大羊の系譜

前編


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私を少年が信じられないものを見るかのように目を見開いて見ていた。
「シオンっ!」
見知らぬ少年の声がぐわぁーんと頭に響いたのは至近距離での大声というものが脳に大ダメージを与えたからか。
「何であんたがここにいるんだっ!」
「はぁ?……あの」
私の名はシオンではないし、君と今まで会ったこともないと言おうとしたが彼は座っていた椅子から立ち上がって勢いよくこちらへと迫ってきた。
「聖域にいるはずだろ?」
唾を飛ばされるほどの至近距離に愛想笑いをしている頬が引き攣る。
「星矢、落ち着いて」
「そうだぞ」
少年の隣に座っていた可愛いけどたぶん男の子は後ろから少年の腕をひき、少年の向かい側に座っていた髪は長いけどやっぱり少年だろう子が言葉でいさめ。
「眉を見てみろ」
大声をあげた少年の斜め向かいに座っていた金髪の少年が私を一瞥した後に興味なさそうに視線を逸らして言った。
「えっ……あっ!眉がある」
「星矢、シオンにも眉はあったぞ」
私によく似ているらしいシオンという人は眉毛で判別されるような人なんだろうか?
ジロジロと今まで受けこともない眉毛への視線に思わず前髪を下ろし自分の眉を隠したくなったが、我慢するべきだろうと行動を控える。
「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので大声はお控えください」
ここは私のバイト先に喫茶店で彼らはお客様なのだ。高一からなのでかれこれ三年目だけど受験のためにバイトをもう少しで辞めることになるのだから問題は起したくはない。
家の近所であるこのお店は小さい頃から家族でよく利用する喫茶店で、ご近所づきあいという点でも問題になってしまう。
「すみません」
謝ったのは可愛らしい顔立ちをしている少年だったが、騒ぎを起した少年も座ってくれたので一安心だ。そのまま大人しくしていて欲しい。
「それでご注文は?」
星矢と呼ばれた少年はシオンという人と私が似ていると金髪の子に言っているようだが、金髪君はスルーしていた。
「珈琲をホットで」
「アイスティー」
「僕はアイスカフェオレを、星矢は?」
今度は無視されたことに金髪君へと文句を言っていた少年へと声をかけた美少年?君。
「えっ?ああ、注文かよ。俺は……アイスコーヒーにしとく」
「繰り返しますね。ホットコーヒーをお一つ、アイスティーをお一つ、アイスカフェオレをお一つ、アイスコーヒーをお一つでよろしいでしょうか?」
見事にバラバラな注文を確認のために読み上げる。
「はい」
「ご注文の品ができるまでしばらくお待ちください」
軽く会釈をしてからマスターへとオーダーを伝えに戻る途中、背後から聞こえてくる話し声。
「シオンに敬語を使われているみたいで変な汗をかいたぜ」
私に似ているという人は敬語を使わない人なのか。それとも彼らと親しいので敬語とか使うような仲じゃないとか?
年齢として考えると私と似ているのなら彼らと同い年かちょっと年上ぐらいだろうし、後者っぽいよなぁ。
「声はシオンのほうが低いぞ」
「彼のほうがシオンより瞳はきつくなかったね」
彼、彼ね。生憎と私は女なんですよ君ら。シオンという人が男性であるのなら女である私より声が低くて当たり前ですよ。
しかし、男によく間違われる顔立ちをしているとは自分でも思っていたけど同じような顔の人が居るとは思ってなかったな。
瓜二つの男性がいて、その知人だろう少年達がこの店に来るとか世の中は広いのか狭いのか。
「マスター、オーダーお願いします」
注文内容をマスターへと伝えるために再度読み上げてから、伝票をボードに貼り付ける。
注文の品ができたらまた持っていかないとダメなんだよな。ちょっと面倒だなぁと店内の様子を確認しながら待つ。
男に間違われると一日がブルーな気持ちになる。よく間違われるというか、スカートが似合わないからウエイターの格好してるからこのお店のお客さんの大抵の人は男と思われてるとは思うけどそれを自分で認識すると嫌なのだ。
だけど男なのにスカートはいてる的な視線もイライラするので私服も男女兼用的な中性的なものばかり選んでいる。
幸いなのか不幸なのかはわからないが胸も女としては悲しすぎるほどにささやかなので、初対面の人で性別を見破った人はいない。
少女漫画の男に間違われる子が女の子にもてるって話があるけど、あれは私にも当てはまるが、いらない要素だと思う。
顔立ちは悪くないどころか下手な芸能人よりもたぶん整ってるんだろう顔だけど、どれだけ整っていようとナルシストにならないのは男に間違われる自分の顔が好きじゃないからだ。
男友達には贅沢者とか言われたことがあるが、お前は女顔で男にモテて、同性に押し倒されそうになっても嬉しいのかといったことを言ったら青褪めた顔で黙った。想像で無理なものを他人に文句を言うんじゃないよ。
君、これよろしくね」
「はい」
マスターから渡された注文の品をトレーに乗せて運ぶ。
「お待たせしました」
インパクトがありすぎたので彼らの注文を誰が注文したのか覚えていたので、注文したとおりに置いていく。
口々に礼を言っていく少年達、会釈の子もいたが反応が何もないより気分はいいので男と思われているのは気にしないようにしよう。
「なぁ」
「はい」
置き終わり伝票を置こうとしたところで騒いでいた少年がこちらに声をかけてきた。
先ほどのこともあり、何だか嫌な予感というものを感じたがごく普通に返事をする。
「シオンっていう人を知らない?」
「私の知り合いにそんな名前の人はいません。注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
「間違いないです」
もう気にしないことにして伝票置きの下に伝票を置く。
「また注文がありましたらお呼び下さい」
注文がないのなら呼ばないでねという気持ちを込めて微笑んでおく。
おい。星矢という子、私の笑顔を見て腕を擦るとか失礼すぎるだろっ!
彼らが店を出た後もブルーな気分が一日中続いたのだった。





シオンだとかいうよく似た人が居るという少年達のことがあった日から三日経った頃に妙な集団が来た。
それは美形すぎて煌びやかな人らはどういった関係の集団なのか傍から見てるとよくわからない集団だった。
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
日曜日のバイト先で四人掛けのテーブル二つにわかれて座っている七人の男性の外国人のグループが入店してきた。そのうちの二人はよく似ているので兄弟だろうと推測できたことだ唯一のことだった。
その中で見事な流暢な発音の日本語で発音したのは珍しい麻呂眉にしかみえない眉をした男性だった。
他の面々も注文時は流暢な日本語だったので日本滞在が長いのかもしれない。けれど彼らは英語や中国語ではなさそうな外国語で会話しはじめた。
彼らは五人は金髪で一人は黒髪だが一番気になるのは白い髪の人だろう。こちらを見た彼と目が合ったが瞳の色が赤に見えた。
アルビノというものだとしたら、真昼間に出歩いて大丈夫なんだろうか? 大丈夫だから出歩いてるとは思うけど。
格好自体は落ち着いた人も多いが、外見が派手な彼らは喫茶店の女性客達の視線を集めている。普段は私の一挙一動にきゃあきゃあ言っている人達なので、その視線が逸れているのは楽だ。
ただその代わりとでもいうように男性グループの人達から視線を感じるのは何なんだろう。注文された品も運んだし、再注文とかでもないし。
外国語とかわかんねぇーよっ!と、心の中で文句を言っているとシオンという単語が聞こえた。まさかと注意深くその後も聞いているとやはり時々シオンと言っているようだ。
シオンさんとやらは美形集団と少年達そういえば彼らも整った顔立ちをしていたが、彼らの共通の知人であるのかもしれない。
彼らは大人であるからかこの間の少年のように私を巻き込んで騒ぐわけではなかったが、精神はガリガリと削れたので大迷惑だったよ。
マスターも彼らの視線に気付いていたようで後で知り合いかと聞かれたけど知らないって答えるしかないじゃないか。
惚れられたのかもってニヤニヤ顔で言われたって彼らは男だと思っているはずなのだ。ホモはお断りなんだ。
そもそも彼らの眼差しは熱っぽさとか感じなかったしそうじゃないはず、いいや忘れようあの集団のことなんてもう来ないはず。





「好きじゃっ!結婚を前提にわしと付き合ってくれ!!」
「すみません。お断りします」
二人組の男性が座る席に注文を取りにきたらプロポーズされた。意味が解らない。
「うぅ、何故断わる」
席から立ち上ったと思ったら、泣きそうな顔に顔を歪めて私の右手をいつの間にか両手で握ってるし本気で何なのこの人。
古風な喋り方をする彼はアジア系の顔立ちだが日本人とは少し違う気もする。国の習慣が違うとか?いや、流石にいきなりプロポーズとかありえないでしょうよ。
「当たり前だろう童虎っ!見知らぬ者からの求婚なんぞまともな人間ならば受け入れるわけがなかろうっ!」
いい音を立てて私に求婚した男の頭を背後から殴りつけたのは私に似た男性だった。
先ほどまで目深にフードを被っていたのだが、求婚者を殴るために動いたことで外れてしまったらしい。
鏡でいつも見ている顔と瓜二つの男性はここ最近の少年や美形集団の知り合いと思われる人物だ。
噂のシオンさんは麻呂眉だった。なるほど、確かに眉で個人判定できるなっと心の中で私は納得した。
だけど私の色素は薄いとはいえ髪の色は茶色なので、薄い金髪っぽい彼とは髪色がだいぶ違う。普通は眉より髪色を突っ込め、金髪君。
「そもそも男相手に何を言っておるのだ」
握った拳を震わせて男を叱るシオンさん、同じ顔だが美形が怒ると怖いというのは本当かもしれない。
私が怒ったりすると怖すぎるとか失礼なことを言う奴らだと友達のことを思っていたけど認めよう美形は怒ると怖い。
「わしは男相手に求婚はせんぞ」
「「えっ」」
シオンさんと声が重なる。それぞれ理由は違うだろうけど。
私が驚いたのは女かどうか確かめることなく私が女だと男が確信していたことだ。
初対面のプロポーズとかありえないけど女だと知っていてしたのなら嗜好はノーマルなんだろう。
でも、性別がわかったとはいえ近くに同じ顔した男がいるのによくプロポーズしたな。
「シオン、それよりも殴るとは何事だ。わしが手を離さねば彼女まで巻き込まれておったぞ」
「お前ならば離すと信頼しておったのだ。現に離したではないか」
何だその信頼は……私だったら要らない。それにしてもシオンさんはかなり偉そうに喋る人である。
あの少年が敬語を使われただけで鳥肌になってるだけあって、これはいつものことなんだろうか。
「お客様、ご注文はどう致しましょう?」
「今それどころではないのがわからぬのか」
睨まれた。私が悪いわけではないと思うんですけどね。
「おい、シオン」
「……ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
ここで彼らにかまっている暇はないので、これ以上暴れないのならと放置する。暴れたらためらいなく警察を呼んでやんよ。
「あっ!待ってくれぬか……いってしもうた。シオン、あのような物言いで嫌われたらどうするのだ」
「嫌われてしまえ」
そこからは美形集団と同じように理解できない言語を話し始めた。
君、親戚の人?」
「いえ違います」
マスターの言葉にきっぱりと言い切った。私が知る限りでは私と似た顔をした親戚はいない。
色素が薄いのは母方に外国人が居ると聞いたことはあるから、認識してない親戚の可能性はあるけどね。
「世の中には三人は同じ顔の人がいるとか聞いたことあるけど、本当だったんだねぇ」
のんびりとした口調のマスター、この人はプロポーズ騒ぎがあったというのに大物だ。
この顔で騒ぎを運んできたらしい私からするとありがたい。
君のバイトも今日で終わりだね。寂しくなるよ」
しんみりとした口調のマスターに笑い。
「客としてはまた来ます。マスター」
「うん」
私もまたしんみりとした口調で返す。
いやはや、店内の騒がしい外国人の男達とは違って私達はほのぼのとしてるなぁ。あははは。
「マスター、電話していいですか?」
何語を喋ってんだよ。あんたら。
「元気があっていいじゃないか」
ちっ。朗らかに笑うマスターの様子からして通報してはダメらしい。命拾いしたなシオンとやらとその知り合い。
ここで納得したのはこの店のバイトは今日で終了なので少年達からはじまったこの妙な集団との関係は今日限り、もう彼ら関連でわずらわしい思いをすることはないだろうと思ったからだった。

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