偽りの奇跡
本編 〜10〜
いつまでも続くはずのない平穏なカナードの皆と過ごす日々。
ギルドマスターのクーンにシラバスとガスパー、ただ会話をするだけでも充分に楽しかった。
皆との冒険も……ただその楽しさはいつか終わるのだと、私は知っていた。
そして、その終わりがもたらされたのだと今、知る。
「あっ、」
クーンがいないカナードのホームに居たのはシラバスとガスパーで、私がホームに入ると二人の視線が向けられて。
「〜」
シラバスの声を遮ってガスパーが私へと抱きついてきた。
慌てて、抱き止めつつもシラバスへと視線を向ければ……彼もまた、項垂れ。
「あの、クーンさんが……」
クーンは詳しい説明は出来なくても、何らかの説明を二人にはしているだろうと思う。
ただ理解しても、二人とも心の底では納得しきれていないのだ。
大切な人が離れていってしまうのは、とても寂しいことだから……。
「クーンがどうしたの?」
答えはわかっている。
「ギルドを抜けちゃったんだよぅ」
ガスパーの答えにシラバスは小さく頷き。
「クーンさん、何かの事情でカナードから抜けるんだ。
The World自体はやめないみたいだし、会えなくなるわけじゃないと思うけど……」
「……クーン、抜けちゃうんだ」
改めて説明をしてくれる。その説明を聞いているうちに、クーンのカナード脱退がじわじわと実感してくる。
「うっ、うん。それで、クーンさんからまた連絡があると思うけどギルドマスターが変更されるんだ」
「それは、そうだよねぇ。クーンじゃなくなるのが変な感じだけど」
次のギルドマスターはシラバスだけど、ゲーム中ではすぐにハセヲに移ってたし。
The Worldに私自身が存在するようになってからは、ずっとクーンだったからシラバスがギルドマスターなイメージがないんだよね。
「だから、2代目ギルドマスターをよろしくね。」
「なっ!」
思わず、目を見開いてシラバスを見る。
「シラバスじゃないの?」
「僕よりの方が適任だと思うんだよねぇ」
もっ、もしかして……シラバス、私に押し付けた?
「、よろしくだぞぅ〜。クーンさんの分まで、おいら達でカナードを守っていかないと」
ギュッと拳を握るガスパー、先ほどまでは項垂れていたはずのシラバスがじっと私を見ている。
これは、どうやって断ればいいんでしょうね。
「うっ、でもさぁ……私は、新米だし、教え方よくわかんないし」
此処で流れを変えたら不味いような。
「僕よりThe Worldのことを良く知っているじゃない。それに、は初心者の人をPKから守ってる」
「は自分が出来ることをちゃんとやってるって、おいら達は知ってるぞぉ」
あー、もう。
「私より適任者いると思うんだけどなぁ……暫定的にギルドマスターを引き受けるけど、他にいい人がいたら譲っちゃうからね」
ハセヲがカナードに関わった時にでも譲れば問題ない……はず。
もしも、シラバスがギルドマスターじゃなければいけないということがないように祈っておこう。
「ありがとう、」
お礼を言う二人に私は軽く頷いて。
「どういたしまして」
次のギルドマスターが決まっているから、まだ気が楽だわ。
それに、二人が気持ちを切り替えようとしているのだし。
……The Worldで過ごすうちに私の中で、ゲームの中の登場人物であっただけの彼らは確かに生きているのだと感じさせられていた。
だからギルドマスターの話を、引き受けてしまったのだと思う。
「それじゃあ、のギルドマスター就任記念ってことで今から冒険に行こうっ!」
「うんっ!それがいいぞぉ」
クーンが去ることをただ悲しんだりはしないつもりらしい二人。
クーンに戻ってきて欲しいだろうに、クーンが進む道を彼らなりに受け入れようとしている。
「了解」
シラバスとガスパーの視線が私に向けられたので、私は笑って頷いた。
この別れは終わりではなく、一つの区切りなだけ。
シラバス、ガスパー、そして私自身もクーンとの繋がりを失っていない…――