張感――…そういえば、彼が現れるのではなかっただろうか。
「――居たっ」
カオスゲートへと続く階段の上に居るのはオーヴァン、物語の中での重要な人物。
彼と目が合ったと思ったのは気のせいだったのかすでに彼はハセヲを見て背を向け、そのオーヴァンを追ってハセヲが榊達を置いてカオスゲートへと走り出した。
……この後、オーヴァンと話してから彼は聖域へと足を踏み入れてデータドレインをされるだろう。
それを当たり前のこととして忠告もせずに見送る私は意地が悪いのかもしれない。
物語を変更しないというのは私の考えであるのだから当然かもしれないけど……もう終わってしまったことを考えても仕方ない。
今は先ほど見たオーヴァンのことが気になる。そもそも『彼』は、何を知っているのだろうか。
一度、物語をプレイしている時にも感じた微かな違和感、一般プレイヤーであるはずのオーヴァンがどうしてトライエッジが出現することを知っていたのか。
調べるとは言っても、知識の蛇を使用して調べているのとは訳が違うはず、彼がCC社の関係者であれば可能だろうか?否、ただの社員であったとしたら出来ないだろう。
彼がアバターの残りの一人ではないかという推測というかほとんど確証めいたものはあるけれど、アバターでトライエッジが何処にいるか調べられるかというと違うと思う。
「この先に答えはあるんだろうけど……」
どうして彼が気にかかるのだろう。ただゲームソフトをプレイしていた時との違いはオーヴァンへの興味の深さ。
好きや嫌いというよりもただ気になる…――彼は何が目的なのか。
「」
オーヴァンのことを考えていた所為で周囲への注意力は落ちていたらしい。
「久しぶり、彼女とデート?」
声を掛けてきた彼に私は笑顔で手を振って答える。
考え方に偏りがあるものの付き合い方だけ間違えなければ基本的に無害。
「違うよ。アトリと私は月の樹の活動をしていてね」
それが、私が抱く榊に対する印象で今のところはそれで間違いはない。
ただハセヲに絡んでいた様子からすると変な火種にもなりそうな気がするから要注意人物なんだよね。
「あの、そうですよ。榊さんにはもっと素敵な女性が相応しいんですから」
榊との付き合い方というのは面倒だろうと思うのに、心底慕っているらしいアトリの言葉に私は呆れる。
言葉が悪いけれど、たかがネットゲームに何を持ち込んでいるのかと思うのだ。
彼女は『理想』をこの世界に持ち込んで『月の樹であれば』『榊さんであれば』と期待している。
一途と言えばいいのかと判断に苦しむのが今のところのアトリへの印象。悪い子ではないので彼女の場合は今後に期待かな。
「何か用だった?」
アトリの言葉に返答が思いつかなかったので榊の方へと声をかければ彼は肩を竦め。
「此方を見ていたのは君の方だろう」
「知り合いが居たら確認の為に見るでしょ?」
確かに先に見ていたのは私のほうだろう。
榊が此方に気づいていたのは予想外だったけれど知り合いが居れば見てたって悪くない。
「それなら声をかければ良かっただろうに、君の知り合いの『死の恐怖』も居たことだしね」
ハセヲのことをワザワザ話し出すのはどういう意味だろう。
「……勧誘でもしてたの?」
無難な話題はないかと考えて、よく月の樹が勧誘活動をしていることを思い出して言った。
そんなことはしていないことは重々承知なのだけれど変に怪しまられたくはない。
「何、話をしただけだ。何故、PKをしているのかと問いかけてみたが……」
「まぁ、彼だしね。近頃は余裕がないのかお誘いしても断られるしご無沙汰気味だよ」
言外にハセヲとの付き合いは深くはないので言われてもわからないという意味で笑顔を浮かべる。
実際、ハセヲが此方をどう思っているのかは大いなる謎だし。
「あの、榊さん」
「すまない。アトリ」
遠慮がちにアトリが榊へと声をかければアトリがそれにすぐに反応をし。
「彼女は、初心者を支援するギルドに所属している。
、月の樹で私を助けてくれているアトリだ」
よかった。あの呼び方で紹介されたとしたらちょっと恥ずかしかったに違いない。
「アトリです。よろしくお願いします」
助けてくれている…ねぇ。言葉通りに受け取ったアトリは嬉しそうに私へと頭を下げる。
「よろしく、アトリ」
一見、にこやかな会話をしているのだろう私達。でも、私はハセヲのことが気がかりで実は会話をしているような気分ではない。
此処でそれじゃあと去ったら私もアトリに注意されたりするのかな。
「さん」
「何でしょう?」
くだらないことを考えていた私の思考を戻してくれたのはアトリの声。
「えっ、あの……初心者を支援するギルドって素敵ですね」
「ありがとう」
明らかに聞きたかっただろうこととは違うことを言っているだろう彼女だったけれど尋ね返したりすると墓穴を掘るかもしれない。
此処はにっこりと笑っておくが吉だろう。日本人は笑いで誤魔化せな感覚があるけど相手も日本人だろうしそれでいいよね。
「じゃあ、私はそろそろギルドの方に行くから」
榊の方へとそう言ってからアトリへと視線を向け。
「機会があったらまたお話をしようね。アトリ」
私はハセヲが次にログインした時を待つということに意識を集中してしまっていて上の空で二人は別れの言葉を返してくれたのだけれど実はあまり聞いていなかった。