偽りの奇跡

本編 〜1〜


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目にも鮮やかな黄色い人がいる。
「クーンさんっ!」
嬉しそうにシラバスが現れた彼の名を呼んだ。
クーン、それが目の前のPCの名前であり碑文使いPC、第三相『増殖のメイガス』の使い手。でも、彼はシラバスに普通に声を掛けている。
これはハセヲと彼がもう仲間になっているということだろうか?
「彼女、初心者なんですよ。カナードのことも言って手伝いをする話をしたんですけど、僕が店番をしてるからって遠慮しちゃって」
「そうなのか……よしっ!わかった。お嬢さん、俺がこのThe Worldを案内しよう」
シラバスの説明を聞いたクーンがトンッと自分の胸を叩いて言った。
シラバスの誘いを断った時にはこんな展開になるとは思っていなかった私は慌てる。
「いえ、ご迷惑ですし」
両手をあげて断ると。
「カナードのことは聞いたんだろう?俺はそのカナードでギルドマスターをしているクーン、よろしくな」
「えっ!マスターっ!」
私は彼がギルドマスターをしていることに驚いたんじゃない。
彼が『ギルドマスター』であるという事実に驚いたのに……。
「あれ?そうは見えないかな」
たはぁっと、困ったように彼が笑う。
その笑顔はとても人好きするもので作り物であるはずなのに、彼の人柄を表しているような気がした。
「そうじゃないんですけど……」
私はフルフルと首を振り、フォローをしようと思ったけれど出来るほどの知識が無い。
「本当かな?よしっ、俺がギルドマスターだという証拠を見せてあげようっ!シラバス、店番を終らせていいぞ。本業の開始だ」
「はい、クーンさん」
楽しそうに笑っているギルドマスターであるクーンとそのギルドメンバーのシラバス。
憑神、アバターを開眼したことで彼等を巻き込まないように離れたクーンは確かにギルドマスターだったのだろう。
「じゃあ、俺からのメンバーアドレスだ。受け取ってくれよ」
彼等と過ごすという時間が得られることに私は心惹かれ、クーンの言葉に頷く。
そうすることでクーンのメンバーアドレスを受け取ったことがわかった。
「僕からもね」
「ありがとう。二人共」
シラバスからのメンバーアドレスも受け取った。
私の前にはカーソルもマウスもキーボードもないのにシッカリと二人のメンバーアドレスが私の中に刻まれているとわかる。
「どう致しまして。じゃあ、パーティーを組む為に誘ってくれるかな?」
クーンの言葉に少し私は考えて、パーティーを組む相手としてクーンとシラバスを誘いたい場合はどうすれば……と、悩んだ次の瞬間にはクーンとシラバスから承諾される。
なるほど、パーティーを組みたいと相手のことを考えればいいわけか。
「それじゃあ、エリアは「はじまる キミの 巣立ち」でどうかな?」
「ちょーっと、待った。大切なことを忘れてるぞシラバス」
シラバスの言葉に私が頷く前にクーンが止めた。
「「えっ?」」
私とシラバスの声がはもる。
「名前、君の名前をまだ聞いていない」
「あっ……すみません。えっと、です。改めてよろしくお願いします」
咄嗟に思い浮かんだ言葉を言う。本名は此処では言わないんだもんね。
「よろしくね、
「よろしく」
まぁ、呼ばれて気づかないよりも気づくほうがいいだろうし……このThe Worldでは私はではなく『』として生きていくのだ。
「さぁ、カオス・ゲートへ急ごう。、君の冒険が待っているっ!」
そう言ってクーンがウィンクをする。
キザだと思うけど馬鹿に出来ないのはそれが彼に似合っているからだ。きっと。
クーンとシラバスの二人と共に私はカオス・ゲートへと向かった。
カオス・ゲートにつくとその前でクーンとシラバスが説明をしてくれている。
アスタ達がいるかと思ったのに、この場にはいない様子なのは私以外の初心者を見つけたか諦めたのだろう。
「聞いてるか?
「はい、もちろん」
危ない危ない。聞いてませんでした。
「此処から冒険に出ることになるエリアのワードを選択してくれ。シラバスが言ったエリアワードは覚えているよね?」
「はい。確か『はじまる キミの 巣立ち』」
このカオス・ゲートでも私は選ぶような真似はできなかったのでシラバスが言ったエリアワードを繰り返す。
どうにかなるかと思ったのは正しかったようで私は浮遊感と共に次の瞬間にはフィールドに来ていた。
「よく出来ました」
パチパチッと拍手するシラバス。
私も無事に飛べて嬉しかったので笑ってぺこりっと頭を下げる。もしかしたら、飛べなくて彼等二人の時間を無駄にさせたかもしれないしね。
「さて、まずは詳しい説明よりも実戦ということで戦ってみようか?もちろん、危なくなったら回復はするから任せてくれ」
クーンの言葉に不安になった私はそんな様子でも見せたのだろう。
慌てて付け足した言葉に私はきっと硬い表情で頷いた。
此処で傷ついたら痛いだろうか?何より死んでしまったら…――ううん、迷っていても仕方が無い。
「サポート、お願いします」
二人に軽く頭を下げてから私は敵を探し、近くに見える敵へと向かっていく。
私の左右後ろにはクーンとシラバス。
私の攻撃の意思に反応して私の手には剣が握られていた。回式・芥骨、ハセヲの初期装備と同じということは私は双剣士だろうか?
クーンやシラバスの武器を持てないとも思えないので、もしかしたら錬装士かも……。
そんな事より、まずは…――
「先手必勝っ!」
充分に近付いても此方に気づいていない敵に攻撃を仕掛ける。
敵は弱いというのに一撃で倒せないのは、もちろん私も弱いからだ。
「うまいうまい」
クーンは先制攻撃のことを褒めてくれたのだろう。
「わわっ!」
それに気を取られた私は攻撃されそうになり慌てて避ける。
「ガードをちゃんと使って」
シラバスのアドバイス、避けるよりも敵が近くに複数いないならそれでいいか。
此方のレベルが低くても目の前の敵ぐらいならダメージは0のはず。
敵が一体ならその攻撃をガード、敵が集まってきたら少し離れたり、スキルを使用するそんな戦い方をしているうちに戦闘が終了する。
「すごい。初めてだとは思えないよっ!ちゃんとスキルも使用してたし」
「まだ連撃は使えてないみたいだけどダメージを受けない戦い方は出来てる」
二人共、褒めすぎ。しかし、この調子で褒められたら初心者は楽しいって思うようになりそうだわ。
人間、けなされるよりも褒められた方が楽しいもんね。
「ありがとう」
あー、そういえばクーンは攻撃してなかったよね。
彼のレベルだと此処の敵は一撃だろうし、回復手として付いてきたわけか……面倒見いいなぁ。
「この調子でいこうっ!あっ、宝箱はちゃんと取ってね」
「あっ!忘れるところだった」
シラバスの言葉に私は慌てて宝箱へ近付く、ハセヲみたいに蹴って開けるのはどうもね。
「宝箱はとり忘れないようにっ!特に今回みたいなフィールドでは特に重要だ」
マップを確認するようにと言われ、私が意識すると情報が頭の中に思い浮かんだ。
なるほど、此処は獣神殿の扉を開ける為の証を集めるところだったか。
「取り忘れない様にします」
宝箱を開けて、私達は次の敵へと向かった。
彼等がいたので私が死ぬようなことも無く、またガードと回避をしたことで怪我もしなかったので今回は私が戦闘で怪我をしたり倒れたらどうなるのかという疑問の答えは保留となった。
獣神殿の宝箱を開ける権利を貰え、私はこのレベルではたいした物は入ってないと知っていたのにドキドキした。
「おめでとう」
「おめでとう。
開けたお祝いをくれる二人。
「ありがとう」
笑ってお礼を言った。
この冒険の終わりがちょっと残念だ。



無事に終わった後、マク・アヌに帰還する。
目を開けると目の前にはクーンとシラバス。
「お二人共、ありがとうございました」
ぺこりっと私は頭を下げ、二人に礼を言った。
「あはは、どう致しまして」
照れたように笑うシラバス。
「いやいや、男として当然のことをしたまでだしね」
にっこりと笑みを浮かべて言うクーンは結構、対照的だった。
此処に癒し系獣人なガスパーが加わると素敵なパーティーになりそう。
「クーンとシラバスのお陰でThe Worldを楽しめまし……あっ」
そう言ってから私は二人を呼び捨てにした事に気づいた。初対面で教えてもらったのなら此処は『クーンさん』『シラバスさん』じゃないの?
うわっ、普段から呼び捨てだったからいつもの癖がでちゃった。
「どうしたの?」
「すみません、初めて会ったのに呼び捨てしちゃいました」
私の様子にシラバスが心配そうに言ったので、正直に私は謝罪をすることにした。
「気にしなくていいさ、俺達は一緒に冒険をした仲間だろう?」
「そうそう、それに僕達もって呼んでたよ」
二人共気にしていなかった。
「えっ……あぁ、そうでしたね」
それにしても普段なら名前を呼ばれるなんて家族とか親しい人しかないのに彼等に呼ばれても当たり前な気がして気にしなかったなぁ。
きっと、私が二人のことを知っているという気心からだろうけど。
って可愛いな」
クスクスッと笑いながらクーンが言う。おぉっ、これがクーンの病気か。
「クーンさんっ!が驚いてますよ」
「いえ、気にしてないです」
ちょっと感動してたら、吃驚して何も言えないと思われたらしい。
そんなことはないのだと否定をしたら、クーンがガーンと衝撃を受けたようなポーズをして。
「うわっ!少しは気にしてくれよぉ」
ガックリと肩を落とした。
言葉とポーズが絶妙で違和感が無いのはそれだけクーンが慣れているということかな。
私とシラバスが笑っているとクーンもその笑いに加わった。彼等と一緒に居るのが楽しい分だけ、別れるのが残念だった。
「今日は本当にありがとうございました。機会があったらまた一緒に冒険して下さい」
手を振ってお別れを言う。
「こっちこそ楽しかったよ」
「うん、また冒険しようっ!」
きっと、また会える。
このThe Worldに私が居る限り……この別れはまた出会う為の別れだから。



本当に初心者なマップ、それが私のはじめての冒険の場所。
『はじまる キミの 巣立ち』より、私のThe Worldでの冒険がはじまった。

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