偽りの奇跡

本編 〜11〜


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クーンがカナードを抜けた後も目に見えての変化はなかった。
ただPKKを続けるハセヲは、徐々に私は誘われなくなった。
まるで転がり落ちるかのようにハセヲの精神は不安定になっていっている。
それは、誰かと時間を共有する事を避けている様子があったので私はしばらく様子見をすることにしたが、それがいいことかわからない。
そんな私だがカナードのギルドマスターになった後も特に私のすることには変化もない。
知り合いがインしていないこの時間を暇つぶしにマク・アヌの街を歩くことにした。
「なぁ、紅魔宮のチャンピオン代わったらしいぞ」
そんな会話が耳に入って、私は足を止める。
「揺光が負けたのか?でも、次のトーナメントは何時のなるかわからないんだろ?」
「ルミナ・クロスがしばらく閉鎖らしいからな」
紅魔宮チャンピオンの交代、ルミナ・クロスの閉鎖。
ウィスパー…内緒話をせずに話していた二人から得られた情報。
「動いてるんだ」
確実に事態は進んでいた。私が知る物語の始まりへと……。
カナードからのクーンの離脱。紅魔宮チャンピオンの交代。
ただカナードのギルドマスターがシラバスではなく私になったのはイレギュラーだった。
それは、私という物語に本来は属さない存在の所為だとしたらこの物語は本来の物語ではなく分岐したのかもしれない。
「なるようにしかならないか」
私の存在がこの物語を変質させたのだとしても、此処から出ることが出来ない私にはどうしようもない。
「どうかしたのかい?」
「へっ?」
近くには誰もいないと思ってたのに、声をかけられて私はそちらを見る。
いつもと同じようにそこには橋の上にずっといるNPC。動くでもなく、ただ水面を眺めているはずのそのNPCは私のほうを見ていた。
「あっ!」
手で口元を隠したけれど声は漏れてしまった。いつも同じ場所にいた彼はNPCではない。
ただずっとそこにいる事を選択し続けていたPCで、私はその動くことがなかった彼をNPCだと考えて注意を払ったことが無かった。
「すっ、すみません」
「何を謝る」
慌てて謝罪をした私だったが、相手には不思議に思われたみたい。
「ずっと此方にいらっしゃるのでNPCだと思っていました」
此処で素直にこう言わなければ知られることもないだろうに、そう答えてしまった。
「わしのことをそう思っとるのはそれはお前さんだけじゃない」
その話し方や声で判断するのなら彼はかなり年上だろう。
もしかしたら、声まで変えて演じているのかもしれないけど……。
「すみません」
「謝る必要もないだろうに」
笑われてしまった。
「何だか元気が無いように思えてな。よくこの橋で見掛けるものだから少し気になったんだよ」
「大丈夫です。元気が無いってわけじゃないですから、ただ」
初対面の相手に何を言おうというのか。
ゲームの中で私は彼を見たことがないということは彼は登場人物ではない。
少なくとも、私が知る話の中では……。
「ただ、距離を置くことがその人の為になるってことがあるのかと思ってただけだと思います」
ハセヲ、クーン、彼らは自分の道を進んでいるのだと思う。
それを自分が止められないし、止めてはいけないのかもしれないと思えばこそ二人が離れていくのをそのままにしている。
「……さて、お前さんがどうしてそうなっているのかはわからないがね。
 わしは傍にいてやるだけが人の付き合いってものじゃないと思うよ」
当たり前の事を彼は言う。人付き合いとはただ優しいだけではない。相手の為を思って叱ることもある。
「そうですよね」
少しだけ、ホッとしたのは私の行動が正しくはなくとも、間違ってもいないということだ。
何が正しいのかはわからないけれど、今の私にできることをしたのだから……。
それを事情は知らない相手からであっても否定されなかったことは心を軽くした。
「!」
ショートメールが入った。送り主はシラバスで内容はホームへの集合だった。
「あの知り合いから呼び出されたのでこれで失礼します。相談に乗ってくれてありがとうございました。あっ、私はといいます……貴方は?」
「フィロだ。また縁があったら話すとしよう」
少しだけ、彼との話が終わるのが残念に感じたけれど……。
この橋によくいる彼だから、きっとまた此処にいる。
「はい、それじゃあまた」
頭を下げと私はフィロと別れ、シラバスへとショートメールの返信を送る。
きっと、今日もまた初心者探しか。より良い初心者の為のフィールドを探しに出かけることになるんだろう。

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