偽りの奇跡

本編 〜8〜


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月の樹の榊達との出会いのお陰で『瞬光の』という通り名をいつの間にか付けられていたらしいことを知ったのはいいけど、どうしてそう呼ばれるようになったんだろう。
私はそんな呼ばれ方をしているとは知らなかったがカナードの他の面々は知っていたと思う。公式BBSだけでなくYOMOYAMAの方も彼らはチェックしているはずだから。
教えてくれなかったのか、特に話題に上らなかったのかどっちだろうか……。
そう考えことをしているうちに最終目的地、獣神像の前へとたどり着いた。
「宝箱ゲット」
ぽかんっと一発宝箱に軽く蹴りを入れる。
実際は蹴って開く理由が良くわからないというか曲がりなりにも神様への献上品を足蹴にしてもいいのだろうか?と、思わないでもない。
でも、こんな疑問を聞いたところで仕様だと言われれば終わりだから聞いたことはない。
そもそも蹴るのが一番早いだけでしゃがんで開けることも可能なんだよね。
いつもはそうして開けてるけど榊達のことがあったので今回は少し八つ当たりで蹴っちゃった。
目的の宝箱を取れば帰還をするだけで、のんびりと攻略にかかっただけあって結構な時間を掛けただろうしマク・アヌのドームにはもう彼らはいないだろうとプラットホームから帰還する。
カオスゲートにはいつも数人の姿があるが珍しく今は誰もいない。
「遅かったな」
と、思ったのは甘かったようで待ち構えられていたらしい。
「急ぎの用事もなかったから、何か用かな?……松さん」
帰還する時にはカオスゲートに背を向けて戻ってくる為ドーム内のカオスゲートより奥で待っていた松は私の視界の死角に入っている。
人を待っているにしては少々、趣味が良いところで待っていたように思いながら振り返れば、予想通りにカオスゲートの向こう側に松の姿があった。
彼は私が振り返ると私のほうへと歩いてきて。
「榊さんはお前のことを認めているようだが俺は認めてねぇ」
……これは、彼のライバル宣言?それとも排除宣言だろうかとか怖いことまで考えるのは松の至近距離の睨みって意外と怖かったからだ。
ハセヲ、よく言い返せたよねって考えたらハセヲも凄むと結構怖そうだし似たようなもんだから?
「何て答えたらいい?」
ごめん、正直なところがハセヲ君みたいに返せないよ。
「馬鹿にするのかっ!」
松の言葉に肩をすくめる。
「まさか、ただどういう意味で言われたのかよくわからなかったから聞いたの貴方は私を認めないということは解った。それで、貴方は私に何をしたい?何を求める?」
月の樹に所属している松がPKはしないだろう。
彼が求める物を知りたくて私は尋ねたけれど、彼もまたそんなことを言われると思っていなかったらしく答えに悩んでいるみたいでしばらくして。
「……アリーナで勝負だっ!」
が、その答えにこれまた私のほうが困ってしまった。
「ごめん、無理」
「逃げるのか?」
何やら熱い性格の彼だから勝負をすることで決着をつけるのは手っ取り早い気がするんだけどね。
ハセヲと対戦する時にも50レベルなかった彼と今の私のレベル差では同じアリーナではバトル出来ないだろう。
それとも、装備品の縛りが私になかったようにレベル縛りも私にはないのだろうか?ううん、それでもレベル差で勝つとわかっているのに相手をするのは如何なものだろうか。
「勝負はしてもいいけどバトルはダメ、対人バトル嫌いなの」
それに、正直なところはモンスター以外との戦闘はあまり好きじゃない。
「なっ!お前PKKだろうがっ!」
言いたいことはわかる。PKKしてるのに好きじゃないとか信じられないよね。
「そりゃそうかもしれないけどPK現場に偶然に通りかからないとPKKしないよ。探してるわけじゃないもの」
私は肩をすくめて松に言う。
PKKをするのが多いのはこの世界にPKが横行しているからだし、他の人よりも長い時間を此処で過ごしている私はPKに出くわすことも多いだけだ。
でも、PKKを楽しいと思っているわけではないし探しているわけではない。
「……他のPKKとつるんでるんだろう?」
ハセヲのことだろう。私が好んで彼と一緒にいるのだからその点はPKKを推奨していると言われたらそうかもしれないとは思う。
「同レベル帯の知り合いは彼だけなんだよねぇ。ちょっと生意気だけどいい子だよ?」
そこが可愛いんだよね。
「生意気な時点でいい子じゃねぇだろ」
あっ、話がずれた。ずれたけど私は意図してやってないから不可抗力。それに、ずらしたのは松だし。
「そんなことないよ。くだらない冗談にはきちんとツッコミをいれてくれる素晴らしい才能の持ち主なんだから」
勢いよくじゃなくてだるそうにね。
「余計にわけわかんねぇよ」
松は勢い系のツッコミだよなぁ。
「松もツッコミみたいだから彼と一緒にいるとツッコミだけで辛いかもねぇ」
ツッコミの温度差はあってもどっちもツッコミだもんなぁ。
あぁ、だからゲーム内での彼等はあんな風なノリなのかもしれないとかかなり間違ってそうなことを考えていたら松がフルフルと身体を震わせて。
「ツッコミから離れろっ!」
松の声も怒鳴り声に近いということは調子に乗りすぎたらしい。
「あぁ、はいはい」
愛想笑いを浮かべて頷いておくことにした。
怒らせると松の勢いはやっぱり怖いかも……からかう機会があってもやり過ぎないようにしよう。
「チッ……瞬光がこんな奴だとは思わなかった」
私が謝ると松は舌打ちをして何事か言った。
「何?」
彼の言葉が良く聞こえずに確かめる為に訊ねる。
「何でもねぇよ。悪かったな手間取らせて」
悪かったといいながら明らかにサッサッと何処か行けオーラを漂わせている松の前に私は立っている。
いつまで経っても動こうとしない私を松が見下ろす。
「何だよ?」
「直接バトルじゃなくて獣神像までの競争とかはどう?低レベル帯だったら条件一緒じゃない?」
一定のレベルを超えると1撃必殺には変わりはなくなるし、敵に捕まっても低レベル帯なら死ぬこともないだろうしね。
「いい……お前と勝負する気が無くなった」
私の提案を彼は考える事無く切り捨てた。
「……何かショック」
その言葉通りにショックを受けた私は肩を落とし、地面を見下ろせば自分の足と松の足が見える。
肌の色が濃いキャラだからか綺麗な小麦色をしていた。
「……」
そう考えると色白なキャラ多いなぁ。
私の肌の色は中間ぐらいだから濃いとも薄いとも言えないし、ボルドーはこんがりって感じだったから松も中間と言えば中間なのかな?
「おっ、おい。?」
肌の色について考えていた私は松の声に顔を上げると此方を覗き込んでいるかのような仕草をしている松と視線が合う。
「何?」
彼の顔を見てショックを受けていたことを思い出し、ムッとした表情で言うと。
「いや……」
「……じゃあね」
歯切れの悪い松へとそう言うと私は彼に背を向ける。
ため息が聞こえた気がしたけれど、私はそのままドームの外へと出て行った。

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