大羊の系譜
後編
学校から帰った週末のある日、家に綺麗な女の子と金髪男性が二人がいた。
男性のうち一人は目を瞑っていて開けることがないので目が見えないのかもしれないとも推測できるが器用にお茶を飲んでいるので、実はとんでもない細目である可能性もある。
ガチガチに緊張している両親と緊張なんぞ知ったことではないと言わんばかりに明らかに高級そうなお菓子を両手に持ち、小動物のようにモグモグと頬を膨らませている幼稚園児の妹は可愛いなぁ。
そんな食べ方をしたら普段は両親に叱られるのに、叱られない現状を一番に満喫しているのがお姉ちゃんには理解出来てしまったよ。
家のリビングのカオスっぷりに精神を半分ぐらい逃避させつつ、この人テレビで見たことあるようなと女の子へと視線を向ける。
「お邪魔しております」
優雅としか思えない動作で客用のソファから立ち上がった綺麗な女の子は口元に笑みを浮かべた。
男性二人黒いスーツ姿で彼女が座っていたソファの後ろで立っていたので護衛とかそういうのかもしれない。
ただ気になるのは二人共、髪が長いことだ。護衛とか普通は髪短いものじゃないの?
「いえ、ごゆっくり」
お父さん、お母さん、私は息子のように見えるかもしれないが娘なので助けを求めるような視線は止めて。
「初めまして、私は城戸沙織と申します。さん貴方にお話があるのです」
見覚えがあるはずだ。城戸グループの総帥は数年前に十三歳で総帥とかで騒がれてその美貌からその後もマスコミによく注目されている人だ。
三年は前のはずだから十六歳かそれぐらいかな?私より年下でよくやると思ったことは覚えてる。
「話ですか?」
私の学校は私服通学なので着替えてきますという言い訳が出来ないのが痛い。
制服が壊滅的に似合わなかったからって私服のところを通ったのは考え物だったかな。
「さん、先日シオンとお会いしていたと思いますが貴方は彼の雲孫なのです」
はいはい。またもシオン関連ですか。そうですかと肩を落としたくなった。
「うんそん?」
聞いたことのない言葉に首を傾げる。
「孫、ひ孫はわかろう?玄孫(やしゃご)次は来孫(らいそん)、昆孫(こんそん)、仍孫(じょうそん)、雲孫(うんそん)と続く」
目を瞑ったままストレートの長髪の男性がうんそんの意味を教えてくれたが意味不明だ。
孫、ひ孫と続くということはその子孫ってことだとして、シオンという男性は私の家のご先祖様だとでも言う気だろうか?
何だ。あの若者は吸血鬼とかそういう化物だとでも?アホか。
「君の母堂が仍孫となるため、その子どもであるお二人は雲孫となる」
「ああ、すみません。お帰りはあちらです」
電波はお断りだ。いくら金を持っていようと電波ではね。私が玄関を指差したが、動揺することもなく城戸さんは微笑み。
「信じられないのは重々承知しております。ですが、私は聖域のために長年勤めあげてくれた彼の幸せのためにも家族との平穏な一時を感じて欲しいのです」
胸元で組んだ両手を握り、私へと近づいて切々とした様子で訴えてくる。
近い顔に睫毛が驚くほど長い彼女にマッチ棒が何本か乗りそうだと無駄なことを考えてしまったじゃないか。
「意味が解らない」
「四月より貴方のお父様はギリシャに転勤いたしますし、その下見としてさんと蘭さんは是非ともこの週末はギリシャでお過ごしください」
「はっ?」
「あちらの準備は調っておりますので、身一つでお越し頂いて大丈夫ですよ」
私が大丈夫じゃないんですけど、一体何がなにやらと両親へと視線を向ける。
「お父さんの会社が城戸グループに吸収合併されたんですって」
「……すまない」
いつもより小さく見える父親と困惑した様子の母親、二人にとっても今回のことは寝耳に水なのだろう。
そもそもお母さんのほうがシオンって人よりも年上によゆうで見える。
「私はともかく、妹はまだ小さいんで母親と離れたら大泣きしますし、父は母がいないと飢え死にしそうなほど生活力がありませんよ」
「ではさんだけでも」
にっこりと笑っている父親の上司とその護衛らしき青年達の顔を見る。
「……よろしくお願いします」
私は肩を落として了承の意を伝えるしかなかった。彼女が言うようにシオンという人が私の祖先だと信じたわけではない。
だが、父親を無職にしたくないので電波集団に少し付き合って頃合で抜け出すことにしたのだ。
プライベートジェットに乗せられて空の旅をしたら、ギリシャに到着したらしいがそこは空港ではなかった。
着替えなどを入れたキャリーケースとは別に財布やパスポートなど必要最低限の物を入れたリュックサックを手に持って周囲を見渡しても人っ子一人いない人気のない場所で、ついて来たのは間違いだったのではないかと思わせた。
私の荷物を金髪男性のうちの一人サガさんが取り出し、もう一人のシャカさんのほうは沙織さんの近くに立っているが、目は相変わらず開いたのを見たことがないので眠っていても気付かれなさそうな人である。
「っ!よく来たのう」
「うわ」
いきなりの声に驚いて肩がはねた。覚えのある声に視線を向ければ確か初対面でプロポーズしてきた人だった。
そういえばシオンって人と一緒に居たね。同年代の少年を祖先とか言われたせいで忘れてたよ。
こんな濃い人間を私の脳みそはよく忘れたものだ。きっと、思い出したくない分類だったんだろう。
「わしはお主が来ると聞いた日より指折り数えて待っていたぞ」
輝かんばかりの笑顔に視線を地面へと向け、そういえば私が周囲を見回した時には彼の姿は見えなかったのだけどプライベートジェットの反対側にでも居たのだろうか?
「私は貴方に会いたくなかったですけどね」
「会いたいと思ってもらえるよう努力するとしよう」
笑いながら言っていることは体育会系というか清々しいはずなんだけど、初対面での行為を考えるとこの人も電波集団の一人なんだうな。
人生においての初プロポーズが電波って……
「そもそも私のことを好きになるとかホモじゃないですか? 知人男性と似てるんですよ?」
一度会っただけだがシオンという人は私によく似ていたように思う。
「一目惚れならぬ一感じ惚れと言えばよいのかのう。見目は関係なかったのだ」
「感じ?」
一目惚れではなく一感じ惚れって妙な造語を造り出したものだ。彼が納得できてても私は納得できないぞ。
「なるほど童虎がさんに惚れたのは小宇宙なのですね。人柄がよくでますものね」
会話していた私達にいつの間にか近づいてきていた沙織さんが会話のに加わった。
コスモ?意味がわからない単語だ。でも、聞いたことがあるのだから雲孫と同じように何か意味があるんだろう。
家に置いてきた辞書を持ってきたら調べられたはずだけど、人柄がよくでるものなのか。
「アテナ、無事に戻られて何より聖域一同お待ち申し上げておりました」
アテナ?サンクチュアリ?本格的に電波な会話になってきた気がする。
やっぱりどうにかして断わったほうがよかったかな。
「ふふ、清々しいほどの二番手でしたわね」
「初めての場所で不安だろう彼女を気づかったまでのこと」
そんな気づかいは要らないので家に帰りたい。
「シオンが来ると思ったのですが?」
この人よりはシオンという人のほうがマシだろうか? いや、あの偉そうな感じからして電波集団の中でもかなりの電波、違いはあまりなさそうな気もする。
元はといえば四人組の少年達から私の電波集団との関係ははじまったんだ。
彼らにシオンっていう人と私は別人だし、かまわないでって言えばこんなことにならなかったはずだ。
あの時の自分を恨む。面倒臭がらずに彼らと話し合いしていればっ!くぅぅ。
「あやつは格好付ける男だからのう」
「教皇宮で待っているということですのね」
納得したように頷いた沙織さんは私のほうを見ると微笑み。
「物言いは厳しいところもありますが、シオンは貴方が来て下さるのを楽しみにしているようでした」
「はぁ」
気のない返事でしかないけど他に何を言えばいいのか思い浮かばなかったのだから仕方がない。
「お爺様と是非とも呼んであげてくださいね」
「むっ、無理です」
自分とほとんど同じような年齢の相手をおじいさまって無茶すぎる。シオンって人だってさすがに嫌がるに決まってるよ。
私だったら同年代の人におじい様やらおばあ様とか呼ばれたら止めてって絶対に言うし。
「それは残念です」
この人本気で残念がってるんだけど本気で言ったのか、面白そうだと思って言ったのかどっちだろう。
「アテナ、そろそろ」
「そうですね。サガ」
サガさんに促がされて移動することになったけど荷物はサガさんが持ち、リュックサックはいつの間にやら童虎に取られてしまっていた。
意識すらしていない間の早業にこの人は電波集団なだけでなくスリとしてもやっていけそうだ。
私は足取り重く沙織さんの後ろをトボトボと着いて歩いていくと、プロテクターというやつだろうかそれをつけた人だとか、シンプルが好きすぎるのか飾り気のない似たような服を着た少年らとかが居た。
この方々はエキストラの皆様?この人達も電波集団なの?金持ちの道楽って恐ろしいものだとガクブルしていた私は最後まで気付かなかったが、私の後ろを歩く童虎が周囲の人間を威嚇していたとシャカさんが言っていたので、そんなことを何故したのかと私は聞いてしまったのだ。
童虎はうっかりと惚れる輩がでんようにしたまでっと朗らかに笑って言ったのだが、その様子からヤンデレ臭がした。気のせいであって欲しい。ヤンデレはお断りである。
この聖域とやらで童虎はかなり上の地位にいるようなので、聖域に滞在している間は彼に対抗できる人材であるシオンの傍に居ることを決めた瞬間でもあった。