はじまりというものが唐突であることは、昔から知っていた。

ちょっ、勘弁して!


←Back / Top / Next→


唐突だがぶっちゃけてしまおう。今、私は物凄く寒い。
どれくらいかというと二十歳を過ぎて成人した人間が勘弁してって泣き喚いて駄々こねて
今すぐに温かい場所に連れてってもらえるのなら年甲斐もなく叫びまくるだろうぐらいだ。
……例えになっていない気がするが自分の脳内の事なんだから気にしない。
寒さよりももっと気にするべきことが今の私にはあるが、現在の状況を理解できたがしたくないからこその
脳内逃避の手段として寒さについて先程から考えているのだ。
もちろん、脳内逃避が終わったら肝心の現状についての考察をしなければならないだろう。
気がついたら見知らぬ男に手を引かれ、成人していたはずの自分は子どもの姿とになり視界の利かない吹雪の真っ只中を歩いていた。
なんて誰が納得できるというのか。本当に有り得なさすぎるというのが今のわたしが置かれている現状だ。
さて、どうして私がこんな目にあってるのかを思い返してみようか。
今日はいつもどおりの時間に起き、支度し会社へと出勤する為に外へと出て……気がついたら見知らぬ外国人の男に手を引かれてた。
まさにネットで時々見かける『何言っているかわからないと思うが〜』というものだ。
ドアを開けたところから、今の私の状況になるまでの記憶がないのは問題だろう。
とはいえ、思い出せないものは思い出せないので一先ずは放っておくことにする。重要なのは現在だ。
私の手を引いている男と今の私の身長差はかなりのもので、見上げても顔を見るのは一苦労。
男はかなり背が高く私とは50、いや70は差があるかもしれない。
私の記憶では確かに大人であった自分が子どもになっており、何故だかこの極寒の地を男と二人で歩いているのかというのは問題だ。
ちょっとした問題どころではない。これは大問題である。私は寒いのが大の苦手なのだ。
人生の大半を受け流して身を守ってきた自分でも、流石にため息もつきたくもなる。
「どうした?」
私のため息に男が反応した。彼は立ち止まり、私の目線に合わせるようにしゃがむ。
大きな男ではあるが優しい人であるらしい。また存外に私が想像していたよりは若いような気がする。
二十歳半ばかと思っていたが顔立ちはまだ少年ぽさを残していることを考えれば二十歳ぐらいか。
日本人は童顔に見えるらしいということが本当なら金髪の彼は外国人なので老けて見えると考えれば、たぶんそうだろう。
私がじっくりと観察していると彼は不思議に思ったのか「んっ?」と首を傾げた。
「……」
聞きたいことは色々とあるものの彼に聞いてもいいのか判断がつかない。
それに、寒さのあまり頭が働いていないのも確かなので一先ずは寒さを何とかしたい。
「寒いです」
「えっ」
何を驚いてるんだ。この人?もしかしてこの人にとってはこのマイナスにまで達しているだろう気温でも春のうららかな日とでも感じてるんじゃないだろうな。
こっちは今にも凍死しそうなほどに寒いんだよという気持ちを込めて睨む。そもそもこんな極寒の地に連れてくるなと言いたい。
彼がどうして自分を連れているのかは知らないが、今の私の近くには彼しかいないのでこの八つ当たりに似た感情は彼に向けるしかない。
「あぁ、すまない。寒いのか」
「はい」
彼が謝ってきたが寒いほうが重要なので頷いておく。可愛くない子どもでごめんよと脳内では謝っておいた。意味ないけど。
「うわっ」
少しは何とかしてくれないかと見ていた私を急に彼が抱き上げたので驚いた。
彼は私を左腕に乗せ、右手で私の背を支えながら彼は私の反応が面白かったのか笑う。
何も言わずに抱き上げられたら誰だって驚くものだと文句を言おうとして何だか寒くないことに気づいた。
「……金色?」
相変わらずに視界はきかないのに何が変わったのかと思えば、私と男の周囲に煌く金色の光。
キラキラッと輝く光は現れたり、消えたりしている。
「小宇宙を少し高めたんだ」
「コスモ?」
「ああ、聖闘士の修行をすればお前もいつか身に付けられる力だ」
セイントって何よ?コスモとか意味の解らないものを高めたということの意味を聞きたかったのに彼は余計にわからないことを言った。
「今はわからなくてもいい。アテナに仕え、世界を守る意味をこれからお前は学ぶのだからな」
私の表情から戸惑いを読み取ったらしい彼はそう言うと私を抱えたまま歩き始める。
その歩く速さは先ほどよりもかなり速く、彼が私に先ほどまで歩く早さを合わせていたことに気づかされる。
歩幅の差は彼と私の身長差からして考えるまでもないほど違うのだから当然だ。とはいえ、彼にしてみれば歩きづらかっただろう。
しかし、彼が言うところの私が修行だか学ぶことはコスモとやらを身につけて誰かに仕えて世界を守ることらしい。
世の中に化学で説明できない現象はあると知っているので、コスモとやらもその一つとして片付けてもいいし、アテナに仕えてコスモとやらで世界を守るのもいい。ただし、私以外の誰かであるのならだ。
何が問題が起きようとも自分に関係のないところで起きる分には私は構わないというのが正直なところで世界平和の為に日夜頑張っている人々は凄いとは思っても手伝おう何て思いもしないのが自分だと思ってる。
そんな私に世界を守れとか言われても正直引く。うん、困るとかじゃなくて引くんですよ。おにーさんと心の中で呟いた。



たどり着いた家の中は温かかった。その家で出迎えてくれたのは寒々とした大地に映える赤い髪の男。
私を連れてきてくれた金髪の人より少し年下と思われる彼は十代後半ぐらいだろうか。
「アルデバラン、寒い中すまなかったな」
「いや、ちょうど任務の報告に戻ったところだったからな。
 それにこの天気を思えば俺でよかったと思うよ」
此処まで抱えてつれて来てくれた彼はその会話からアルデバランという名らしいと知る。
聞きなれない名前だが日本人の私には当然だろう。
アルデバランは私を下ろすと私の背を赤髪の人のほうへと押した。
意外に強いその押しに一歩どころか二歩ほど前へと私の足は進む。
彼としては軽くのつもりだったかもしれないが体格差を考えて欲しいものだ。
「カミュ、この子がそうだ」
カミュと呼ばれた男は此方を見下ろしてきた。
その眼差しは何処までも鋭く私を射抜くかのようで、普通の子どもであれば怯えさせることだろう。
「カミュ」
「すまない」
私が呆れて男を見ていたらアルデバランが男を咎めるように声をかけた。
男は謝罪の言葉を言った後、一転して口元に笑みを浮かべると屈んで私の頭を撫でる。
「この子なら修行から逃げ出すこともないだろう」
「えっ」
ちょっ、ちょっと待って逃げ出すような修行が此処では行なわれてるわけ?
どれだけスパルタなんですか。いや、多少の根性で乗り切れるものだよね。
そうじゃないと今後どうすれば良いのかわからない私としては困る。
現状をきちんと理解し、今後をどうするか考えるまでは周囲に流される気満々なんだからさ。
「私の名はカミュ、アクエリアスのカミュだ。お前の師としてこれから共に修行していくことになる」
「あっ……です」
自己紹介をしてくれたカミュに向かって思わず名乗った私だが、何故かその場は奇妙な沈黙に包まれた。
よくわからないけどアルデバランが驚きの表情を浮かべているのが少し気掛かりだ。
この場面で何を驚く必要があったのだろうか?もしかしたら彼は私の名を知らなかったとか?
と言うのか?」
「はい」
確かめるように聞いてきたアルデバランを見上げて私は頷いた。
やはり彼は私の名を知らなかったらしい。これで彼と私の関係が余計にわからなくなったのではなかろうか。
子どもになった私、それを連れていた彼はけれど私の名前を知らなかった。
見知らぬ子どもを知り合いに修行をつけてもらう為に連れて来たりとか普通はしないよね。
「長旅で疲れたのか?」
目を瞑り思い悩んでいた私を心配してアルデバランが尋ね。
「ベットの支度はしてある。少し、眠るといい」
「はい、ありがとうございます」
カミュがそう言ったので私は寝ることにして「おやすみ」と
声をかけてくれたアルデバランに挨拶してカミュの後をついていった。
別に眠たいわけではないが奇妙なこの現状から逃げ出したい気持ちがあるからだ。
夢か現か。今、私がいると認識している此処はどちらだろう。
この有り得なさは夢だと私の知識は告げて、あの寒さとこの温かさは現実のものだと私の身体は訴える。
まぁ、いい。これが夢でも現実でも眠れば一時的には逃げ出せることだろう。




何の夢も見ずに目覚めた。自然の目覚めというよりも眠気より寒さに起されたというのが正しいかもしれない。
それでも惰眠を貪ろうと布団の中に潜り込み膝を折って縮こまった私は違和感に気づいた。
その違和感とは本来は何もないはずの場所に何かあると感じるというもので、それの正体を確かめようと手を伸ばし触れたものの感触に飛び起きた。
布団を引っぺがし自分の着ていたズボンと下着を持ち上げると自分にはなかったものが見え、慌てて押さえて隠したところであるモノはある。
身体は相変わらずに子ども、それだけでなく性別すら変わっているという事実に眩暈がした。
私の記憶では生まれてからずっと性別は女だったのにどうして男になってているのか。
何時の間にやら子どもの姿そして性転換とは踏んだり蹴ったりだ。
どうすれば良いのか思い浮かばない私は思考の混乱があったが、しばらくすると逆に思考がまとまってきた。
理解できない事は理解できないのだからという諦めの気持ちだったけど。
「Доброе утро」(おはよう)
思考を停止していた私を再起動させたのは子どもの声だった。
視線を声のした方へと向ければ扉を少し開け、その隙間から顔を覗かせる10歳ぐらいの緑色の髪をした少年。明らかにあり得ない髪色だ。
彼のような年で髪を染めるのはどうかと思うが親の主義なら他人である私がとやかく言う事でもないかもしれないが、周りから浮くのはイジメの対象になりやすいから止めておいた方がいいと思う。
「Как дела?」(どう調子は?)
少年は部屋に入ってくるとベットの上にいる私の顔を覗き込んできたが、問題があった。
「……おはよう」
今の私には彼の言葉が理解できない。目が覚めたら言葉が通じなくなったのだろうか。
アルデバランとカミュは外国人の顔立ちだったが日本語を喋ってたように思うので彼が日本語を喋らないだけかもしれない。
「Приходите」(来て)
少年が私の腕を引いて扉を示す。彼の様子から部屋の外に出た方が良いらしいと理解して私は彼に続いて部屋を出た。
部屋を出て気づいたのは何やら匂いが漂ってきていて、彼はその匂いの元に案内したいのか徐々にその匂いは強くなっていく。
「おはよう、よく眠れたか?」
「おはようございます。はい、ぐっすりと眠れました」
アルデバランが朝の挨拶を日本語でしてくれたので挨拶を返す。実際よく眠れはしたのだ。
目覚めた後には性別が変わっているという大問題があったけれど。
その間に少年が私から離れて置く、たぶんキッチンと思われる方へと向かい。
キッチンから手に料理皿を持って出てくるカミュ、妙に似合っているのは髪が長いからだろうか?
「おはようございます」
「おはよう、。すぐに朝食の時間だ。アイザックに教えてもらって顔と手を洗ってきなさい」
カミュは日本語で私にそう言った後に少年ことアイザックに何事かを言う。
それが少しも理解できないのは彼らの言葉が日本語どころか英語ですらないからのようだった。
理解できない言語は一先ず置いておいて、カミュの言うとおりにアイザックに教えてもらうとしよう。
変わった自分の事は後回しだ。深く考え込んだら何も出来そうにないしね。



翌朝。
「それじゃあな、
朝食が済んだ後、『サンクチュアリ』とやらに帰るらしいアルデバランを見送る。
此処まで送り届けてくれたことには感謝しないでもないけれど、
こんな寒いところに置いていく彼に出来るなら連れて帰ってくれと無言で目で訴える。
「修行を頑張るんだぞ」
視線を受けた彼は頷くといい笑顔でそう言った。当たり前だが彼と私はツーカーの中ではないようだ。
この極寒の地に置いて行く極悪人め!そもそも修行とか意味わかりませんよ。
理解したくもないのだけれどここに残っている以上は理解しそうだとため息をついた。
よくわかんないけど家に帰って自分の布団で寝たいんですけど……。

←Back / Top / Next→