偽りの奇跡
本編 〜5〜
隠されし 禁断の 聖域
私がそのエリアワード唱え終わると同時に身体は浮遊する。
そして、次の瞬間には今までのフィールドとは違う感覚を覚えるエリアへと出ていた。
物語での重要な場所となるロストグラウンド、グリーマ・レーヴ大聖堂に……。
「……綺麗」
扉に触れて大聖堂の中へと入れば、打ち捨てられたかのような物悲しさが漂っていて…――無人であるはずのそこには先客がいた。
「ハセヲ?」
ぽつりっと呟いた。
呟いただけだったはずなのに、その声は彼に届いたのか弾かれた様に振り返り、私を認識したと思った次の瞬間には出入口の前に立つ私を睨み付ける。
明らかに歓迎していないだろうその態度なのに私は苛立ちを覚えなかった。
きっと、彼は見られたくなかったはずだから……。
「先ほどはどうもハセヲ、『死の恐怖』と呼んだ方がいいのかな?」
「どっちでも……お前、わざわざ俺を此処まで探しに来たっていうのか?」
ハセヲが身構えて私を見ている。
あっ、まさか……。
「もしかして、PKしに来たって思ってる?」
「違うのか?」
私の問い掛けに意外そうにハセヲが尋ねてきた。
「うわっ!PKに間違われるぐらい悪人面してた?……ショックだ。私」
自分の顔をぺったりと触る。
私自身はこのPCの顔を見たことは無いし、服のデザインからして使用されている一般PCとも違うから他の人の顔を見ての確認も出来ていないんだよね。
「違うけど、何か怪しかったし」
よかった違うらしい。でも、その付け足した一言は私の態度からってこと?
「それはフォローになってないよ」
「フォローじゃなくて正直に答えただけ」
両手をあげて此方の言葉に皮肉げに笑ってみせるハセヲ。
「何かよけいにショックかも……」
ハセヲの突っ込み力には結構な信頼を置いていた分、自分がそれに突っ込まれることになろうとは……。
それも『怪しい人』という分類だなんて涙だが出てきそう。
「んな事はどうでもいいんだよ。それで、俺に何の用があるんだ?」
「そうだった。はい」
彼に私はプレゼントする。
「何、これ?」
律義にも受け取ってくれるハセヲ。
断ろうと思えば断れるだろうにねぇ。
「あの時に助けてくれた子からのお礼の品と私からのお礼、彼女から断るのも悪いから貰っといたけど実際に倒したのは君でしょう?」
彼女からのお礼は私からしてもレベルが低いアイテムだけど、それは彼女があのフィールドで取った戦利品だろう。
そして、私からのプレゼントは一応はレベル高いの……たぶん、ハセヲのレベルよりは低いんだろうけどね。
「いらねぇ」
「人の好意は黙って受け取っておくの」
これは、ゲームでハセヲが言ってた言葉。
私がそう言うとハセヲは舌打ちをした。
「ちっ、めんどくせぇ」
反抗期ですね。それでも返す事はしないハセヲはいい子だと思う。
そう思って私はハセヲを見ていたら、彼は訝しそうに私を見る。
「何だよ?もう用がないんだろ」
「ねぇ、ハセヲ。メンバーアドレス交換してよ」
にっこりと笑って手を差し出した。だけど、私の手をハセヲは見えていたはずなのに無視をして去って行こうとした。
私は彼の後を追いかけて追い越すと彼の前に立つ。
「……退けよ」
ハセヲに睨みつけられても私は退かなかった。
すると、シュンという空気を切るような音がして私の喉元にハセヲの双剣の刃があたる。
「退かないならキルするぞ」
彼にしてみればしつこいPCをPKするだけの事だ。
私にしてみれば殺されればどうなるかわからないという危険なことで、彼との現在の状況の重みは違う。
「退いたら、交換してくれる?」
「……こんな状況でよく言えるよな。お前、マゾ?」
確かによくこんな状況で言えるわ。私。
マゾになったつもりも今後なるつもりもないけど、今の状況はかなりマゾ的かも。
「違うけど、君と友達になりたいって思ったの……ソロ中心かもしれないけどさ。時には誰かとパーティー組むのもいいかもよ?」
そう言いながらも私は自分の言った言葉に疑問を抱く。
組む必要も無いぐらいに今の彼は強いのだろうし、しばらくずっとソロでしていた彼にしてみれば人と組むことは面倒なことではないかと、説得の材料としては薄い。
「弱いヤツは邪魔なだけ」
案の定、ハセヲにはバッサリと切り捨てられる。
「迷惑かけないって!だからさ、チャンス頂戴よ」
「チャンスぅ〜?」
面倒臭げにハセヲが言った。
「うん、迷惑かけられたっと思ったら今後は呼ばなくてもいいからさ。一度は一緒に狩りしよう?」
我ながら強引だけど彼と知り合えるチャンスを逃したくなかった…――だって、彼のレベルで私の知る物語がはじまるのかがわかるんだもの。
心の準備とか。物語が始まっても変わらない程度にはハセヲと関わる事も出来るかもしれない。
必死になってハセヲを見上げて頼み込む。
「チッ……一回だけだぞ」
ハセヲからメンバーアドレスが送られてきた。
私はそれに承諾しながら、嬉しくてハセヲに抱きつく。
「うんっ!」
彼の返事に私の胸の鼓動が高鳴っていて、まるで恋する乙女かのようだった。
「なっ…馬鹿っ!抱きつくな」
顔を赤くしてハセヲが怒ったけど……やっぱり、ハセヲは押しに弱いと私は思う。
ここぞって時はもちろん彼は自分の意志を曲げないけど、どちらでもいいとか考えている時は邪険にしても相手がめげないと押し切られるみたい。
きっと、邪険にされるとハセヲ自身は反発するだけだからそれ以外の反応をされると弱いんだろう。
「時間あるから今から行くぞ」
彼のことを私が冷静に観察していということに彼は気付かない。
それもそうだろう。実際に彼と私がきちんと会話したのはこれがはじめてなのだから。
「了解、ハセヲ」
断ったりしたらハセヲは今後誘ってくれそうにないのですぐに了解の返事をする。
私は誰かと約束などがないかぎりはいつでもOKだし、早い方が好都合だったしね。
「マク・アヌのカオスゲートで待ってるから」
そう言ってハセヲより先に私は大聖堂を出てマク・アヌへと帰還する。
ハセヲに少し整理する時間を与える為でもあったし、ハセヲを何とか説得できて興奮する私の気持ちを落ち着ける為でもあった。