偽りの奇跡
本編 〜3〜
ゲームの物語がはじめるどれだけ前なのか今の私にはわからない。
巨大ギルドのケストレル、月の樹は存在しているしそのメンバーもゲームとは変わりが無いみたいだったがまだエンデュランスが宮皇ではなく搖光がその地位を守り続けている。
エンデュランスが宮皇となり、クーンがカナードを抜けた後の話なのだからまだ三爪痕は現れないのだろう。
私はソロでも余裕で無事な自分よりレベルが低い夜の草原フィールドを敵を倒しつつアイテム集めをしていた。初心者相手の説明とかは私には難しいものだからカナードの『ショップどんぐり』に少しでも貢献出来るように私なりに考えたこと、それに有り余る時間をこんなことでしか私は時間を潰す方法を知らない。
この世界に現れた時の興奮は今は薄れ、The Worldという世界が私にとっての現実となってきていた。
「ほんとっ、好きな世界なんだけどなぁ」
この世界は好きだしゲームの中での世界観説明はきっちりと読んでいたけど、実際に此処にいるとそれ以上の知識が得られた。
それが嬉しくて、嬉しくて最初は色んな人と話しをしたり関わっていたりした。だけど連絡が不意に途切れたりする人が何人もいて、此処が此処だけが彼等の世界ではないと認識できて……関わるのを止めてしまった。
そんな時に少しだけ考えてしまうから、現実のはどうなっているのかを。
「……今の私には、此処だけなのに」
その差異が私を強くするのだろう。暇つぶしに狩りをする時間は他の人よりも多いし、武器や防具も私はどれでも身につけらたから……。
私は普通のPCデータではありえない存在で、The Worldから逸脱した存在。もしかしたら、私自身も『AIDA』というカテゴリーに分類されるかもしれないとすら思えてくる。
不安になるそんな考えを捨てて今することを確認する。
充分にオブジェクトは破壊しただろうし、宝箱もきちんとゲットしたので後は獣神殿に行くぐらいかな。
私は獣神殿へと急ぐと耳に金属が打ち合う音が聞こえてくる。
「これは、PK?」
ゲームでは青いバトルフィールドの膜の中は見えなかったけれど、私には薄っすらと中が確認できるので中で行われている戦闘がPKかそうでないかということぐらいの判別が付いた。
今回は目を凝らしてみても見えるのは複数の人影だけ……ということはPKだろう。
別に私は正義感でしているわけじゃない。PKは嫌いだけど、PKKだって実際はPKと変わらない。
「だけど放っておくのも目覚め悪いんだよねぇ」
しっかりと回復アイテムがあるかどうか、武器と防具、カスタマイズはOKかを確認してから私はバトルフィールドへと突っ込む。
人影がクリアな存在となり、PK達とその被害者と……。
「うわっ!」
予想できなかったのは赤くて黒い人が居た事、3rdフォームのハセヲがそこに居た。
ドラゴンの尻尾みたいなのに、鋭い爪がある手。その禍々しき黒き竜は『死の恐怖』と呼ばれるに相応しい姿だった。
「何っ!」
PK中に乱入が2回なんて思っても見なかったらしいPKな皆さまが私を見た。
あれ?アソコに半透明なPCがいる。
ハセヲを囲んでる3人とくれば…――
「あらら、もうやられてたんだ」
ごそごそっと復活アイテムを探してるとPKのうちの一人が此方へと走ってきた。
「とっ、とと……はい、復活っ!」
慌てて避けながらアイテムを使用して倒されたのだろうPCを復活させる。
数としてならPK3人に此方も3人になったけどキルされたばかりの子を当てにするのはダメだし、ハセヲは一緒に戦ってくれるかはちょっと不安だし……最悪、一人で戦うことも考えておこう。
「そこの黒い人っ!手助けするからねっ!」
「ちっ……いらねぇっ!」
一応、声を掛けたんだけどハセヲは私の参戦が気にくわないらしい。まぁ、ソロ中心な狩りスタイルだったもんねぇ。
「じゃあ、勝手にする」
入ってしまった以上は戦わないとね、何もしないって言っても彼等も放ってはおいてくれないだろう。
「邪魔をするな」
私の今の得物は回式・掛針、それも極限までカスタマイズした一品。材料すべて集めてからクーンにお願いしたら吃驚された。
けど、ハセヲが装備しているのはどうみても初期装備な回式・芥骨な気がするんだけど……私以上のダメージって!どれだけレベル高いのよハセヲ。
「……あらら」
バトルフィールドは早々と消えてしまう。
怪我しないように戦ってたら3人ともハセヲが倒しちゃったし……。
「ありがとうございました」
PKされていた被害者、可愛い獣人女の子PCだ。
「いえ、彼が結局全員倒しちゃいましたし……って、いないしっ!」
ハセヲが居たところを振り返るといない。
「あの人、戦闘終ったらすぐにあそこのプラットホームから帰還してましたよ」
「そうなんだ」
ハセヲらしいと言えばらしいかな。
教えてくれた彼女に「どうも」っとお礼を言っておく。
「……本当に助かりましたっ!私、帰還するところだったんですけど」
確かフィールドで稼いだ分は街に戻らないと記録されないんだったかな。
そうだとすると獣神殿から出てきて後は帰るだけってところを狙うなんて結構悪質だ。
「うわっ、それは災難だったね」
「はい、此処で稼いだのすべて無駄になるところでしたから……あの、これお礼です」
と、装備品と割引券をくれる彼女。
「あっ、どうもありがとう」
「それじゃあ」
頭を下げると彼女はプラットホームから消えた。
私もプラットホームで街に戻りハセヲを追いかけようかと思ったけれど、彼がドームの近くにいるとは限らないと思い直して当初の目的どおりに獣神殿で宝箱をゲットしてから戻ることにした。
戻ってからマク・アヌを一周でもしてハセヲを探してみよう。
マク・アヌの街を一周どころか3周したけどハセヲの姿はなかった。
一般のPCがすることに疎かった彼はあまり街にいないのかもしれないし、別のエリアに出たかログアウトしてしまったのだろう。
彼の姿は3rdフォームであったということは彼のレベルが何レベルであるかということが大きな要素となる。
「物語は着実に始まろうとしている。ううん、もうとっくに始まってるんだ」
私が知る物語ではない物語が此処ではもう始まっている。
その先に何があるかを私は彼等より少しだけ早く知っているに過ぎない。だって、私は物語を傍観していた立場だ。
今、このThe Worldに存在していても私が傍観者であるということには変わらないし、変えてはいけないんだと思う。
「どれだけの時間が残されているのかな」
クーンというギルドマスターがいなくなればカナードのメンバーの多くはあまりインしなくなるだろう。
彼という存在がカナードをまとめている…――
クーン、シラバス、ガスパー以外のメンバーとも少しは話せるようになっては来てるから残念なんだけど、
何でか皆が皆、私のことをコアなプレイヤーだと思っているみたいなんだけどね。
「そうだ。アイテム一杯だった」
カナードのことを思い出したので私は@ホームへ向かう。
クーンが居ればそのままアイテム渡せて楽でいいんだけどなぁ。