ハム星の華麗なる生活

01


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神様、私が一体何をした! 今の生で最初に思ったのがこの言葉だった。今と思うだけあって実は私には前世の記憶というものがある。今回の生にその記憶は役に立たないけど。
私のこの思考を知ることが出来る誰かがいれば特殊能力なくても人生やり直しの時点で知識があるだけで普通の子よりもアドバンテージがあると思うかもしれない。
もちろん私だってそれが人としてもしくはそれに類似した種族に生まれたのであれば賛同するけど、前世の経験が役に立つどころか逆に足を引っ張っている状態となっている私には賛同できるわけがない。
前世の私は人だった。ごく普通に平成の世の日本で生活してた20代女性、いつものように寝たのに起きたら、まさかのあなたは神に選ばれて転生することになりました……である。
正直なところ死にたくはなかったので生き返りを願ったけど無理と言われ、次に元の自分に元の状態で転生出来るかときいたら神とやらの機嫌が悪くなったと感じたので、我が身はないけど我が魂の可愛さで私は素直に転生することにした。
ここから転生特典たっぷりつけられて最強主人公爆誕となれば誰かを楽しませることも出来たかもしれないが、私と似たような立場におかれた人々というか魂の方々が色々とチートなお願い事をしているのを聞いているだけでお腹一杯になった私は平凡より少し上の位置を狙うことにした。
危険を華麗に回避する主人公というのは読むのはよくても自分自身で体験したいものではないし、平凡がいいとよく聞くが正直なところ私は苦労はあまりしたくなく、何事もなく人生が楽しくすごせたほうがいいので幸運な人生を望んだ。もちろん、世界一の金持ちやら好みの異性にチヤホヤされるハーレムとかは別の苦労がありそうなので望まなかった。
私の意図を曲解されたりするのは嫌だと私は我が身可愛さで色々と細かなお願い事を幾つもした。正直なところお願い事の数など覚えていないぐらい。うん、それが敗因だったかもしれないと今思うと反省点だと思う。
私を転生させると言った神はお願い事に制限はつけないと言った。内容も数も好きにすればいいと願いを個々が願った数だけかなえてやろうなどと言ったので軽く20を突破した私は調子に乗っていたと思います。反省しました。とっても反省したので願いを叶えるのを間違えちゃったからっと救済処置ください。本当にお願いします。
……でもね。神、私のお願いはたくさんあったけど一つ一つは簡単だと思うんだ。少なくともある漫画の錬金術を等価交換なし(元ネタどこいったー?)とか、自分が知ってる漫画やゲームの魔法は使え、魔法を創造することも出来て魔力無尽蔵(魔法創造できるのなら漫画の魔法とか自分で再現すればいいんじゃないの?)。
世界に愛されてて精霊とか妖精とか見えるし、護られるし、契約も魔法も出来る。不老不死だけど不老は成長しきった時からで不老になっても肉体は鍛えられるかつある特定の条件をした時には死ねるとか。絶対記憶能力でも選んだ記憶を忘れることも出来る(それは絶対記憶なの?)などなど。
他にも一度聞いただけのはずなのに何でか覚えているお願い事という名のチート能力はあるのは、きっと衝撃的で覚えてしまったんだろう。これらを聞いて他の転生者がいないところを慌てて希望したしね。もちろん、最強主人公を望む声とは逆に私に近い平凡を望む声もたくさんあったし、少数だけど苦しまないで消滅したいとかいう願い。変り種の中には最強を望む転生者は原作を崩壊させるし危険思考、そんなやつらを消せる力が欲しいとかいう願い事もあった。私から言わせるとそれを願った人のほうが危険だと判断した。だって、周囲に居る人間に敵対するって堂々と宣言するような人だ。かかわりたくないし、そのためにお願いも増やしたけど私はその願いが叶ったのかは自信はない。
私が神にした願いで覚えているものを叶ったかどうか確認してみよう。正直なところ今の私となったと気がついてから十数回は余裕で確認してるけど念のためにね。うん、何か違いあるかもしれないし……現実を見つめることも出来るし。
次も人間に生まれ変わりたいと私は最初に神に願った。結果は……どう見てもハムスターです。本当にありがとうございました。女性。メスなんで叶ったといえば叶った。五体満足。艶々な体毛によく動くお手てやらヒゲやらハムスターとしては五体満足っぽい。
両親健在。気がついた時は見知らぬ石造りの遺跡っぽいところに居ましたが……何か? やや裕福ぐらいのお金には困らない金運。ある部屋に金銀財宝がざくざくしてるのを発見したけど今の私では持てないしまず使えもしない。
転生前の記憶はなし。ばっちりはっきりとありますよう……これさえ叶えられていれば多少の不自然さも流してただのハムスターとして生きていただろうに。
現代日本もしくはそれに近いかそれ以上の文明とか科学力があるところに転生希望。人っ子一人いないところなんで文明レベルは謎。知的生命体と今の人が定義するようなのは人間だけの世界。ハムスターになってから人を見てないから不明。
魔法とか超能力とか不思議パワーはない世界。これはとある理由でアウトな気がしてならない。今回のようなお願い事をした転生者が居ない世界。確かめる術はない。世界の危機とかはなし……もうこれは私にはわかんないことだ。後は何を願ったか忘れてしまったので覚えてない。
見知らぬ誰かのお願い事を覚えているぐらいなら私自身のことを覚えていてくれないだろうか私の脳みそ。あまりにも素敵すぎる我が脳みそに涙が出てくる。
嘆くことに忙しい私の耳に呻き声が届いた瞬間に同時に全身の毛が逆立つ。この声の主こそ魔法とか超能力とか不思議パワーはない世界だということを否定する存在だ。
私は自身が潜り込んでいる宝の山に出来ている隙間から通路を通っていくだろう怪物が私を無視して通ってくれるかを確認の視線を向ける。
声の主はまさに怪物。動くミイラと言えばいいだろうか?ゲームのように包帯とかは巻かれていないが干からびた黒い物体でしかないそれは声など出せるとは思えない状態の声帯なのに呻きながら通路を歩き回る。
マジ怖い。はじめて見た時は身体が固まってしまったが通路の中央で竦んでいる私に気付いたのかあ゛あ゛ぁぁぁとか奇声をあげながら、手だろう細い黒いものを伸ばしてきた時はあまりの恐怖に身体が動き近くに部屋に潜り込んで何を逃れた。
その時に発見したのがこのお宝部屋だけど、お宝よりも青空の下で新鮮な空気を吸いたいです。もう私の精神は一杯一杯なんです。リミットブレイク寸前です。
私を発見した怪物は部屋には入ってこないがこの部屋を時々通過するので怖くて外にもいけない。餓死するかと思ったけど何の転生特典かはしらないけど喉は渇かないし、お腹も好かないのでその点は問題なかったのは不幸中の幸いか。
あう、ヤツの動きは獲物を発見していない時の動きは私を追いかけていた時の素早さが嘘みたいに鈍い。1メートル動くのに5分コース。頼むから早く去れと念じながら怪物を見ていると怪物がボッというような形容しがたい音と共に消えた。
私の視界からいきなり消えた怪物に何が起きたのかと見つめていると、お宝部屋にあるお宝よりもきんきらりんと輝く金色の全身鎧を着た目に痛い男が現れた。
やべ、目を合わせないようにしようと瞬時に思わせるほどに極悪人のような鋭い目付きに、ただのハムスターでしかない私は目を合わせるどころか見られないように隙間の奥へと入り込む。
「ああ?ここに隠れて嫌がるのは何だ!」
まさにチンピラというか日本人ではないからマフィアみたいな人間だ。予想に反して穏やかな人が希望でした。
しかし、この部屋には私以外の誰も隠れていないはずなんだけど、この人には別の何かが見えるんだろうか?何それ怖い。
「そのガラクタの山んところに居るのはわかってんだよ!てめぇの薄汚ねぇ小宇宙が俺には感じられるんだからな」
怒鳴り散らした男が黙れば、まさにシーンと静まり返った室内。大変にかっこ悪い。私が人のままだったら噴出していたところだ。
「出てこねぇのか?いい根性だ!だが、ふっ飛ばしても隠れたままでいられるかっ!」
男は宝の山に何かするらしい。その隙間に潜り込んでいる身としては男が何かをして隙間が崩れたりしては危険なので外に出よう。
宝の山にいるらしい私には見えない何かに目に痛い鎧を身につけた男は夢中なようなのでハムスターの一匹や二匹は見逃すはず。
隙間から外の様子を窺うために顔だけ出して男へと視線を向ければ目があった。
「はぁ?ハムスター?」
疑問系のはずの声なのに鋭い目線のせいなのか睨まれているようにしか思えず、目が合わないように目線を下にして部屋を出るべく勢いよく飛び出した。

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02


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飛び出した瞬間にまずいと直感めいたものを感じたけど本能が思考へと変換される前に私は捕獲されていた。隙間から飛び出した瞬間に捕獲とかこの金鎧の男、人間だろうか?私を右手で鷲掴みしている男へと視線を向ければ光沢のある白というか銀色の髪に青みがかった灰色の瞳をした明らかに日本人とは違う顔立ちの男を私は遠慮なく観察する。
まさかこの男は黄金率とかを持っていたりとかするのだろうか?と、とある運命という意味を持つ題名がはいったゲームの金色の鎧の男を浮かべたものの目つきの悪さはともかく雰囲気がだいぶ違うのであれとは違うっぽい。でも、もしかして彼は私と同じ転生組かもしれない。こちらに認識できない行動とか時間停止とかされて捕まえられた可能性がある。
そんな能力を私のような非力なハムスターに使用するかどうかはともかくとして可能性としては考えておいたほうが私の身の安全のためにはいい。
「普通のハムスターだよな?」
ええ、ちょっぴり色々と物事を考えることが出来るだけのハムスターです。なので、放してほしいとじたばたと身体を動かす。
逃げないようにするためか手の力が強められたので足で相手の手のひらを押したが隙間は広がらない。
「小宇宙が小動物にしては大きいんだが、こんなところに居るせいで影響があったのか?」
私を握りつつブツブツと自分の思考に意識を向けているというのに私の抵抗を何とも感じていない様子の金ぴか男に苛立つ。
これでも嫁入り前の乙女なんで無遠慮に鷲掴みとか失礼なんですけど!逃げられないならとせめてもの抵抗として私は足で男の手のひらをゲシゲシと連打。
「何だ?お前怒ってるのか?こんなとこで生息するとか怪しいことしてるからだぜ」
「キュッキュッ!」(私のせいじゃないっ!)
こちらの怒りに相手が気付いたのはいいが理不尽すぎることを言われ思わず抗議の声をあげた。
人の命をお手軽に扱えなおかつ超常現象的な能力を与えるとかいう不思議存在にここに送り込まれた身の私が悪くはない。
そもそも私のお願いをあの神がきちんと叶えてくれたのならば私は普通に人間が住むところで生息できてるはずだ。
「おっ、ハムスターって鳴くのか?」
生物だから鳴くこともあると思いますけど?あんまり鳴くイメージは私にもないけどさ。
何が楽しいのかしらないが鳴いたことに反応した男は私を見てきたがこちらとしては鷲掴みしている男に愛想よくする気もないので放して欲しいと足で手のひら連打を再開する。
「何だよ。もっと鳴けよ」
「ヂュッ!」(いたっ!)
ちょっ、本気で痛いんですけど!どういう握力しているか知らないけど小動物を握るな!
「鳴いた鳴いた」
鳴いたっていうか悲鳴だ!何笑ってんの?小動物いじめて楽しいの?ドSなの?笑うとよけいに悪人面になるのは仕様なの?
「これだけやって大した抵抗しないってことはこの神殿に多少影響されてるようだが、ただのハムスターか……放っておけば死ぬよな」
ひどい言葉の後に私はポイ捨てされた。何とか空中で体勢を立て直して足から着地したお陰で痛くはなかったがマジでこの男は鬼畜だ。恐ろしさのあまり身体が震える思いだがここは神殿だったらしいと新しい知識はゲットできた。
ただ黒いミイラっぽいのとか徘徊していたので神殿としては終わってるんじゃないだろうか?それにミイラがふっ飛んだのはたぶんこの男がやったんだろう。男は散々に弄んだ私にはもう興味がないらしく部屋から出て行こうとしている。
この神殿は広いのでこのままではしゃくだけど男の言うとおりに私は一生を神殿暮らしになりそうなので出口を知っているだろう男についていくことにした。
他にも選択肢があれば選ばないが今の生でのはじめての人間との出会いなので二度目を待つよりは彼についていったほうがいいし、日の光を浴びなさ過ぎて時間経過が曖昧すぎてもう私がここにきてどれくらいなのか正確なところはわからないぐらいなのも地味に精神にくるものがある。
神殿は薄暗いが何故か多少の距離は目視できるので気にせずに金鎧の男の後をついていく。男は私が彼についていっているのは理解しているようだが今のところはたいした反応はないけど、鬼畜ドSなチンピラ男なので安心は出来ないと気合を入れて男の後をしばらく歩いていたが、出口ではなく神殿の奥の方に男が向かっていることに気付いた。
私がそれに気付いた理由としては男の進行を邪魔するように黒いミイラが現れ、その間隔が短くなっているからだ。こういう時は物語的には大切な物を奉っててそれを取りに来た人を止めるために化物がでるとかよくあることだろう。
そうすると男は盗掘者という可能性もあるが黒いミイラ達は私の本能的にヤバイとしか考えないので、今現在のところは男が危な気なく黒いミイラを壊するのを応援していた。
「っと、いかにもって感じだな」
男の足が止まったのは石造りの彫刻された大きな扉で確かに男の言うとおり何かありそうだ。
扉に彫刻されているのは羽のある蛇みたいな感じのもので私としては微妙。
「さて、とっとと終わらせるか」
その言葉を言い終わるかどうかというぐらいに男は石の扉を蹴破った。
彼が転生者なのかどうかはわからないが少なくとも普通の人間とは違うということだけは理解した。この神殿から抜け出すことが出来たら男とすぐに離れることにしよう。
男の行動は止まらず、倒れた元扉を踏んで中へと入っていく。何が目的かは知らないが乱暴な男だ。私は男が何をしているかなど知りたくはないので部屋の前で待つことにした。男が犯罪したと知らなければ不可抗力だ。私のちっぽけだけど一応はある良心もあまり痛まないはずなどと男への信用度が低いことと自分の日和見主義を認識しつつ男が戻ってくるのを待っていた。
それが悪かったのだろうか?打ち付けられるような大きな音と共に壁にヒビを入れて貼り付けられたような男の姿があった。扉があった場所から吹き飛ばされたのかもしれないが何があったのか私には理解できず身体を傾ける。
「てめぇ!よくもやりやがったな」
貼り付けられた壁から男は勢いよく離れたと思う……思うというのは男の動きが私には認識できなかったから。
男の言葉の後に人間の形に陥没しヒビが入った壁と扉の先の空間から妙な何かの鳴き声っぽいものと破壊音らしきものが聞こえるからだ。
もう何が何だかわからないが男が何かと戦っているらしいということだけは理解した。
「ふっ、このキャンサーのデスマスクの技を喰らえっ!」
あっ、必殺技らしいものをするらしい。少し気になったのでのぞきに行くことにしたが男が何でか片膝をついてた。必殺技はどうした?
私には何が起きたのかわからないけど男の前に5メートルはありそうな翼がある巨大蛇が居るので男が劣勢らしいことだけはわかる。
「腐っても神ということか!」
彼に言わせると巨大蛇は神らしいけど神々しさよりも禍々しさのほうを感じる。邪神とかそういった神なんだろうか?神とはろくなのがいないと私の経験談的に思う。
うん、神よ去れ。いや、神が去るより私自身がここを離れたほうが安全か。でも、黒いミイラがここまで来た時と同じくらい出るのなら逃げられるか自信がないから男も逃げてくれないだろうか。
期待の眼差しで男を見ようとして見えないことに気付いた。一瞬だけフッと見えることがあるが残像ってものっぽい。文字通りの目にも見えない速さというのを私は見えないけど見ているらしい。
そんな速さだというのに流石に巨大蛇は神なのか男の動きに対応してるらしく巨大蛇は僅かな傷を身体につけはするもののまだまだ元気そうだ。
長期戦になるかと思われた時、男が巨大蛇の尻尾で叩きつけられ床へと押し付けられた。男が押し付けられたの場所は私が居る場所からかなり近くだったので大きく揺れて身体がはねた。
「キュッ!」(うわっ!)
いきなりのことだったので着地に失敗した。すぐに身を立て直したものの逃げようにも巨大蛇は男を囲むようにして動いているので私もまた同じく囲まれてしまっている。
大きく開けた口の赤さに脳内で危険信号がでまくっているがどうにも出来ない。ここで私と男は喰われてしまうんだろう。
「キュッ、ヂュヂュヂュゥー!」(もう、誰か助けててぇー!)
悲鳴をあげた次の瞬間に脳内に電子音的な女性の声で“カモンレミング”と流れた。その後すぐに聞こえてくる足音と砂埃、そして大量のハムスター。彼らが走りすぎていくと巨大蛇の上にかなりの数値が表示され、最後の一撃で倒れる巨大蛇。
他に何か軽快なリズムな音も聞こえたがそれがレベルアップ音にきこえるのは気のせいだと思いたい。
「なっ!何だ?」
上にあった尻尾が退いたことで動けるようになった男は立ち上がったが怪我をしているし、ふらふらしている。だというのに声だけは大きいな。
戸惑った様子の男だが倒れている巨大蛇へと視線を向けた後に私のほうを睨んできた。
「お前!何をした!」
本当に何をしたんでしょうね。少なくとも私自身はこんなことをする気もなければ力もなかったはずでこれは神が私に与えてくれた能力だろう。そして、この身体の正体も推測できた。
私はヴァルキリープロファイルのハムスターになっているんだと思う。流石は“カモンレミング”神も一発ですか。そうですか。ハムスター様々ですね。
「キュッ?」(寝ていい?)
「……おいこらっ!無視するな!目を覚ませ!」
男は私がしたと考えているくせに相変わらず私を鷲掴みにした男に向かってそう言った後、私は寝ることにした。男が何か文句を言っているがもう色々と面倒だし放置だ。寝ている間に殺されたとしてもいいやって投げやりになっていたからの対応だが意外と悪くはなかったらしいと後に思った。
気を失ったハムスターを抱えることになった男は今後のことを悩み、悩みすぎて自分で考えるのを放棄し怪しすぎるハムスターを彼らの聖域に連れ帰って上司に叱られることになったからだ。それは私のせいではないと恨みがましい目線を向けてくる男に再び目覚めた私が言葉にならぬ声で抗議したのは当然のことだったと思う。

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03


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目を開けたら美少女と目が合ったら幸せだと思う人間は世の中にはかなり多いのではないだろうか。生憎と私はそのうちの一人ではなかったので美少女のドアップに身体が硬直した。
いくら美少女であっても自分の身体以上の大きさの見知らぬ相手が目覚めて目の前に飛び込んできたらびびるというものだ。今の私には赤ん坊ですら大きすぎる相手なんだけどさ。
「あら、目が覚めたのね」
美少女、これまた声すら可愛らしい彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべながら言うと深い青色の瞳が遠ざかったのは彼女が顔を離したからだ。
「サガ、小さなお客様が目を覚ましたわ」
天使の輪が出来てるほどに艶やかな栗色の髪がかけていた耳から零れ落ちたその姿は美しい。これは元人間の女として嫉妬しておくべきかと悩んだものの、ここまで美しすぎると正直なところ嫉妬することすら出来なかった。
柔らかそうな頬とか形良い唇が音を発するその様子とか見ていても、彼女が鑑賞すべきものではなく生きた人であることが信じられないほどだ。
驚いておきながら我ながら現金なものだとは思うけど、綺麗な彼女を見つめれる機会を得たわけなのでしっかりと鑑賞しておこう。なにやらふかふかな布の上に寝かされていたらしいので二足というかお尻をつけた状態で身を起して彼女を見つめる。
「動かないようですが?」
うっとりと美少女の鑑賞をしていた私の視界に入ってきたのは彫刻のような彫りの深い端整な顔立ちの青年だ。
日本人ではないことも考えて年齢を考えると二十代後半か三十台前半といったところだろうかと予測を立てながら、ここは芸能事務所とかそういったところだろうかと辺りを見回す。
自分が居るのは大理石っぽい平らな石の上でそこに真ん中がへこんだクッションに寝かされていたようだ。文字通りの金銀財宝の山よりふかふかクッションのほうが居心地がよいので大変に満足です。
今まで寝ていたというのに居場所がふかふかクッションの上と自覚できるとまた眠たくなってきた。ただ現在居る場所の確認は出来ていないというか部屋自体が石造りっぽいのは悪人面した男が行っていた神殿と違いはない。
もちろん、人っ子一人居らず明かりらしい明かりもないあの場所と、窓から外の光が入り美少女と美男子が揃ったこの輝かんばかりのこことは受ける印象は違う。
「あら、何か考えごとをしているようね」
「ネズ……ハムスターがですか?」
おにーさん。ネズミと言いかけましたよね。見た目はともかくとして受ける印象が違うんでなるべくハムスターと言っていただきたい。
言葉は通じないので睨みつけはしたものの当たり前のことだが男には通じない。
「あなたの言葉にご機嫌を損ねてしまったわ」
「キュッ?」(わかるの?)
犬や猫はともかくとしてハムスター、特に飼っているわけではないハムスターの様子を彼女は理解しているのだろうか。
もしかしたら言葉は通じなくても理解してくれているのかもしれないという期待に私は後ろ足だけで立ち上がって美少女を見つめる。
「初めまして、ハムスターさん。私はアテナというの」
「キュキュ」(初めまして)
微笑みを浮かべた彼女が右手人差し指をこちらへと向けたので右手を置いてみる。
ちなみに人の頃の名前は捨てたというかハムスターとなって名乗りたいとは思わないので変な名前でないのなら受け入れるつもりだ。
「……アテナっ!」
「サガ、問題ありません」
私の反応に問題があったのか青年、私を睨みつけるので美青年と呼ぶのは止める、が睨みつけてくる。
「起きて見知らぬ場所で驚いたでしょう? あなたのことはデスマスクが連れてきたのです」
デスマスク、気絶するように意識を失う前に一緒に居た相手であることは覚えているので頷いておく。
たかだかハムスターが人の言葉を理解しているということに異常性を相手は感じているかもしれないというか美少女はともかく青年からの熱視線に私は蒸発しそうなほどだ。
美形に睨みつけられると怖いので私は彼のことをなるべく視界に入れないように美少女だけを見つめることにする。こちらの意思を掴もうとしてくれる相手は大変貴重なので彼女への評価は現在、私の中でうなぎ登り中で、もう女神様って呼んでもいいね。
「元の住処である場所の入り口は閉じてしまいました。申し訳ないのですけれど、ここ聖域で過ごしては下さらないかしら?」
ここは聖域という場所らしい。聞き慣れない言葉だが意味的には聖域と認識できたというか彼女の話している言葉を理解しているのに知らないのが問題か。デスマスクという彼の時もそうだったと思うけれど久しぶりの人との対面でそのことに気づかなかった。
自慢ではないが私は日本語以外には不自由するような人間だ。辛うじて英語を多少は理解できるとしてもそれは筆記であり口語については本場の発音など聞き取る自信はない。
何故かと考えて、相手の言葉を理解できるという能力を神に願った人がいたことを思い出す。もしかしたら私はその人の願いを受けた状態なのかもしれない。
色々と問題ある状況が他者の願いを叶えられている状態だとすると多少の答えとはなる。あの神様は私達のような存在をあまり気にかけている感じではなかったのでかなりいい加減に願いを叶えてしまったのだろう。
そうなると絶望的だ。神としては人の願いを叶えた状態と認識しているのだし、万が一に気づいたとしてもあの神が親切に願いを叶え直してくれる確率は低いだろう。
「ヂュ」
自分の中で思いついた答えに気落ちしてしまう。
「ダメかしら?」
会話中に違う方向にそれていた自分の思考を戻し、慌てて首を振る。
彼女からの言葉は私としては願ったり叶ったりだ。ハムスターとなり人ではない私には快適に暮すためには人の手が必要だ。
「ここに居てくれるの?」
美少女、アテナちゃんの言葉に私は頷く。
「ふふ、よかった」
嬉しそうに笑うと彼女の手が動き私の頭上に来た。私の身体より人の手は大きいので少し怖いが乱暴なことはしないだろうと目を瞑りただ撫でられる。
毛先に向かって撫でられるのはなかなかに気持ちがいい。自分ではできないところなので彼女の手を堪能していると彼女の手が止まった。
「サガ、そのように文句を言ってばかりいないで彼女に触れてごらんなさい」
文句って彼は先程から黙っていたように思うんだけど、彼女は彼の聞こえない心の声でも聞こえていたんだろうか。
「いえ、私は……」
断わろうとした青年へとアテナちゃんが微笑む。無言の圧力というものを知ることが出来たのは貴重な体験と言えるのかもしれない。
そう考えながらも震える身体をどうすることも出来ず、そんな私を青年が気難しい顔をして私の頭を撫でるというこれもまた貴重とも言える体験をさせてもらっている。
アテナちゃんはプロポーションはいいけど鍛えているって感じでもないのに、あの威圧感は何だろう。綺麗な人は凄むと怖いってことだろうか?
「このハムスターの世話役はデスマスクに」
私を撫でるのを止めた青年がアテナちゃんに話しかけているが私はまだ身体が震えているのでクッションの上で丸まることにした。
「私の私室でかまいません」
「アテナ、貴方様はお忙しくあらせられます。デスマスクはしばらく任務がありません」
デスマスクは悪人面したお兄さんだが美少女アテナちゃんと知り合いならば悪い人ではないだろうし、変にこちらをかまうようなこともないだろう。
それにいくら可愛くても微笑んだ時に身体が震えてくるような子の近くは避けたい。彼女に逆らわなければいいんだろうけど今回のことはサガさんとやらが原因だとしてもこちらに被害が出たのだ。
今後、似たような状況になる可能性を考えるとあんまり彼女の近くに居るのは危険だ。綺麗な花は観賞するだけにしておきたい。触れてトゲに刺さるなんて嫌だ。
「仕方ありません。そちらのほうがシオンも納得するでしょう」
二人の結論も彼に私を預けるということで同意したようだ。そもそも拾ってきたのは彼なのだし責任は彼にあると私は思う。
あんな場所に居たいわけではないけど、意識がない間に連れてこられたのだしね。
「デスマスクには私から申し付けておきます」
「シオンには私が……ハムスターさん、デスマスクは悪い者ではありませんから仲良くしてあげて下さいね」
人とハムスターの立場を考えると私が仲良くしてあげるほうなのかは疑問だけど、一応はあの場所から連れ出してくれた恩人でもあるので頷いておく。
嬉しそうに微笑むアテナちゃん、まるで女神様のごとく神々しく感じるのは彼女があまりにも美しすぎるせいだね。

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04


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「何でオレが……」
ウザイぐらいにグチグチとこぼすのはザ・悪人面な若白髪な彼の名はデスマスク、本名だとしたら彼の両親はかなり酷い。グレても仕方がないレベルである。
そんなふうに思いはしても彼はサガさんに私の世話を命じられてから不機嫌そうな様子で私を握っているので、実はヒヤヒヤしている。
この男は内臓が飛び出るかと思うぐらいに人を握った前科があるので正直なところはカゴとかに入れて運んでもらいたい。
揺れたりして気持ち悪いし、うっかりとかで握りつぶされるかもしれない危機よりはだいぶマシだからだ。
ドジッ子でもないかぎりは生き物が入ったカゴを落とすとかいうことはしないだろう。
そのため、抗議の意思を示すために手で彼の指を叩くが無視され続けていた。
「くそっ、ネズミのエサって何だよ。虫か?ミミズか?」
何とも不吉な言葉を聞いたものである。そんなものが私の前に出された時には彼にカモンレミングをしてもいいレベルだ。
とはいえ、カモンレミングをしてあの巨大蛇のように死なれたら、罪悪感がすごいことになりそうなので用意されたエサから逃げるだけにしておこう。
新鮮とかいって生餌とか出された時には世話役として割り当てられたらしい彼自身から逃走しよう。私は人間でないとしても人としての精神は捨てられないのである。
神様、私の記憶消してくれないかな。こういうところで妙な美意識とかもってても生き辛いじゃないか。
揺れる視界のせいで気分的に悪くなってきたので眼を閉じ、動きたくないので抗議運動も止める。
「何だ?って……おいっ!何で目を閉じてるんだよ。何かあったらサガにオレが文句を言われるんだぞ」
知らないよ。気持ち悪くなったのはお前のせいだよ。もう少し丁重な扱いをしてくれれば問題なかったんだぞ。
「たくっ、アイツなら知ってるか?バラの世話してるんだし」
バラとハムスターは違いすぎるだろうと突っ込んでくれる人はこの場には居ないため、彼はバラを育ててる人に相談にいくことにしたらしい。
暇な人だからって飼い方知らない人間に生き物を預けるとか。人選を間違えすぎだろ、サガさん。
  


歩いていたところから離れていなかったのか一瞬かと思うぐらいの早さで目的地に着いたらしい。
「おいっ!アフロディーテ!」
「そんなに叫ばずとも聞こえるよ。デスマスク」
デスマスクがギリシャ神話の美の女神の名で誰かを大声で呼び。それに答えたのは女性にしては低めの声だった。
「これ、何だか判るか?」
勢いよく手が振り上げられ、感じた遠心力に気分の悪さがアップした。
お願いだから小動物は大事に扱ってくださいと、声にならずとも心底思う。
「ハムスター?」
悪人面の知り合いとは思えない美しい人がドアップでこちらを覗き込んできた。
アテナちゃんとの知り合いっぽいことといい今回の美女といい。どういったふうに知り合ったのか謎だ。
「ハムスターっていうのは解ってるっ!これがいきなり動かなくなったんだよ」
「おまえが乱暴に扱ったからじゃないか?」
当たりです。大当たりです。なので、もっと彼に私の扱いを改善するように是非とも伝えてください。
「してねぇよ」
「ヂュゥ!」(嘘付け!)
こちらとら振り回されてグロッキーなんですよ。
「まぁ、鳴いてるから死にそうというわけじゃないだろうからお腹すいたとかかな?」
「あー、その可能性はあるか。ハムスターが何食うか知ってるか?」
「野菜とか果物じゃないか?ブドウがあるからあげてみよう」
おぉっ!ブドウっ!めっちゃ欲しいっ!
彼女の後ろについていくデスマスクの手の中で大人しくしていればブドウゲットとか素敵。
しばらくぶりの食べ物入手の機会にソワソワしていると、私の気持ちを表してかヒゲがかなり頻繁に動いていた。
「逃げたら面倒だし、この箱に入れて」
箱に入っていた書類を机の上に置き、アフロディーテさんが箱の中を開けると箱を示す。
デスマスクが言われるがままに私を箱の中に入れてくるが何でか石の箱なので冷たい。木の箱とかなかったんだろうか?
いやいや、振り回されているよりはかなりマシなんだから文句を言ったらダメだ。
「ほら、お食べ」
「キュゥ!」(ありがとう!)
かなり大粒なブドウを一粒差し出してきたアフロディーテさんから両手で受け取る。
ただ食べるとなると持ったままは無理そうなので下に置くことにした。
皮を向くのは面倒なのでそのまま齧ることにしたが、貰ったブドウの美味さにかなりテンションが上がる。うまうま。
アフロディーテさん、マジ救世主っ! 美しい人は正義だねっ!

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05


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天使のようなアフロディーテさんはフカフカな布を箱の中に敷いてくれ、明日の分とりんごをくれたりと私としては飼い主は彼女を希望したい。
その気持ちが通じたわけではないだろうがデスマスクも面倒をみてくれと言っていたが、明日から任務で聖域を離れるから無理だと断わられた。
帰ってきてからでもいいので是非とも私を飼って欲しいものだ。いや、別に人に飼われたい願望があるわけではない。本当ですよ。と、誰に言い訳しているのか不明な言い訳を心の中でしているとデスマスクは ある建物の中に入ると私が入った石の箱をどこかの上に置いた。
目的地についたのかと様子を見るために箱の縁に手を掛けて周りを見ようと背伸びをしたところ。
「逃げんなよ」
人差し指で頭を押されてころんっと後ろへと転がってしまった。
「ヂィッ!」(やめっ!)
抗議の声を上げた私は彼を見上げればナカナカにあくどい顔をしていた。
普段の顔つきかもしれないが文句のないほどに悪人面なので私にはそう見えたのだ。
「お前が逃げたら俺が迷惑すんだよ。箱の中で大人しくしてろ」
箱から逃げ出す気はなかった私だが彼のこの言葉にその考えを変えた。
逃げ出そう。この男が迷惑だと思う事態を引き起こしてやろう。でも、ふかふかの布で寝たいので逃げるのは明日にしよう。
そう決意した私はデスマスクが離れていくのを横目に布を寝心地がよいように整えて目を瞑った。



おはよう朝だよ。私。と心の中で声を掛けながら目をシパシパと瞬かせて無理矢理に思考を動かす。
私が入った箱が置かれたのは寝室だったのか人の呼吸が聞こえる。
箱の縁に手をかけて顔を覗かせるとベットの上にはデスマスクが横になっているのが確認できた。
上半身は裸だ。下はシーツの下なのでどうなのかは知らないが知りたくもないので眠っているうちに計画を遂行することにした。
ハムスターとしては平均的だと思うが、短い足を頑張ってあげて箱の縁へとかけて身を箱の縁へと乗り上げてその勢いごと外へと転がり出る。
私が置かれていたのは机の上のようだ。羽ペンやらインク壷やら置かれているのが見える。羽ペンとかかなり珍しい気がするが、ここではそれが普通なのだろう。
テーブルの端っこから下を覗けばかなり高そうで飛び降りたら危険かもしれないと飛び降りることをためらう。
いや、デスマスクが放り捨てた時にこれぐらいの高さはあったが大丈夫だったのだから問題ないはずだ。そう思いつき覚悟を決めて床へと降り立つことにした。
よしっ!今…――
「何してんだよ」
「キュッキュッ」(離して離して)
また片手で私の身体を握っている相手に足でゲシッゲシッとその手を蹴り続ける。
「腹でも空いたのか?りんごでも切ってくるから待ってろ」
おお、アフロディーテさんがくれたりんごかっ!仕方がない。待っててやろう。
大人しくなった私を箱に入れたデスマスクは頭を掻きつつ部屋を出て行った。要らん情報を一つ私に残して。デスマスクは寝る時は全裸派らしい。
デスマスクは小皿に細かく切ったりんごを入れて持ってきた。
箱の中の布が汚れるのを気にしたのか彼はテーブルの上に小皿と私を箱から出してテーブルの上に置き。
「ほら、食え」
切ったりんごを一つ私へと差し出した。
それを見た私は……小皿のほうへと行って小皿からりんごをとって食べ始める。
もぐもぐ。りんごウマウマですな。
「……」
ぐいぐいと無言で人の頬にりんごを押し付けるのは止めろ。
「アフロディーテの野郎からのは取っただろうが」
悪人面した男と綺麗なアフロディーテさんと同列に扱うわけがなかろう。あと、アフロディーテさんに野郎とか失礼なことを言うな。
「ヂュッ」
ハッと鼻で笑ってやる。
「何かムカつくな」
それはこっちの台詞だ。確かにハムスターの世話を自分ではなく人から決められたかもしれないが、それはこちらも一緒なのだ。
こちらだけが我慢して付き合う気などない。飲み食いしなくても大丈夫というチートボディなハムスターなのだから飼ってもらわなくても生きていける。
「チッ」
舌打ちと共にデスマスクがりんごを小皿に戻そうとしたので私はそのりんごを両手で掴むともぐもぐと食べ始める。
最初のりんごが無くなったので、ただのおかわりでしかない。
「……俺も朝飯を食うか」
彼は何か物言いたげに私を見ていたが、特に何も言うこともなくりんごを持っていた指をぺロリッと舐めると手近な服を掴んで着ながら部屋を出て行った。
自分自身の食事より私を優先したことは褒めてやってもいいかもしれない。

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