偽りの奇跡
本編 〜9〜
カナードのホームに行こうと思っていた私の足はいつの間にか橋の上。
何となく、ホームという気分ではなかったようなので何か他にすることを思いつくまで川を眺める。
川を眺めて考え事をはじめれば、榊が言っていた私の通り名のこと。それは、誰かが私を名づけた証拠。
瞬く光り、瞬光のと……そして、誰かがその呼び方を受け入れて私に関係なくそれは広まり定着したのだろう。
「噂ってそんなもんなんだよねぇ」
今、ココで自分がこの世界から消えてしまったら私のことは時の流れですぐに消えてしまう。
不意に誰かが『そういえばこんな人も…』というぐらいに語られる事があるかもしれないぐらいだ。
「それで、良いはずなんだけどね」
この世界に私の何かを刻みたいわけじゃないし、深く誰かと関わりたいかと言われるとそうじゃない。
今の私はこの世界に存在する。リアルがない空虚な存在で感情の起伏とて生身の頃よりも違っているような気がする。
それは気のせいかもしれないけれど、今の私は誰かを縛り付けることを出来ないような気がした。
「ある意味で、名づけた人は天才かも」
瞬く光、それは一瞬で消えてしまうものだから。
ゆらりっ、ゆらりっと水面が揺れているがきっと、造られたその風景の下には何もないのだろう。
「」
名前を呼ばれて少し離れた場所へ視線を向ける。
そこには鮮やかな黄色の彼が居た。
「あっ、クーン」
彼に向かって手を振れば、クーンも振り返して私の近くへと走ってくる。
「こんなところでどうしたんだ?いつもはホームにいるだろ」
ギルドに誘われてから、私はフィールドに出る時以外は大抵はホームにいた。
その前は橋の上でぼんやりと過ごすことも多かったが……最近は珍しいかもしれない。
「ちょっと考えこと」
「何を?」
私の答えにクーンが訊いてきたけどそれがすごいだよね。
軽く聞こえるその口調は不真面目にも聞こえるはずなのにそんなことが無くて、ただ話したいならというような意思が感じられた。
「何か通り名付けられちゃいましたさ」
隠すことでもないので素直に告げる。
「……嫌なのか?」
「どうなんだろう」
クーンが驚いた様子がないのは彼も知っているのだ。
そうするとギルドメンバーの多くも知っているんだろうと思うと複雑。
「よくわかんないけど変な感じなんだよね。私の行動を誰かが見ててそれを名づけたんでしょう?」
私はPKを見かけるとそれを止めるためにPKKをしてる。
それを称して『PKK』と言われるのはわかるけど……。
「どうして『瞬光』なんだろうって思ってさ」
「瞬く間にPK相手を倒した救いの女神様、希望の光だってヤツか?」
クーンの言葉に私は思わず彼を凝視し。
「はっ?」
間抜けな声を出してしまった。だって、女神様だよ?希望の光だよ?
私がそんなことを言われるような存在じゃないことは私が一番知ってる。
「お前の戦いっぷりが綺麗だって話でな。いやはや、恐れ入るよ。お前のファンクラブまで出来そうな勢いだぞ」
ファンクラブって、私はゲーノー人とかじゃないんだけど……。
「嘘、マジですか?」
あー、聞かなかった方がよかったかもそんな意味で呼ばれてたなんて知ったら恥ずかしいような気がする。
御大層過ぎる呼ばれ方ってすっごく恥ずかしいものなんだって知り思わず頭を抱えてしまう。
「ファンクラブは俺の勝手な予想だけど、救われたってプレイヤー達がについての情報とか……」
クーンの声が途切れ、私は頭から手を離して彼を見る。
何か気になる人でもいたのかと思ったけれどクーンは私を見ていた。
「何?」
彼の視線の意味が気になって首を傾げて訊ねてみる。
「……いや、何でもないんだ」
そんなわけは無いだろう彼は何かを私について思ったはずだ。
だけど、私は問い詰めることはしない。
「なら、いいけど」
だって、彼の視線の意味を知ったら今までのような関係で無くなるような気がしたから。
「久しぶりに一緒にフィールドに行かないか?」
いつもの笑顔でクーンが私を誘う。
「了解、マスター」
私も笑顔でその誘いに頷く、まだこの関係を続けていきたい。
今はまだ彼はカナードのマスターなんだもの。まだ物語は始まっていないはず…――