偽りの奇跡
序章
世界は一新する。 「The World」 その名だけを残して。
私はその一文に惹かれたのかもしれない。
前作、アニメ、小説、漫画そのすべてを少しだけ齧っただけだったのに、私は『.hack//G.U. Vol.1 再誕』を購入していた。
そして、1回目を無事にクリアして2ヶ月ぐらいたった今、次の発売までに忘れかけている物語を思い出す為に2週目をする事にした。
ソフトを久しぶりに本体にセットし、メモリーカードを挿入するとスイッチを入れる。
ヴィィン
テレビ画面に酷いノイズが走り、耳障りな機械音に私は本体へと手を伸ばす。
つけてすぐに聞こえたのならそれが原因だろうと思ったからだったけれど、触れる前に私は手を引っ込めた。
ぽつんっ、ぽつっというように黒い点が現れ、肥大して目の前には闇が広がっていく。
まるでAIDA出現のよう……私はそれに巻き込まれないようにその場を離れ様として後ろを向く。
「なっ!」
そこには…――闇が広がっていた。
「いやぁぁぁぁっ!」
私の身体が――…という存在が消えていく。
もはや、私に見えるものはただ『黒』だけとなった。
それからどれくらいして私は気づいたんだろう。
一瞬だったのかそれとも……。
「あれ?」
私が目を開けると私の目の前に広がるのは美しい世界。
まるでファンタジーのようなその建物に私は見覚えがあった。
「まく・あぬ?」
それは、テレビ画面で見ていたマク・アヌ。私は最初にハセヲが見ていたように上を見上げて辺りを見回し、後ろを振り向けばそこにはカオス・ゲートがあった。
「ねぇ、君っ!」
何故、此処に居るのかと考えている私の思考に人の声が入ってきた。
「そこのカオス・ゲートの近くに居るお主のことでござるよ」
私のことだろうかと辺りを見回せば、見覚えのある二人組がいた。
そういえば、彼等の口調はとある二人組にそっくりということはまさか彼等だろうか?
二人を見ていることに気づいたのか彼等が近付いてくる。
「君、初心者だろう?」
めっちゃいい笑顔で彼、たぶんIyotenが尋ねてくる。
「拙者らでよければ色々と教えるでごさるよ?」
アスタはその隣に立つと私へと言ってきたのは間違いなく、彼等は私を『獲物』だと思っている。
PKのIyotenとアスタ、初心者専門PKの二人組。
「……ご親切にありがとうございます。でも、友達が待ってますから」
私は笑顔で二人組にやんわりと断りを入れる。
無意味に二人組と争うつもりは無いし、どうして今此処に私がいるのかの方が問題だった。
「そうか、ならば仕方ないでござるな」
二人はそう言うと立ち去っていく。それを最後まで見送る事無く、私は歩き出す。
何となく、これは夢ではないという気もしていたし…――この見知っていて、本当は知らない世界を知らなければいけない気がした。
それには、PKされるというのは入っていない。今の私がどうなっているのかどうか知らない以上は此処で殺されてしまえばどうなるのかがわからないということだ。
「うわぁ」
扉を出ると一気に広がる視界。
街が、空が広がった。
「すごい」
興奮が私を包む。あぁ、そうか……私の心が絶望したり、混乱したりしないのはこの興奮の所為なのだ。
惹かれていた世界に触れているこの興奮、もしかしたら私は狂ってしまっているのだろうか。現実の私は、『.hack』という世界に入ってしまったという妄想の世界に生きているのかもしれない。
それもまた仕方が無いような気がした。今の私を包むのは新たなる始まりへの期待だったから…――真っ直ぐの道を駆け出した。
記憶の中にあるマク・アヌとは比べられないほどの存在感でもって存在し、私を魅了していく。
階段を下った先にはガスパーがいるだろうか?そう期待した私の視線の先には……。
「シラバス?」
緑色の服を着た茶色の髪の男の子が店番をしている私の記憶の中ではシラバスが店番をしていた記憶は無かった。
ゲームの中ではいつもガスパーばかりで……シラバスがしていたのはハセヲに頼んだ時ぐらいではないだろうか?そうだとするとハセヲが今から来るの?きょろきょろと辺りを見回してもハセヲが来る様子は無い。
この世界に居るのならハセヲを見てみたいと残念だと思った時、私は此処に彼が居ると思っていたことに気づく、Iyotenとアスタが居たのだから他の登場人物もいると考えていたのだろう。
実際、シラバスはカナードがお店をいつも出している場所に居たけど他のメンバーがいるとは限らないのだということに今更ながらに気がついた。
期待していたハセヲを間近で見れるということが出来ないとなるとちょっと、ううんかなりガッカリだし、何をしたらいいのか思いつかないのは困る。
もう少しマク・アヌを見回れば他のメンバーにも会えるだろうか?もしかしたら、クーンやパイにも……。
「そこでウロウロしてる君っ!」
シラバスの声に私は彼の方を見る。
階段を下りたところでウロウロとしてた私はかなり視界に入って気に障る状態だったかもしれない。
「ちょっといいかな?」
彼が私に手招きをした。その手招きに応じるようにシラバスがいるお店まで近付く。
「何でしょう?」
「君、初心者だよね?」
本日、2度目の台詞だった。でも、Iyotenとは違い彼の言葉を邪険にする必要は無い。
「えぇ、今日がはじめてなの」
コクリッと頷いて答えるとシラバスは微笑み。
「あっ、やっぱりそうか……あっ、初めまして僕の名前はシラバス。初心者救援ギルドのカナードに所属しているんだ。初めての人がThe Worldに慣れるように手助けをしているギルドなんだ」
知ってる。そう答えることは出来ないので私はへぇっと頷いてみせ。
「素敵なギルドね」
「そう思う?よかったら色々と教えてあげるよ」
彼がそう言うのは予測できたし、少しそれを期待していた。でも、今の彼はお店番をしているのだろうと思うと素直に頷くことが出来ない。
「いいよ。お店あるんでしょう?」
期待していたのに私はそれを彼から言われると嫌な気持ちになった。
予想通りの反応、それを引き出して私は目的を遂げようとしていたのだから。
「そんな気にしないでよ。店番はいつでも……あっ」
断った私にシラバスが話しかけていたが、途中で私より先を見ている視線となった。
その先に誰か居るのだろうか?
「どうしたんだ?シラバス」
一人近付いてくる気配、その聞き覚えのある声はあの人だった。